2.ウェイマス基地(3)
「アルバートの奴、アイツ、あんな面のくせに人使いがクソ荒くてよ。遠慮なく仕事を押し付けやがる。こないだだって……」
「あー……叔父さん、ところで僕たちをお呼びになったのは何故?」
カイだ。
隠し切れないイライラが声に溢れ出ている。
手渡されたタルトの大部分を食べ、最後に残ったイチゴをフォークでつついているところだ。
しかしマイペースな叔父は、今度は壁に飾ってある去年のタイム誌の説明を始めだした。
アメリカの有名な雑誌で、表紙にはその時々の話題の人物が顔を連ねることで社会的影響力も持ち合わせたものだ。
とくに年に一度の『マン・オブ・ザ・イヤー』はその年のアメリカの「顔」とも呼べる人物を選出したとして世界的にも注目を集めている。
叔父の机の後ろには小さな書棚が設えられており、そこにはくだんの雑誌が表紙をこちら側にむけて並べられていた。同じものが何冊も。
陸軍のジョージ・マーシャル将軍が『マン・オブ・ザ・イヤー』に選ばれた時のものであり、将軍のバックに小さくぼんやりと、まるで心霊写真のように自分も写っているのが叔父の目下の自慢らしい。
「いやぁ、わたしが表紙でいいのですかって言っちゃったぞ? わたしほどになると、マスコミも放っておかねぇんだな。オマエらにも一冊ずつやろう。ほら、手を出せ……おい?」
「ひとつ、ふたつ、みっつ……」
「カ、カイくーん。戻ってきてー……」
兄として弟を正気に戻そうとその腕をつつくも、カイは虚ろな目をしてイチゴの種を数え始めていた。
心の中では叔父の存在を消してしまっているに違いない。
うわぁ、何この空気?
すべてから目を背けたくて、クルリと向いた部屋の隅。
何だかそこに居た事務員とガッチリ目が合ってしまったり。逆に逸らしにくくて、じっと見詰め合ってしまったり。
あまりに雰囲気が暗いことに気付いたか、ワイザー・ナイト・クォークは「冗談だ」と呟いてコホンと咳払いをする。
「さて。ケーキも食べたことだし、本題な。カイちゃん、あとバァちゃんも」
叔父の声が低まり、緩みきっていた空気にようやく緊張が走る。
「Gリストを捜索して欲しい」
「Gリスト……」
イチゴの種を数えていたカイの動きが止まった。
「どういう事です?」
思いがけない展開に秘かにパニくるバーツだが、彼とて無論その存在を知らないわけじゃない。
Gリストはレンジャーの──否、陸軍最大の英雄である。
先のオリンピックのメダリストにしてダンケルクの闘い以後、前線で華々しく活躍を見せるレンジャー隊員だ。
冷淡な弟クンですら、Gリストの名が出た途端表情を引き締めていた。
「そのGリストが死んだ」
小さな悲鳴が迸る。弟の声? それとも自分の喉から?
容赦ない命令はここからだ。
「Gリストは第一波としてノルマンディーに上陸し、以後連絡が途絶えた。死んだという目撃情報が多数寄せられている。だが、不審な点が多い。もちろん公式にだって認めちゃいない。分かってるだろうが極秘案件だ。そいつを踏まえて捜査しろよ。それがオマエを、いや、オマエらを呼び出した理由だ」
ようするに──と、ナイト・クォークはカイのイチゴをつまんで口に放り込んだ。
「死体を一つ探せってことだ」
「そんなの……」
カイの声は震えていた。
そんなの不可能だと言いかけたのだろう。
助けを求めるようにアルバートを見やる。
宥めるように頷いて、曹長はカイの肩に手を置いた。
「手柄をあげろ。そうしたらすぐにでも軍曹にすると大尉は仰ってるんだ」
「しかし曹長、これはあまりに……」
断ることはできまい。
ナイト・クォークの意向にはカイはおろか、さすがのアルバートも反対することはできない。
ギリと唇を噛むカイを横目に、しかしバーツは別のことが気になって仕方がない。
「え、待って待って、何それ。軍曹? 今この子、上等兵でしょ。何? この子まだ十九歳だよ。何それ、出世頭ってヤツ?」
別の意味で反発の声をあげた兄弟を黙らせるようにアルバートの声も強くなる。
「オマハ海岸後続部隊の歩兵上陸用舟艇に乗り込めるよう手配しておいた。分かっていると思うが、任務は他言無用だぞ」
承諾するしかあるまい。これは上官の命令なのだ。
弟に目配せされ、バーツも不承不承に頷く。
「あの……弟は上等兵で、軍曹に出世するとかって話ですが。あの、私は? 私、階級的には今まだ訓練兵ってことになってるんですけど。それってアレじゃないですかねぇ。まずいんじゃないですかねぇ?」
「は、何言ってんだ。バァちゃん」
「仮にも捜査するってんなら、私もそれなりの階級になってないとマズイんじゃないですかねぇ」
ここぞとばかりに詰めよるバーツ。
「バァさん、やめて下さい。それは脅迫だ」
ようやく我に返ったカイがボソッと呟いた。
「どうですかね。極秘任務ですから階級はどうでも良いのではないかと。マズイというほどのものでもないとは思うんですがねぇ」
「うーん、とりあえず内々で二等兵って言わせとこっか。正規の辞令が下りるかどうかは分かんねぇがな」
なんて上官二名が密々話している。
「よし、君は今日から二等兵だ。今、本当に人手が足りないから、ブッチャケ人員管理なんてグチャグチャだ。構わないよ。二等兵って名乗ってしまいなさい」
そんな軍隊あってたまるかと、思わずツッこみたくなるセリフを爽やかに言ってのけるアルバート。
バーツはなおも食い下がった。
「それって給料あがったりするんですかね?」
叔父が黙ってアルバートを見て、アルバートが黙って事務員をみる。
それから事務員がおもむろに首を振った。アルバートも首を振り、そして叔父も首を振る。
あれ、何だろう?
そこで初めてバーツは気付いた。
階級が上がったといっても「自称」に過ぎない。給料も上がらない。
自分の出来の悪さのおかげで恥ずかしながらも上陸部隊を免れたとホッとしていたのに、なのにこんな訳の分からない任務を背負わされて最悪の激戦地に出向かされるの?
あぁぁ、嫌になる。人生の皮肉っぷりが恐ろしいよ。
しかもカイ君に比べて私の扱い雑じゃない?
何だか理不尽ナリ。