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11.Gリスト計画

「バァさんっ!」


 カイの悲鳴。

 この子のこんな声、初めて聞いた

 アレ、私のために? 何となく嬉しくて、朦朧とした意識の中でバーツは笑みを浮かべる。


「バ、バァさん……?」


 彼の下でクロエが同じ言葉を絞り出した。


「う……痛い。大丈夫」


 よろよろと体を起こす。

 平衡感覚が失われ、上体がフラフラする。

 ショットガンの弾丸がこめかみを掠め、軽い脳震盪を起こしたようだ。


「バーツ・クォーク、そこを退きなさい。殺してしまうよ?」


 アルバートがレミントン870の銃口を揺らす。

 倒れて意識を失っていたと思われていたアルバートだが、銃を手にしたままこちらの様子を窺っていたのだ。

 先程のクロエの射撃は命中したわけではなくて、アルバートもまた脳震盪を起こして一時的に意識不明になっていただけのことだったようだ。


 しまったと呟き、カイが彼の手元に飛びつくも、時すでに遅し。

 首をわしづかまれ、盾代わりに引き寄せられてしまう。


「退いてよね、バァさん」


 バーツを押しのけるようにして、クロエも立ち上がる。

 手にしたM3グリースガンは、執念のように手放していない。


「ディオンのためにも、コイツは殺さなきゃならないんだ」


 時折こぼれるように落ちてきていた雨の粒が、徐々に大きなものに変わっていく。

 互いを指す銃口を睨みながら、クロエとアルバートは向き合っていた。


「……殺さなきゃならない、か」


 アルバートが軽く笑う。


「そうだよ。ぼくがディオンを殺した。大尉が昔造った小型爆弾を操作してね」


 ピクリ。

 すぐ隣りでクロエが全身を震わせるのが分かった。


「ああ……あ……!」


 搾り出す声は悲鳴に近い。

 とっさに引金を引いた銃身は大きくブレて、空しい銃声だけが夜空に吸い込まれた。

 自分を責めるいくつもの視線に気付いたのだろう。

 アルバートが顔を歪める。


「そんな顔をするな。ぼくにだって、正義はある……」


 ──Gリストだ……。


 地獄のような低い声でアルバートは呟いた。


「奴はアンツィオの戦いで戦死した。地雷原に迷い込んであっさりと、だ」


 だが──。

 彼はそこで声をひそめる。

 その目に映るのは狂気ではなく、静かに深い絶望の色。


「Gリストは絶対に死んではいけない存在になっていた。奴はすでに英雄だ。軍のために。アメリカ国民のために──どんな犠牲を払ってでも、だ。それがGリストを作り上げた自分の責任だと思ったよ」


 そこまで言ってアルバートはカイをちらりと見やった。


「ちょうど出来のいい部下がいたからね。この子にGリストとして戦闘に従軍するよう命じた。満点の働きをしてくれたよ。ただ、この子は我が強すぎる」


「なにっ……」


 カイが絶句する。

 屈辱で頬は紅潮していた。


「そこでぼくは新たに完璧なGリスト計画を立てたんだ。奴によく似た特徴を持つ兵士を軍籍から抹消し、Gリストとして動かした」


「……それがディオンだ」


 クロエが呻く。

 アルバートが語るまでもなく、その先の展開は見えた。


「ディオンは最初は軍内の不祥事の解明に従事していた。軍事作戦に従事させたカイとは住み分けができていたんだ。つまり二人の偽Gリストは一時期は両立していたわけだ。だが、考えていたよりもディオンは優秀だった」


「そうですか。新しい完璧なGリストができたから……僕が邪魔になったんですね。叔父に造らせた爆弾を船に仕掛け、僕を殺そうと?」


「失敗したけどね」


 軽やかな返答に、カイが声を詰まらせる。


「そもそもカイ・クォークが大尉からGリスト調査を命じられるのも想定外だったよ。まさか、そこでディオンと遭遇することもね」


 言うまでもない。

 ディオンは正義感が強い。

 完璧なGリストだったはずの存在が暴走を始めた。

 戦場で兵士を鼓舞すれば良いだけのGリストが、軍の不正に目を向けたのだ。


 カイを伝手に、彼が捜査の手をアルバートにまで伸ばすのは恐らく時間の問題だったろう。

 だから先手を打ってディオンを殺した。

 罠を張って、だ。


 クロエの拳がわななく様を見て、バーツは彼の腕をつかんだ。

 その殺意を、できるだけ宥めようと。


 こうなったらカイを殺し損ねたことが幸いした。Gリスト存続のため、彼を再び呼び寄せたのだ。

 戦死扱いにし、記録からも抹消して、今度こそ完璧なGリストに仕立て上げようと。


 でも、バーツには一つ分からないことが。


「何故ディオンはそんな要求を呑んだの?」


 自分の籍を抹消してまで、偽のGリストになることを承諾するなんて。

 そっと握っているクロエの腕が強張るのが感じられる。


「それは……」


 アルバートが俯いたその瞬間。

 カイの手が翻った。

 手刀が黒の袖を叩き、アルバートはレミントン870を取り落とす。

 彼が反応するより早く、とっさの動きでバーツはその足元に滑り込んだ。

 ショットガンを拾って、それをポカージュの向こうに投げ捨てる。


「あっ、バカ! このバァさんが!」


 バカとバァさんの位置が微妙に逆なような気がしてバーツとしては一瞬、納得しかねる感覚に襲われる。


「それは……」


 武器を失ったことに対する焦りは見られない。

 観念したようにアルバートは呟いた。


「理不尽な命令に従ったのは何故かって。それはディオンが……ディオン・ラスターがぼくの息子だからだよ」


 言うなりアルバートはカイを突き飛ばした。

 同時に上着の内側から小銃を取り出す。

 『ハッシュ・バピー』と呼ばれるサイレンサー付きのS&Wモデル39だ。


「待って、クロエちゃ……!」


 反射的に引金に力を込めるクロエの腕に取り付いて、止めにかかるバーツ。


「だって! あんまりだ……こんなの! 息子を殺してまで守るものか、Gリストってやつは!」


 掠れた声。

 絶叫もままならない。

 無意識のうちにバーツも呻いていた。


「どうして気付かなかったんだよ……」


 名前は聞いていたはずだ。


 アルバート・ラスター。

 そしてディオン・ラスター──それは極めて単純な相似点である。


 二人が少なくとも何らかの関係を持っていることは容易に想像できただろうに。

 今更ながら歯がゆくてならない。もしも──という単語は意味をなさないが、それでも……もしも、と思う。


 気付いていれば。

 早い段階で二人の間柄を追求していれば、現在の悲劇は起こらなかったのでは?


 不甲斐ない自分が悔やまれてならない。

 このままだと事態が最悪の方向へ向かうのは目に見えていた。


 バーツはあらためて周囲を見渡す。

 そこに居るのは大切な弟、それから友達。


 何があっても失いたくはない。

 殺し合うなんて絶対に嫌だ。

 たとえ彼らが誰かを裏切り、犯罪に手を染めていたとしてもだ。


 ここでバーツは一つの決意を固めた。

 一歩、前に進み出る。

 クロエのM3グリースガンと、アルバートのハッシュ・バピーの間に。


「……もういいよ。麻薬もGリストも。全部の秘密、知らなかったことにする。全部、なかったことにしてもいい。何もかも忘れるから」


 すべてに目を瞑る。


 ──だから自分たちはここでこのまま別れよう。


「だって、キミたちを失いたくないもん……」


「甘いですね……」


 カイが小さく呟く。

 このまま別れて、そして何食わぬ顔して軍で暮らしていけと?


 ──駄目だよ。


 クロエの顔が大きく歪んだ。


「バァさんは何も失ってないからそんなことが言えるんだ」


「クロエちゃん! でも、殺しちゃ駄目だよ! 何があっても……」


 ──ディオンは死んだだろ!


 クロエは吠える。


「だから、なかった事になんて出来ない!」


 報いを受けよ、とばかりにM3グリースガンを持ち直す。


「オレはディオンの監視役だった。Gリストとして、ディオンが相応しいかどうか監視して、報告してたんだ。アルバート・ラスター、この男に命じられてね! この男が許せない。そしてオレは自分が許せないんだ……」


 相棒の父に照準を合わせたその瞬間。

 空気の漏れる微かな音が響く。

 そして、クロエの体はその場に崩れ落ちた。

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