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10.ほどかれる糸

「フィ……フィーマたん……」


 暗闇に取り込まれていたバーツが我に返ったのは、マリリンのおずおずとした呼びかけである。

 ゆっくりと声の方に顔を向けて確認すると、奇跡的に車椅子に損傷がないのが分かった。

 マリリン自身もその中で小さくなっていた彼にも幸い怪我はないようだ。


「フィ、フィーマたん、あれ……」


 恐怖に縛られたその指先は、ポカージュの向こうを指していた。

 そこに立つ灰色の長身を目にし、バーツは絶句する。

 灰色の髪、今は憎悪に歪む灰色の眼球、手にはM3グリースガン──先程捨てられたカイの銃。他でもない。

 それはクロエ・ピローの姿だった。


「クロエちゃん! 生きてたんだね。良かった。てっきりカイ君に殺されたものだと思って……」


「殺すわけないでしょうが」


 後ろでカイが反論する。

 意図があって、失神させただけだったようだ。


 ゆっくりと近付いて来るクロエ。

 微笑みかけたバーツに、しかしクロエの表情が緩む事はない。


「クロエちゃ……?」


 ほとんど機械的な動きで──だからだろう。

 彼の行動に、その狙いに気付くのが一瞬遅れたのは。


 無造作に上げられた銃口。ぴたり。宙に静止する。

 ほぼ同時にクロエの指先に力が込められた。


 ほんの数発。

 間近で発砲されたその間、棒立ち状態になるバーツ。


 後ろでドスッと何か重いものが倒れる気配に、高鳴る心音。

 遅れて襲ってくる恐怖。

 満足したように口元を歪め、クロエが笑う。


「……クロエちゃ?」


 自分でももどかしいくらいゆっくりと振り返ったその先に。

 うずくまるカイ。そして彼の傍らには地に倒れ込んだ黒い姿が。


「アルバー……曹長?」


 両の手で自身の腹を抑えたカイが、強張った表情で灰色の男を睨み上げた。


「なぜ?」


 弟の代わりに問うたのはバーツである。

 クロエがアルバートを意図して狙ったのは明白だ。何故──?


「何故って?」


 クロエはニヤニヤ笑う……が、引き攣った表情に、いつもの余裕はなかった。


「口車に乗せられて、真実が分かった気になったんだろ。考えてみなよ、バァさん。Gリス……ディオンを殺したのは誰なのか」


「…………それは」


「分かんない? じゃあ、質問を変えるよ。そこの──」


 車椅子の男を銃口で指した。

 ヒッと悲鳴をあげるマリリン。

 だがクロエとしては撃つつもりはないようだ。


「あんたさぁ、そのナリでこんな所にまで来て、一体何してたんだ?」


「そ、それは……」


 口ごもるマリリン。

 助けを求めるようにチラチラとこちらに視線を送るが、バーツとて庇ってやるつもりはない。


「それは、その……遺体回収に…………」


「誰のっ!」


「………………」


 観念したのか、車椅子の上でマリリンはうなだれた。

 足の悪い彼がここに来るには誰かに連れてきてもらわないとならない。

 そばに味方のいない今、逃げ出すことも絶望的だ。

 自分一人では何もできないのだと痛感したのだろう。

 その表情には暗い影が落ちている。


「軍に籍のない……つまり、すでに死亡扱いになってる遺体は、極秘にこっちで回収しないといけないんだ。正規軍に発見されたら、その……厄介だから」


「ソレってつまり……」


 クロエを盗み見る。


「つまり? そうだよ! その死体がディオンってことだよ」


 憎しみに強張る彼の顔を直視できない。


「ディオンは嵌められたんだ。Gリストなんかに仕立て上げられ、駒にされた。あげく使い捨てられたんだ。で、本当に死んだら回収ってか。冷静に考えたら分かるだろ。ディオンを死亡扱いに──そんな細工ができるのはコイツだけだ」


 クロエは銃口で再びマリリンを指す。


「そして、コイツに書類改ざんを命じられるのは、そいつ……ニセのGリストを何人もでっちあげたアルバートだけなんだ」


「で、でもそれならうちの叔父さんだって疑わしいんじゃ……」


 認めたくはないが、条件は同じはずだ。


「半年前、ディオンの調査で軍の大規模汚職事件が発覚した。その後、著しく出世したのがナイト・クォーク大尉だ。そりゃ確かに怪しい。でも、考えなよ。大尉と共に階級を上げたのがコイツなんだ。それに……」


 倒れるアルバートを顎で指す。


「謎解きは後にしてください」


 何事か言いかけたクロエを遮ったのはカイだ。

 一瞬ごとに血の気を失くし蒼白になっていくアルバートを抱き起こす。


「カ、カイくんっ、大丈夫なの?」


 撃たれたのはカイとて同じである。

 その瞬間、心臓が縮み上がりそうな不安を感じたのだ。

 兄の思いが通じたのか、顔をあげてこちらを見たカイの表情は柔らかかった。


「僕は掠っただけで大丈夫です。バアさん、手伝ってください。この人を死なせるわけにはいかない」


「う、うん……」


 その瞬間。

 クロエの笑いが爆発した。


「知りたくないの? カイ・クォーク、あんただって陰でコソコソ調べまわってたじゃん!」


「!」


 顔をあげ反論しかけたカイだが、真っ直ぐ向けられる自身の銃に、さすがに怯む。


「コイツは、おたくの叔父さんを隠れ蓑に上官を失脚させて、ほとぼりが冷めた頃に自分が取って代わろうとでも思ってたんじゃない。だって……」


 クロエはそこで言葉を切る。

 意味深に全員の顔を見回した。

 謎が少しずつ解かれ、一本の糸になっていくのは分かる。


 何人ものGリストを偽装し、軍籍を操作、極秘にフランスに渡りカイを呼び寄せる。

 さらにディオンを殺した──確かに。

 すべて可能なのはアルバートだけ……な気がする。


「でも全部、状況証拠にすぎないよ……」


 小さな声でそう反論するしかない。

 すぐ側で弟も頷くのが見えて、バーツは少しだけ安心する。


「だ、誰かが裏で糸を引いてるってこと?」


 そうだ。怪しいっていったら今、目の前で銃を構えているこの男が一番怪しいに決まっている。

 Gリストを装う相棒を殺されて、復讐心ですべてを壊してしまいたい衝動に駆られているのも分かる。


 誰も庇うつもりはない。

 こうなったら、真実を知りたいだけだ。


 そんなバーツの前で、クロエがニタリと笑った。

 自信に満ちた笑み。

 すべて計算どおりの展開だとでも?


「じゃあコレ、聞いてみなよ」


 銃は手放さず、片足でツンツンと指したのは人間の頭より少し大きいサイズの機械の箱。

 少し前までバーツが背負わされていた無線機である。


「ウェイマス警務隊長の番号に合わせるからな」


 言いながら、やはり足を使ってスイッチを探る。

 カチリと音がし、まずは耐え難いノイズが飛び込んできた。

 バーツは耳を押さえ、悲鳴をあげる。

 その中に、低音の声が混じりだしたと気付き、バーツは耳を澄ませる。


「ウェイマス」、「ナイト・クォーク」──


 徐々に鮮明になっていく声に、覚えのあるその単語。


「叔父さん!」


 カイが叫ぶ。

 そう。無線機の向こうにいるのは──ワイザー・ナイト・クォーク。

 彼等の叔父、その人であった。


『カイちゃん! 生きていたのか?』


 無線機の声は、紛れもなく驚愕を表していた。

 クロエが笑う。


「大尉、カイ・クォークが死亡したとの連絡はどこから受けましたか?」


『む? 誰だ、オマエは? どこからって……そんな事は明かせねぇな』


「明かせない……つまり、正規の連絡ルートではなかった。任務の性質上、すべてを管理しているのはアルバート曹長。そこからの情報ですね」


『何言ってやがる。だから明かせねぇって言ってんだろ。何なんだ、オマエ。それよりカイちゃん、もう一度声を……』


 そこで無常にも無線は切れた。

 用は済んだとばかりにクロエが通信を切ってしまったのだ。


「ホラね」


「何がホラねだ。ふざけてるのか!」


 カイが怒鳴るが、クロエの意図はバーツにすら理解できた。

 つまり、これで叔父が現在イギリスにいるということは証明されたというわけだ。

 ならば時間的に、少なくともディオンを殺すことは直接的には不可能ということ。


 それどころか、今のやりとり。

 叔父はアルバートからカイ死亡の知らせを受け、それを鵜呑みにしてバーツにそのまま連絡してきたのだと分かる。

 当然、その後出たカイの籍を抹消する云々の話もあずかり知らぬことだろう。


 ならばすべてを企んだのはこの男ということか。

 倒れ伏した男に視線を送る。


 軍服の襟と髪の隙間から覗く肌の色は急速に失われつつある。

 アルバート・ラスター──彼の思いを、彼の意図を聞くことはもうできないのか……目を伏せたその瞬間。


 視野の端で何かが動いた。

 黒い筒──細長い。ゆっくりと。ゆっくりとこちらを向く。


「──!」


 銃だ。その銃口はクロエを捕らえている。

 気付いた時には、バーツの体は動いていた。


「クロエちゃ……! 伏せっ……」


 叫びと、ショットガンの重い銃声が重なる。

 頭部に衝撃。


 その瞬間、バーツの体は宙に飛んだ。

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