3.ナイト・クォークからの書簡(2)
あらためて調べてみようと、まずはレンジャー部隊の名簿を取り寄せたわけだ。
どんな人物であっても軍の名簿には必ず載っているはずだから。
もちろん『Gリスト』という名で登録されているわけはない。
ディオンが本名で所属しているのと同様、別のGリストも本名で載っているだろう。
だから名簿を見ただけで人物を特定することはまず不可能。
それでも何人かに絞ることができれば、あとは一人一人を調べていけば偽Gリストに行きあたるに違いない。
気が遠くなるような作業が待っているかもしれない。
だが、このリストを調べることから始まるんだ。
クロエが馴染みのあるウェイマス基地のものから広げていったのは、偶然に他ならない。
「A.ラスター、B.クォーク、C.ピロー……あ、オレだ」
最新の名簿らしく、カイ・クォークの名はすでに削除されている。
「──?」
読み進めていくクロエの目が、ある一点で止まった。
──G.リスト。
──一九四四年六月八日現在、ウェイマス基地所属。大尉。
そこには確かにそう記されていた。
「どういうことだ?」
これは正式な名簿である。しかも最新の。
という事は……。
「Gリスト」は実在する? 架空の存在ではなくて?
「バカな……」
頭から血の気が引き、クロエはその場に座り込む。
事態の核心に近付こうとしているのに、なかなか全体像が見えない。
「ダメだ。考えなきゃ」
Gリストは生きている?
部隊内に居る?
それは誰だ?
「Gリストが実際に存在してるなら、何故あいつがその名を名乗らなきゃならなかったんだよっ!」
次々と襲い来る疑惑と怒りに、感情が叫びとなって喉から迸る。
荒れる波の音にかき消される絶叫、それは不意に途切れた。
背にドン──と、重い衝撃が走ったのだ。
「ヒッ!」
「くろえちゃ……」
どんよりと背後に立つ姿を見て、クロエは徐々に落ち着きを取り戻していく。
リストを手に入れたことで、我知らず興奮していたらしい。
気が急いたあまり、上陸用舟艇に乗ったとたん海岸目指してエンジンをかけてしまった。
可哀想なバーツを置いて。
輸送船の人員に見付かったため、ただではすむまいとは思っていたがまさか海面めがけて放り捨てられるとは。
拘束されて本国に送り返されるよりは良かったというところか。
「何でうちの軍ってあんな人多いの? ヤんなっちゃうよ。本日二度目の水中投下で、何もかもビチョビチョだよ。まったくもって理不尽ナリよ」
恨みがましくそこに立つのはバーツ・クォーク。
髪から服からボトボトと水滴を垂らし、びしょ濡れの姿だ。
「おかえり、バァさん。いい格好だねぇ」
書類をそっと上着の下に隠し、クロエはニヤリと笑って彼を迎えたのだった。
※ ※ ※
ねぇ、クロエちゃん──話しかけようとして、やめた。
ひょろ長い灰色の姿を背後からじっと見つめる。
バーツはバレないようにその場にペッと唾を吐いた。
海中投下されたせいで、口の中に塩が残っていて気持ち悪い。
だってコイツ、結構喰えないヤツなんだもん。
まさかあんな所に取り残されるとは思わなかった。
ムキムキのクルーに逃亡兵と間違われ、ハナクソと連呼された記憶がじんわり蘇る。
「高圧的な人って、概して語彙が乏しいよね」
弟クンに苛められるならいいけど、他の人にあんなに罵られるなんて……不覚にも程があるよ、私!
なけなしのプライドを総動員してプリプリと怒ってみせるも、何となく頬が熱く感じてしまう自分。
「ああ……きっと私、顔が真っ赤なんだ。ハナクソなんて呼ばれてヘンな具合に興奮しちゃってるんだ。マズイマズイ。さすがにマズイよ……」
ブツブツ呟いていると、陰気な男がじっと見つめている事に気付いた。
ニヤついている。どうやらこれは本気の笑いだのようだ。
バーツが海に投げ捨てられた様を反芻しているのは何となく察せられた。
「ぶェッ……ぶェッくしゅ!」
クシャミをするたびに低い笑いがおこる。
「身体がすっかり冷えちゃった。熱いシャワーをあびたいよ」
「ふぅん、バァさんはシャワー派なんだ? オレはバスタブにお湯張って、じっくり浸かりたい派」
「そ、そうなんだ。くしゅッ!」
「お湯の中で毛穴がゆっくり開いていって、老廃物がゆっくり出ていくんだ。シャワーだけじゃ、どんなにゴシゴシこすっても毛穴の奥の汚れはとれないよ。加齢臭の元だよねぇ。そろそろでしょ」
「………………」
珍しく饒舌だと思ったら、ロクなことを言わない。
「な、何言ってんだよ。加齢臭なんて……」
──え? 私って臭いのかな? 違うよね……アレ?
クンクンと鼻を鳴らして腕や脇を嗅いでいくも、今は海の匂いしか分からない。
「待って待って。そりゃ汗臭い時なんかはあるかもしれないよ。でも加齢臭って……さすがに早い。えっ……毛穴の奥の老廃物? えっ……」
この件については、あまり考え込まない方がいいのかもしれないと、自己の防衛本能が働いたのだろう。
突如黙りこくったバーツは、あらためてノルマンディーの景色に視線を送った。
農村の風景は闇の中に沈んでいる。
陽が射せば景色は一変しよう。
そこにはM4シャーマンにクロムウェル戦車が内陸を目指して行軍しているという、白々しいまでに戦場らしい光景が広がっているはずだ。
彼につられたわけでもあるまいが、クロエも黒く沈む地平線と夜空の境に目をやった。
「さすがにヨーロッパ大陸は広いねぇ。イギリスの特殊部隊は、自転車使って移動してるらしいよ。一番効率いいよねぇ。意外と賢いよねぇ」
兵士が自転車で? それ、戦場に似つかわしくない景色だなと思いつつも、移動に次ぐ移動で大概足が痛くなってきたバーツとしては正直羨ましい体制である。
「あー、疲れた。そもそも私、今日一日でここ何往復したことか。いや、キミとじゃなくて」
朝早くに弟と共にノルマンディーに降り立ってからこっち、こんな夜中までひたすらウロウロと。
「じゃあ、行くのやめる?」
ニヤニヤ男が嫌な聞き方をしてくる。
「ううん、行くよ! 多分ガセだけど……」
「だよねぇ。多分ガセだけど」
そこで二人とも黙り込んだのは、それぞれに思うところがあってのことだろう。
船から落とされる直前のバーツは気付いた。
ハナクソ発言の男の他にも、船内にはまだ要員が何名か残っていることに。
無線の情報が入ったのか、船内の一か所からワァッと歓声のような声があがったのも耳にした。
首根っこをつかまれ振り回されて、今しも放り投げられようとしている危機的状況のその中で、バーツの聴覚に刺さったのが「Gリスト」という単語だったのだ。
──Gリストがフォルミニーに現れた。




