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かくして英雄は死に給う。めでたし。  作者: コダーマ


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22/37

1.ウザいケチんぼと陰気な呪い屋(2)

「そういや、軍オタのカイ君が色々教えてくれたっけ」


 ここ、オマハのビーチにはドイツ軍によるノルマンディー海岸防御策が多々用意されているという。

 戦車の通行を阻むために造られた、人間の胸ほどの高さのコンクリート製障害物。

 爆弾が付けられた木の杭。

 それから五百万発以上の地雷。


 その中を無言で進むクロエ。

 いつ起爆スイッチに引っかかるかしれない。


 ようやく彼が足を止めたのは、闇の向こうにさらに濃い影を見つけたから。

 上陸用舟艇である。

 輸送船で運ばれてきた兵士を陸地まで運ぶボートのような船であり、二十名程度を詰め込めるスペースと、小さなエンジンを取り付けてあるだけの小さな船だ。

 それでも用心深く無人であることを確認している様子。


 そこで初めてクロエはバーツを振り返る。

 相変わらずニタリと笑うその口元。

 しかし表情は悲しげに歪んでいた。


「……Gリスト、オレは上手く笑えてる?」


「え?」


 クロエはよじ登るようにして小型の上陸艇の縁を跨いだ。

 相変わらず説明はないが周囲に気を配る様子が感じられ、バーツも目立たぬように後を追う。

 クロエは慣れた様子で船のエンジンをかけた。


「ヒャッ、クロエちゃん?」


 船の縁によじ登り、転がり落ちるように乗り込んだ途端に動き出したものだからバーツは身体が後方によろけ、船の中で尻もちをついた。


「このままイギリスへ帰るの? このボートじゃ無理だよ……ねぇ、クロエちゃん?」


 バーツの問いに対して、背を向けたまま「まさか」という答えが返ってきた。

 その言葉のとおりボートはすぐにエンジン音を停止させて、少し大きな輸送船の際に停まる。

 バーツが弟と共にイギリスから出航した船と同型のものであり、兵士二百名程を乗せることができる大きさだ。


 もちろん今は無人である。

 ここに乗っていた兵士たちは戦地へと散ったに違いない。


 クロエが船体に書かれた番号を注意深く月明りで確認している様子がうかがえる。

 思い詰めた様子が気になった。


 通常の乗り降りの際に使う入り口は、勿論今は空いていない。

 この船に乗りたければ甲板に飛び乗るより他ないだろう。

 ただ上陸用ボートから輸送船の甲板は当然ながらかなりの高低差があり、ジャンプして乗り移ることは不可能である。


 しばらく船体を眺めていたクロエは、甲板からプラリと垂れ下がるロープを発見した。

 バーツの方を振り向くことすらなく、それを握り締めてするすると登っていく。


「嘘でしょう……」


 取り残された形となったバーツ。

 ボートから輸送船の甲板まで、それほどの距離はない。

 だが自分が腕の力でロープを登れる気がしなかった。


「ええぃ!」


 弟に尻を蹴られた記憶を呼び起こして、ロープに取りつく。

 腕で全体重を支える羽目になった、やわな手の平がロープとの摩擦で火傷しそう。


 彼が必死に登り切って甲板で「ぜぇぜぇ」と息を切らして横たわった時、クロエの姿はどこにもなかった。

 船内へと続く小さな扉があり、彼はそこに消えたのだろう。


「何なの、放置されてるの……私?」


 まるで世界から取り残されたかのようで心細く、バーツは取っ手を両手で持って、重い扉を開けた。

 船内はところどころに電球が設置されており、細い廊下の向こうまで見渡すことができる。

 何度か曲がった先の廊下に見覚えのある灰色の後ろ姿を見付け、バーツはよろよろとそちらへ足を動かした。


「やっと追いついたよ……」


 息を切らしながら、彼の顔を覗き込む。

 そしてバーツは声を詰まらせた。

 大きく見開いた目から堪えきれずにポトポト涙の雫を零し、唇をわななかせつつ、それでもクロエは笑みの形を作ろうと唇を歪めていたのだ。


「ディオン……」


「誰、ディオンって?」


「Gリストじゃない。本当の名はディオン・ラスター」


 それは、英雄の名(Gリスト)を継いだ男の本当の名前だった。


「……捨てた名だけどね」


 少しだけ落ち着いたのか、クロエは小声で語り始める。

 船の中──人の気配がない事を確認しながら、階段を下へ。

 輸送船の造りはどれも同じだ。迷う様子は全くない。


「知ってたよ。Gリス……ディオンが長生きできないだろうってことはね。だってあいつ、戦場を直進するタイプだもん。相当アタマ悪いくせに、行動力がある」


「ソレってかなり面倒臭い奴なんじゃ……」


 色々と思い出す事があるのだろう。クロエは笑って、小刻みに頷いてみせた。

 ほんの数時間の付き合いだけど、バーツにもクロエの言うディオン評は納得できる。


 出会いは最悪だったけれどディオンが真っすぐな性格なのはすぐに分かった。

 色々あったもののバーツに同情し、一緒に弟の死を確かめにフォルミニーまで行ってくれた。


「ディオンもよく言ってたけど、ホントに軍なんて馬鹿馬鹿しいよねぇ。あいつだって、軍に利用されただけだもん。オレだってそう。小さい頃に両親を強盗に殺されたんだけど、犯人は退役軍人で第一次世界大戦の功労者だったとかで、懲役二年ですまされた。腹立ったけど、そんなの珍しいことじゃないんだよ?」


「……そうなんだ」


「でもそのお陰で奨学金をもらって学校に行ったし、今こうして軍で仕事もしてるんだ」


 不自然なまでにニタニタと唇を歪めたクロエ。

 ホントだ、もう少し上手く笑ったらいいのに──そう思ったもののバーツは言葉には出さなかった。

 だってそれは踏み込んではならない彼とディオンの絆だと思ったから。

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