11.レスト・イン・ピース~安らかに眠れ
「ちょ、ちょっと待って。コワイかも……」
こんな夜中に、死体ばかりが並ぶテントの中。
「そうだよ、よく考えたら恐ろしいよ!」
改めて叫ぶバーツ。
何を今更下らないことを言うんですか、ヘタレですかとツッこんでくれる弟クンは居ない。
かわりにS&Wモデル39のグリップで後頭部を殴られた。
「うるさいぞ。貴様、本気で馬鹿なのか?」
「す、すみません」
とっぷり暮れたフランスの農地に、大きめのテントが設置されている。
テントの側には小さな集落があり、今は連合軍兵士がそこを駐屯地としているようだ。
灯かりとざわめきから、百人近い兵士がいるのが察せられる。
味方とはいえ所属も明かせないうえ、許可も得ずに遺体安置テントに侵入している自分たちは不審人物以外の何者でもない。
だからこうやって懐中電灯すら点けることができずにいるのだ。
空には曇がかかっている。
今は月明かりも期待できないし、死体置き場には特に必要ないために電灯も設置されていない。
キャンプから微かに届く明かりだけが頼りだ。
遺体用の袋に入れられて整然と並べられたそれは、全部で二十くらい。
上陸戦とは比ぶべくもない数だ。
進軍中に小規模戦闘が繰り返され、その結果作られた袋、なのだろう。
だが、袋の中が自分と同じ人間のなれの果てというのは事実であり、ファスナーを開ける手が躊躇いに止まってしまうのも止むをえないことであった。
「うわっ!」
一人騒がしく、バーツがこけた。
死体の上に倒れ込んで押し殺した悲鳴をあげている。
「わ、私、目悪いんだよ。しかも寒くて眼鏡が曇って、何も見えないんだって!」
「役に立たねぇ奴だな」
心の底からそう言って、Gリストが暗闇の中で軽く笑う気配。
「安心しろ。俺は抜群に視力がいい」
「そうなんだ。ああ、何かそんな感じする。うん、ムダに視力良さげ。視力いい人ってさぁ、ホントは頭悪かったりするの? それってやっぱりヒドイ偏見?」
「はぁ? 本気で殺すぞ」
「いやぁん、恐ろしいよぅ。でもいいよね、目が良い人って。眼鏡ってほんとに不便なんだよ。お金もかかるし。視力が良くなる方法があるんならぜひ試してみたいもんだよ」
心底下らないことを、それでもペラペラ喋るのは、バーツが怯えているからに違いない。
死体で溢れたこのテントに──否、弟の死体があるかもしれないこの場所に。
大型のテントの中には並ぶ縦長の袋。
その一つ一つが、戦死した連合軍兵士なのだという事実。
各地から集められたそれらは、朝になれば次々と船に乗せられて本国へと返されるのだ。
正に物言わぬ帰還であり、これが戦争というものなのかと、今更ながらゾッとする。
死体の中に弟が居るという保証はないし、居て欲しいわけもない。
一つ一つの死体は全身を覆う袋の中に収められており、顔も見えない。
胸元に置かれた認識票を、灯かりが漏れるのを恐れて袋の中に突っ込んだ懐中電灯の光を頼りに視認していくため、確認作業は遅々として進まなかった。
視力の悪いバーツはGリストと共に一つ一つを見て回る。
彼にできる事はない。
この小柄な男を凝視するだけ。
薄闇の中で彼が首を横に振る度に、安堵の息をつくのだ。
数時間を費やして死体の周りを歩いてから、Gリストが最後にもう一度首を振った。
「いないってこと? そっか、良かった……」
この中に弟の名はない。
強張っていた身体から力が抜けたその時だ。
「ねぇ、コレ見てよ」
クロエの声。
いつもと違う低い響きに、バーツの心臓の鼓動が速くなる。
「この死体だけ認識票がないよ? もしかして……」
「ヤな言い方すんじゃねぇよ。失くしたり、盗られたりしたんだろ。そんなケースはいくらでもある」
Gリストの言う事は尤もであるが、バーツの不安は瞬時に膨れ上がり、それは一秒ごとに恐怖に転じていった。
「見てみなよ。カイ・クォークの死体かもよ?」
暗くて表情は分からないが、クロエ声は意地悪気に弾んでいる。
きっとニヤニヤと笑っているに違いない。
吸い込まれるようにバーツは彼の足元に座り込み、震える指で死体袋のファスナーを開ける。
──早く確かめたい。
──何も見たくない。
相反する二つの感情がせめぎ合う。
外に明かりが漏れないようにこ気をつけて、袋の中に突っ込むように、のろのろとした動作で懐中電灯を点けた。
光の中に浮かび上がったのは、金髪の若い兵士。
血と泥がこびり付いた顔を大きく歪め、薄く開いた目は虚ろに闇を映している。
最後の瞬間の表情がそのまま凍りついたのだと思われた。
無意識の動作でバーツはその死体の目蓋に指を添える。
微かな温もり。これも徐々に失われていくのだろうか。
力を入れて動かすと皮膚が引きつれたように動き、目蓋が薄く眼球を覆う。
死という衝撃と恐怖を表現した顔が、少し穏やかに変じた気がした。
「……どうだ?」
「分かんない…………」
バーツは力なく首を振った。
髪の色と体格は似ている。
しかし死に凍り付いたその顔は生きている時とは形相が変わりすぎていて、弟とは思えなかったのだ。
逆に、確かにカイではないという自信も持てず、宙ぶらりんに冷静な自分だけがそこに残る。
「戦争で死んだ人間はみんなこんな顔してんだ。強張ったような……何とも言えねぇ表情だよな。安心しな。カイ・クォークじゃねぇよ」
Gリストの言葉は慰めにもならない。
「出ようか。吐きそうだ……」
背後でGリストとクロエが顔を見合わせる気配。
しかし構ってはいられなかった。
這い出るようにテントの外へ。
知らぬ間に汗でじっとり濡れていた額に、夜の冷気が張り付くよう。
雲の合間から煌々と輝く月が姿を現しており、周囲一帯の草木を白く照らしていた。
胸につかえていた空気の塊をようやく吐き出してバーツはその場に座り込む。
振り返ったテント入口に張られた小さな紙が、頼りなく揺れていた。
『Rest in peace(安らかに眠れ)』の文字。
見上げたバーツの唇が醜く歪む。
「こんな所で、安らかになんか眠れるわけないよ」
自分でもぞっとする程、それは乾いた声だった。
テントに背を向ける。
早くここから立ち去りたいとの思いから、足取りは早くなった。
クロエが続き、最後にGリストがテントから出る──その瞬間。
地面が大きく震えた。
次いで両耳を穿つ爆発音。
同時にバーツの身体は空中に放り投げられ、地面に激突した。
「ぐはッ!」
隣りでクロエが同じように倒れ、せき込んでいるのが分かる。
今のは敵か? あるいは味方?
自分達を狙って? あるいは偶発的な爆発?
死体置き場を爆破する意味なんてあるのか?
うぅ……と呻きながら、クロエがむくりと身を起こす。
その声に、バーツも弾かれたようにテントを振り返った。
「Gリスト……」
テントの脇に倒れる小柄な姿。
駆け寄るクロエに付いて、バーツもそちらへ這って行った。
「おいっ、しっかりしろよ!」
「Gリスト……?」
爆発で黒く汚れた顔は色を失っていた。
固まった瞼。
「起きてよ? 何やってんだよ……」
彼は動かない。
紫の眸が開くことは、二度となかった。
Gリストは死んだ。




