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9.疑惑の中の死

「ど、どうもスイマセンでしたね」


 ようやく自由になった身体をヒョコヒョコ動かし、ペコペコ頭を下げつつ、バーツ。

 狩られたり、罵られたり、縛られたり……人間としての尊厳も自信も何もかも崩壊する感じ。

 ()り足で、できるだけ二人から遠ざかる。


「ところでさぁ」


 クロエがバーツの眼前に白い手をヒラヒラさせた。


「さっきからアレ、ピカピカ光ってるんだけど?」


「!」


 バーツとGリスト、相容れない二人が顔を見合わせる。

 クロエがアレと指すのは地面に置いたままの無線だ。

 緑のランプが点滅しているではないか。


 戦場の喧騒を鮮やかに残した海岸近く。

 波打つ海を背景にした農道で、それは何とも異質な光景である。


「先に言え」


 唖然とするバーツの後頭部を、Gリストが殴った。


「貴様も何ボーっとしてる。早く出ろ!」


「は、はい」


 ものすごく理不尽な思いを抱きつつもバーツ、慣れない機械の応答スイッチを押した。


「も、もしもし、カイ君?」


 演習で習ったはずの無線通信のルール、応答の文句など完全に頭から抜け落ちてしまっている。


「カイ君でしょ? どこにいるの?」


 弟からの連絡だと信じて疑わなかった彼だが、機械から聞こえてくる小さな咳払いに初めて違和感を覚えた。


「……カイ君じゃないの?」


『あー……』


 カイの声ではなかった。

 言葉を探すように唸り声をあげる。

 聞いたことのある声だとは思った。

 向こうも無線の作法など完全無視だ。


「……叔父さん?」


 ようやく思い至ったその声の主は彼等の叔父、ウェイマス基地警務隊長ワイザー・ナイト・クォークに他ならない。


『あ、ああ、バァちゃんだな』


「どうしたの、叔父さん。何か用事なの? 悪いけど後にして。カイ君が今、いないんだ。えぇと、その…ちょっと事情があって」


 置いていかれたとは言えず、ましてや麻薬の話などできるはずもなくて言い訳を探す。

 だから叔父の次の言葉に、彼はただ耳を疑うのみだった。


『そのカイちゃんなんだが……』


 雑音にかき消されそうに声は弱くなる。


『今、連絡があった。本日昼過ぎ、フォルミニーの戦闘で……戦死したと』


「は? 叔父さん、何言って……?」


 上陸地点から内陸へ二マイルちょっと(約三.五キロ)のフォルミニーという地名をあげた叔父の声は確かに震えていた。事態の深刻さをじわじわと理解する。


「なに、叔父さん……カイ君が死んだって、どういう……」


 隣りでGリストとクロエが顔を見合わせる気配が感じられたが、そちらに対して反応する余裕はない。


『……すまなかった』


 呻くような言葉を最後に、無線は途絶えた。


「……カイく?」


 何だ、これは……。

 あれ?

 突然、私は弟を失ったのか?

 こんな無線一本で?


 衝撃などない。

 ただ、混乱が張り付くように脳裏を蝕む。


 だからだろう。

 不意に肩を叩かれ、バーツは悲鳴をあげたのだった。


「な、なに……?」


 振り返った先には、クロエ。

 バツが悪そうに顔を歪め、もう一度指先を無線機に向けている。


 緑のランプが、再び。

 弾かれたようにバーツは受信機を取っていた。


「叔父さん? カイ君っ?」


 しかし応答した声は、名前を上げた二人のものとは違っていた。


『フィ……フィーマたんだね?』


 遠慮がちな調子には覚えがあった。

 自分をその名で呼ぶ者は、この世界に一人しかいない。


「マリリンっ?」


 ウェイマス基地の……駄目な事務員。叔父の部下。

 アイドル話でいたく気が合い、互いをアイドル名で呼び合う仲となった。

 辛いばかりの軍生活での、唯一の友だち。

 しかし今はその存在も癒しにはならない。


『フィーマたん、今から大尉からの命令を伝えるよ。直ちに帰国しろって……』


「イギリスに?」


『ううん、アメリカに。本国に帰還しろって……』


 無線機から聞こえる声は震えていた。


『フィーマたんはアメリカに帰って。カイ・クォークの遺体はこちらで処理するから』


「……処理って?」


『カイ・クォークは極秘任務従事中だったから。情報が漏れるようなことがないようにって。カイ・クォークの軍人としての籍もこっちで抹消するから。……命令なんだ』


 ごめんね、と告げて通信は唐突に途絶えた。


「マリリン? 叔父さん……カイ君?」


 無線機はそのままどこに通じる事もなく、ただ沈黙を決め込むだけ。


「どうしたら……?」


 弟が死んだ?


 死体は軍が処理し、籍も抹消する。

 残されたバーツには突然の帰国命令。


 不可解だと思う余裕も、理不尽ナリと憤る気力も残っていない。

 国に戻って何もかもに目を瞑って、軍を除隊したらいいのか?

 暗にそう求められているのか?


「……そんなのイヤだ。だって、訳が分からない」


 ヘナヘナとその場に座り込む。

 死んだように虚ろな眼は、しかし唯一の希望を求めて無線機を凝視していた。


 軍への不信、怒り。

 奴等は一体、何を企んでいるのだ?


 どうあっても連絡をつけてやろうと、沈黙を決め込む無線機に向き直る。

 有益な情報を求めて周波数を一つ一つチェックしていくのだ。

 高い音、低い音。

 波のような雑音が続く中、いつかどこかに繋がりはしないかと。


「バーツ・クォーク……」


 彼の強張った背を、トン。

 叩いたのはGリストであった。

 強いはずの紫の眸が、苦しげに細められている。


「フォルミニーの戦闘といってたな。向かおう」


「え?」


「死体は次々とアメリカに帰されるからな。急いだ方がいい」


「死体……それってカイ君の?」


 そうだ。Gリストは頷いた。


「カイ・クォークの死体を取り戻しに行くんだ」


「で、でも……マリリンが処理するって言って」


 それで納得するのか?

 そう問われ、バーツはほとんど反射的に首を振っていた。


「いいわけない。私の弟だよ!」


 ──必ず、取り戻す。


 いつになく低い声で、バーツは呟いていた。


 それに。

 信じられない、というのも正直な気持ちだ。

 弟が自分に黙って離れたことも、無線一本で告げられた彼の死そのものも。

 何かの間違い──いや、陰謀に違いない。


「今は夕方。急いでフォルミニーに向かうぜ。暗くなるのを待って、死体安置所に忍び込むんだ」


 激戦地の近くの制圧拠点には必ず仮の死体安置用のテントがあるはずだとGリストは言う。


「分かったよ、Gリスト」


 バーツは今初めて、Gリストの名を呼んだ。

 今は彼の傲慢な力強さがありがたい。

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