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8.GOLDとヘロイン(1)

『新世界より』のメロディで(例によって)。


「♪水着~のヒモ~がァ切れた時~ 私の水着のヒモ~がァァ~切れたァ時♪」


 元気が出るように久々にポエムを作ってみたものの、ツッこんでくれる相手がおらず、一気に興ざめ。

 バーツはうなだれた。砂地をじっとみつめる。


「あぁぁ、これはボツだな。我ながら冴えてないや……」


 どこまでも沈み込む精神。

 致し方ないことだ。

 何かがおかしい……っていうのは分かってる。


「裏切られたくない……」


 臆病な心に願う思いは、それだけ。

 カイが姿を消した。

 こんな戦場で。たった一人で。


 Gリストの追及を受けて、すぐのことである。

 己に非があると、隠しきれない闇があるのだと認めているようなものだ。



 そして今。

 バーツ・クォークは、ここノルマンディーの海岸で椅子に縛り付けられていた。

 いつもなら縄が喰い込む度に「アンアン」言って喜ぶところだが、さすがに今はそんな余裕はない。

 口を半開きにして、じっと足元の砂を見つめている。


「……ああ、失禁しそうだ」


 ポツリと呟くと、傍らに立つ小柄な男が飛び退いた。


「漏らしやがった! コイツ、最悪だ」


「ち、違うよ。ちょっとだけ! ちょびっと出ただけ」


 激しく椅子を蹴られる。


「ヒィ!」


 この男──自称・Gリスト。激しくてイヤだ。


「コイツ、弟の行方は本ッ当に知らないみてぇだな」


 チッと舌打ちして、ようやくGリストの尋問は止んだ。


「一本一本、歯を抜いて拷問してやってもいいんだぜ? 一本一本ペンチで指を潰してやってもいいんだぜ?」


「ヒイッ、何なのその発想。聞いただけで痛くなるよ。恐ろしい子!」


 少し向こうで煙草を吸っていたクロエが、歯を抜いてのタイミングでニタリと笑ったのが不気味だ。


 何よりもバーツとしては、弟に置いていかれたということが切なくてならない。

 何の断りもなく、ただの一言すらなく彼は勝手に消えてしまった。


 どんな拷問を受けたとしても、知らないものは知らないのだ。

 こんな見知らぬ大陸で、彼に行く当てがあるのかどうかすら。

 兄である自分が、弟の苦しみを受け止めてやることも、事情を想像することすらできないという情けなさ。


「カイ君、何で私のこと置いてったの……?」


 涙が滲んできた。

 広大なヨーロッパ大陸で、自分はたった一人なんだと感じられて心細くて仕方ない。


「──使えねぇな」


 激しい舌打ちに、バーツはビクリと身を震わせる。


「……あ、何だ。私のことじゃないんだね」


 Gリストが座り込んでいたのは無線機の前だった。

 カイが置いていったものだが、何だか当然のようにGリストが取り込んでいる。


 しかし、上手く通じないようだ。

 使えないというのはこの機械に対しての暴言だったらしく、苛々しながら操作している。

 クソッ! といちいち発する怒声が恐ろしい。

 機械を蹴るのだけは、さすがにクロエが止めているようだが。


 ──無線、やっぱり駄目なんだ。


 消える直前、カイも何度か無線を試していた。

 突如顕れたGリストの話の真偽を、マリリンは頼りないからアルバートに確認しようとしていたようだ。

 機密情報は無理でも、公式記録であれば──少なくともGリストの言うオリンピックの記録くらいであればイギリスにいてもすぐに調べられるだろう。

 その真偽だけでもはっきりさせたかったのだと思う。


 実はバーツとて、突然現れたこのGリストの話を完全に信用しているわけではない。

 しかし事実を調べようもないうえに、ブレーンのカイ君が居ない以上はただ諾々と状況に流されるしかないわけで。


「クソッ!」


 クロエの隙をついて最後に無線機に一蹴り見舞ってから、Gリストは機械から離れた。


「カイ・クォークが兄に連絡をとろうとして、置いてったのかもしれねぇな。いいな、クロエ。無線機(コイツ)から目を離すんじゃねぇぞ」


「オレに命令するの?」


 恨みがましそうに、クロエ。

 Gリストは大きく顔を歪めた。


「……見ててくれ。頼むぞ、クロエ」


「りょーかい」


 相棒の機嫌が直ったところで、気持ちを切り替える。


「兄は何も知らない。無線も利かない。ならば、どうする? カイ・クォークの行方は……? ヤツが行きそうな所。ヤツが頼りそうな相手。ヤツが仕出かしそうなこと」


 Gリストの行動の早さに付いていけない。


「あのぅ…いつになったら外してもらえるのかな、私」


 喰い込む縄に、涙。

 いいかげん痛みも限界に達している。


 ややMのくせに、バーツは痛みには弱いのだ。

 Gリストの完全な見下し視線がトスッと胸に刺さる。


「あぁぁ、過酷過ぎる私の運命」


「ふふっ」


「もぅ! 何笑ってるの。黒絵ちゃん! 呪いが専門なら魔法陣か何か書いて、パーッとカイ君呼び出してよ。私だって聞きたいことが山ほどあるんだから!」


 ニタニタ笑うクロエに、やつ当たり。


「魔方陣ねぇ……うふふっ」


「そ、そこは否定してよ!」


 心の底からそう叫ぶ。


「あ、あと、いつになったら縄解いてくれるの? 二人とも、変な趣味でもあるの? 私のこと苛めたいの? それとも私のこと、本気でどうでもいいの? あの、聞いてる? コホン。私の叔父はほんの警務隊長で……」


 弟の真似をして言ってみるが、今更脅しのきく相手でもあるまい。


「俺の父も軍人だ。それなりの地位だし人格者だが、どこの誰なんて自慢したり、親の権力を利用しようとは思わねぇよ」


「そ、それは、ご立派だね……」


 うちの弟クンとは人間の出来が違うようだよ。

 もう、どうしようもない。バーツの目に涙があふれる。


「うぐっ、えっ……!」


 拘束されたまま身体を揺すった拍子にポケットから何かの包みが落ちた。

 バーツが足元を見下ろすより先に素早い動きでクロエが拾い、Gリストに手渡す。


「これは……」


 臭いを嗅いで顔を顰めると、Gリストはバーツに断りもなく包みを開けた。

 袋の中にあったのは、細かく潰れた乾燥草葉である。


 それは、カイが持っていた煙草──GOLDだ。

 正確に言うとカイがクロエから貰ったものの、Gリストに水をかけられて駄目になってしまったものである。

 濡れているとはいえ弟にとっては秘蔵の一本と言えようが、どさくさに紛れてこっそり掠め取ったのだ。


 これの中身をバラしたのを天日で乾かし、木屑で嵩を増して量産して紙巻煙草にして売りつけてやろうと思っていたものであり、バーツが拾ったのは身に染みついた貧乏性のなせる業であった。


「あの、それは……」


 何だか小恥ずかしい。

 我ながらセコイにも程があろう。

 天日干しして売り出そうとしているなんてバレたら、このGリストのことだ。

 卑劣な行ためだと罵り、拳と蹴りに晒されるに違いない。


「ち、違うんだ。ほんの出来心で……」


 言い訳をしかけたバーツの前で、Gリストは表情を歪める。


「……やっぱり、貴様もか?」

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