6.その名(2)
こそこそとこちらを見ながら、長身が何事か囁く。
何と言ってるかは聞こえないが、紫眸の小柄な方の表情は明かにこちらを馬鹿にしている。悪口を言っているのは明かだ。
何、この空気?
軍隊のイジメとは一味違う。
そもそも突然の銃撃、そして明らかに正規軍ではないこの二人に対して、こちらとしては疑問符でいっぱいなのだが。
「あのぅ? 私の叔父さんはウェイマス基地の……」
「はぁ」と素っ気無い返事をしてから、二人のうちの紫眸の方がようやく面倒臭そうにこう返す。
「俺達はレンジャー所属。コイツはクロエ・ピロー。そして俺は──」
クロエといわれた長身男のニタニタ笑いに気を取られた一瞬。
小男はこう続けた。
「俺はGリストだ」
「Gリ……」
思考の停止。それはほんの一瞬のこと。
バーツの混乱は事態を理解すると共に一気に晴れた。
久々に定時に仕事が終わったサラリーマンのような気分。
「居たよ、Gリスト! 居るもんだねぇ、Gリスト! アメリカの英雄、死んでなかったんだ。良かった! この人連れて帰ったら、私たちの任務完了じゃないの」
黒髪、紫の眸──全体的に予想外に小ぢんまりした印象は受けるものの、ガセ情報だらけのGリスト情報の一部に目の前の男は確かに合致する。
「何笑ってやがる。人のチンコ、ゲタゲタに蹴りやがって。いいか、背は小っちいが人間は大っきいぜ」
堂々とそんなことを言って、Gリストを名乗る男はS&Wモデル39を弄んだ。
──うわぁ、恥ずかしい言い草。身内によく似た無神経な叔父いるな……。
そう思い、バーツの頬は硬直する。
とにかく弟に……責任者の弟クンの所へ連れて行こう。
任務は「捜査」だけど、ターゲットを見付けた以上連れて帰ったら良いのだろうか。
そもそも何を尋ねたら良いか、自分には分からないものだから。
「えと。それでGリスト……さん? ここで何を? 今までどこに居て? ぶっちゃけ本部ではGリスト死亡説とか流れてたんですけど? それについてはどうお考えで? おかげて私たち、ひどい命令を受けることになってね」
「死亡説だと?」
Gリストとクロエが顔を見合わせる。
「現在、ある事件の調査中だ。詳細は言えない。脅して悪かったな。貴様にはちょっと聞きたいことがあっただけだ」
貴様からヒドイ攻撃を受けたもんでついカッとなってな、と付け足す。
「ご、ごめんなさい。つい……」
相当ひどいダメージを負ったであろう彼の股間をあらためて凝視して神妙な体で頭を下げたのは、実は今の顔を見られないようにであった。
バーツは笑いを噛み殺していたのだ。
そりゃあ愉快ったら、ない。ややこしい仕事から、今しも解放されそうなんだから。
「……新築物件にも住み着く、容赦ない幽霊」
「は?」
え? 今の恐ろしげな囁きは何?
独り言の主は、Gリストの隣りにぴたりと寄り添うクロエだ。
ヒマだったから色々と空想してただけ、なんて言う。
そういえば、さっきから一人でブツブツと怖いことばかり呟いていたのはこの男だった。
「俺の相棒は幼少期、東洋で呪いを学んだらしい」
Gリストの補足にクロエ、ニタリと笑う。バーツの笑顔が完全に固まった。
「そ、そう。東洋で……呪いも根が深そうだもんねぇ」
ニタリ。
「カビと同じ。根が深ければ……落とすことも困難」
「はぁ。カビですか」
クロエ──いや、むしろ黒絵? 心の中で勝手に名付ける。だって見た目は青白いけど、性格と思考回路は圧倒的に黒いんだもの。
名づけるなら、それならGリストはさしずめ俺サマくん? 出会って間もないけれど、この男はまっすぐで単純な性格をしているのだと推察できた。
その俺サマくん、欠点がある。
実に気が短いようで。手の中で銃を物騒に弄んでいた。
「バーツ・クォーク、聞きてぇことがある。約束する、手荒なことはしねぇ。だが、どうあっても話してもらう」
余裕を装ってはいるが、凄みのある低い声と鋭い視線からは怒気しか感じられない。
それから僅かな焦りと。
はい。何ひとつとして包み隠さず答えます。
こういう時は逆らうだけ無駄だ──生存本能がそう告げる。
ブルリと背筋を震わせてバーツは矢継ぎ早に繰り出されるGリストの質問に、素直に口を開いたのだった。
「この数ヶ月はどこに?」
「はい。アメリカで訓練を。同じメニューを毎日毎日。つらい訓練に付いていけずに私は……」
そこで銃口に漲る殺意に気付く。
「貴様のことなんぞ聞いてねぇよ」
「お、恐ろしい。ごめんなさい……では何を?」
カイ・クォーク──貴様の弟の行動だ。さっさと言え。
苛立たしげに続けるGリスト。
「カイ君の?」
そこで初めてバーツの中に違和感が生じる。
「お、弟とは訓練中はずっと一緒だったけど?」
無言で睨まれ、すぐに怯む。
嘘はとっくにお見通しのようだ。
「カ、カイ君は優秀だから私とは訓練コースが違っていて。上陸作戦に備えて、カイ君は三か月前にイギリスに移って訓練を……」
「その間ずっとイギリスにいたと証明できるか?」
「……何で?」
バーツの問いには答えず、Gリストとクロエは一瞬視線を絡める。
「な、なに?」
突然、不安という塊で殴りつけられたような感覚。
先程Gリストはある事件の捜査中と言っていた。
嫌な予感がする。
うちの弟クンが何か?
尋ねようと口を開きかけるも、カラカラに貼りついた舌に言葉を紡ぐことは出来なかった。
それで──? という具合に、Gリストの銃口がようやく下を向く。
「そうだな。カイ・クォークから預かったものはねぇか? 例えば──」
そこでGリストの動きが止まる。
バーツとて、異変に気付く間もなかった。




