第93話 黒コートの常連さん
叔父さんが悪い人かもしれないとアレク君に告げられた帰り道。
もしかして騙されていた?
仕事の邪魔と言いつつもオレが学校の友達を連れてくることを期待していた?
よくない事が頭の中を巡る。
ダメだ。考えてもわからないことを何度も考えている。
・・・こういう時は決めなきゃダメだ。
信じるか、信じないかをお店が始まるまでに。
「叔父さんただいま。」
「遅かったな。早く準備しろ。」
叔父さんは相変わらずぶっきらぼうな態度だ。
でもオレが遅くなっても怒ったりせずにただ迎え入れてくれている。
働き始めたばかりのオレを戦力に数えていないからだろうけど、オレとしては好感を持っている。
「飯はどうだ。食べてないなら作るが。」
「えと、食べます。今日はお腹空いてるし。」
「ならその間に体を拭いておけ。それが終わったら鍋一杯に湯を沸かす、その後はテーブルの整頓だ。」
「いつものだね。任せて。」
「丁寧にな。お前は雑なところがある。そこは姉さんに似ていない。」
「仕事だもんね。ちゃんとやるよ。」
仕事には妥協しないが細かく気を使ってくれる。
それがオレの思う叔父さんの人物像だ。
・・・だったら信じた方が気持ちがいい。
そう決めた。
オレは熱魔法でさっとお湯を沸かしてうりゃーっと体を拭く。
拭いた後は熱魔法で一気に乾かして、湿気は風魔法で外に押し出す。
これで仕事できる清潔さにはなった。
本当は銭湯に行きたいが時間がないので仕方がない。
「スヴェン。カウンターに飯を置いたから食べろ。食べ終わったら洗って片づけてくれ。」
「はーい!すぐ行くね!」
オレは2階から降りてまかないをパパッと食べ終える。
美味しい。ただ味付けが少し塩辛い。
叔父さん曰く客層に合わせた味らしいので文句は言えない。
「ごちそうさまでした。食器も洗ったよ。」
「ならテーブルの整頓を急げ。もう開店時間だ。」
「やば、急がないと。」
オレは急いでテーブルの位置を揃えて、目立つ汚れがあれば拭き取る。
最後のテーブルを揃え終わった瞬間、鐘が鳴り夜の始まりを告げた。
「店を開けてこいスヴェン。」
「はーい!」
オレは表の看板を裏返しにしてお客さんに開店を知らせる。
それと同時に常連さんが何組か入店し、お気に入りの決まった席に座る。
これがいつもの風景だ。
「スヴェン。これ持って行け。それとあのテーブルのお客さんはーーー」
「2杯目は蒸留酒のお湯割りでしょ。流石に覚えたよ。」
「おう、なら早く運べ。もう待ちきれない様子だ。」
叔父さんがこの酒場を一人で回せていた理由はこれにある。
同じ時間に同じお客さんが同じ注文をする。
だから叔父さんは下準備を事前に済ませることができるのだ。
綱渡りというかギリギリの経営だよなホント。
「おい坊主!また来てやったぞ。」
「親方!・・・ってオレが居なくても毎日来るでしょ。」
「ははは!違いない。今日は何を頼んでやろうか。」
「親方・・・俺を困らせるために出てない料理注文するの意地が悪いですよ。」
「先代の代わりに見守ってやってんだろうが。つべこべ言わずにこの夏野菜の煮込みスープをだせ。」
「それ今から準備するんで時間かかりますよ。」
「構わんよ。その間につまみを出してくれ。」
「えと、ビール一つとパンとつまみのセットで銀貨1枚と銅貨2枚です。」
「はいよ、持ってけ。」
親方はポケットから高価を取り出してオレに手渡す。
「頂きました。それじゃあすぐに持ってきます!」
これも慣れたやり取りだ。
決まった料理を注文しない人は必ずパンとつまみのセットを頼む。
料理が出てくるまでの間酒を楽しむのだ。
カランと音が鳴り店の扉が開く。
オレは悪い予感がした。
この時間に来る常連さんはいない。
となると新規のお客さんだ。
「学生じゃなきゃいいけど・・・。」
オレはアレク君に言われたことが頭をよぎる。
ここで学生が来れば本来の調査に戻らなけらばならない。
覚悟を決めて顔を上げる。
幸いそこに立っていたお客さんは叔父さんからちょい年上くらいの男性だった。
黒コートを着た少し裕福そうな装いで、間違いなく学生冒険者ではない。
「えと、いらっしゃいませ。ここは初めてですか?」
「いや、定期的来ている。君とは初めましてだね。」
「あ、ごめんなさい!まだ1週間しか働いてなくて!」
「いいよ、気にしないでくれ。」
そのお客さんは慣れた足取りでカウンターに座った。
そしてメニューを見ずに料理を注文している。
確かに常連さんのようだ。
「おいスヴェン。ボサッとしてないでテーブルを片付けて来い。」
「えと、すぐ片づけます!」
毎日来る人ばかりが常連さんではない。
この酒場は値段も高めだし毎日来れる他の常連さんがすごいのだ。
今度は失礼の無いようにしないと。
「これ注文頂いた焼き魚定食です。」
「助かるよ。叔父さんだけだと料理が来るまでに店が閉まってしまう。」
「何言ってるんですか。そんなこと一度も無かったでしょうが。」
「そうだったかな。ともあれ料理をありがとう。」
そのお客さんはとても人当たりの良い人だった。
叔父さんと少し話したりはするが基本は静かで、たまにお酒を注文する。
料理も残さず食べているし控え目に言って良客だ。
・・・ただなぜかそのお客さんが気になる。
変な感じだ。そわそわとして落ち着かない。
そして再び鐘が鳴り酒場は閉店の時間となった。
まだ酒場にいるのはいつもの酔っ払い冒険者と黒コート男性だけだ。
オレは日課として酔っ払いを店の外まで引きずって夜風に当たらせる。
「ふう、これで一区切りだ。」
オレはやり遂げた気持ちをつい声に出してしまった。
「おや、客はまだここにいるけどね。」
黒コートの男性はいたずらっぽく微笑んだ。
「えと、ごめんなさい。つい癖で。」
「冗談だ。あの冒険者はいつまであのような生活を続ける気なのだろうか。」
「その、昔からいらっしゃるんですかあのお客さん。」
「私がここに初めて来た日からあの様子だったよ。もう十数年も前の話だけどね。」
十数年か。
見た目からするとこの男性が学生くらい年頃だろうか。
「ところで君は冒険者学校に通っているのかな。」
そうです。
反射でそう答えようとしたが首元がチクりと痛んだ。
不意の痛みで声が出せず変な間を生んでしまった。
「えと・・・。」
「いや大丈夫だ。冒険者学校に入るには君は少し若すぎるね。変な質問をしてすまなかった。」
黒コートの男性はそう告げると店から出て行ってしまった。
「どうかしたのかスヴェン。」
裏から戻ってきた叔父さんが扉を見つめるオレを不思議に思ったのか声をかけた。
「珍しいお客さんだなって思って。」
「彼は気まぐれに顔を出すタイプの常連さんだ。顔は覚えておけよ。」
「うん、覚えとく。」
黒コートを着た叔父さんよりちょい年上くらいの男性。
人当たりの良く穏やかな雰囲気の人。
そして顔、顔は・・・。
「あれ?どんな顔してたっけ。」
仕事中あれだけ気になっていたのに?
いや、ジロジロ見てはダメだと目を逸らしていたから当然か。
まあ顔を覚えていなくても雰囲気で判別できるだろうし大丈夫だろう。
そんなことよりも今日は学生のお客さんは店に来なかった。
アレク君の話を確かめられなかったのは残念だけど今日はこれで良かった気もする。
人物紹介
黒コート男性
叔父さんより少し上くらいの男性。
人当たりの良い良客の常連さん。
でも上手く顔を覚えられなかった。