第76話 フューリーホーンの角:その7
年月を重ね非常に発達した角。
通常の鹿なら1年で生え変わるが魔物のフューリーホーンは違う。
その角はゆっくりと成長し、生え変わらない。
しかし多くの個体は生活の中で角が削れ、欠け、折れる。
その大きな角は優秀さの証明であり、群れでの地位を向上させてゆく。
あらゆる困難を退ける力を持つ個体はリーダーとなり、立派な角に見合う体躯に成長を遂げるのだ。
失敗を知らないが故、怒れる角はプライドが高く挑発に乗りやすい。
群れで挑めば確実に勝てる戦いも今回のように決闘を望む事例が多く報告されている。
ドリアルは習性を経験で知っていた。
なので大胆に挑発を行い、老いた怒れる角に決闘を挑ませたのだった。
「ォオォォォオオオオオ!!!!!」
怒れる角は角をスパークさせながら一歩目を踏み込む。
地面が揺れ、一帯がピリピリとした空気に包まれた。
本気も本気。
全身全霊を掛けた突撃がこちらに迫る。
「跳べ!」
オレは密猟者の男に合図を出し、同時にドリアルの背中に駆け寄る。
「ウー!ガー!」
ドリアルは必死の突撃を体全体で受け止める。
複雑に枝分かれた角が彼の肉体を貫いた。
貫かれた傷口は間髪を開けず雷で焼き尽くされる。
・・・だがドリアルは倒れない。
万力を込めて突き刺さった角を握り、強靭な足腰で勢いを殺し切る。
「・・・!!!」
ドリアルと視線が合う。
その瞳には生きて帰るという強い意志が宿っていた。
「おらああああああぁぁぁぁ!!!」
オレは角を足場に駆け上がり怒れる角の頭部を目指す。
全身に纏わせた渦を限界まで圧縮させることで雷魔法の侵入は防げる。
「ォォオオオ!!」
雷の本流を突っ切り着実に歩を進めるオレに危険を感じたのか、魔力を振り絞り電圧を急上昇させた。
「・・・ぐあっ!」
スパークが風魔法の防壁を貫通しオレの足を痙攣させる。
集中が乱れたことによりなけなしの渦も四散し、抱えた魔道具に雷が直撃した。
『爆発する。』
魔道具が限界まで膨らみ外装が弾ける一瞬をオレは何十秒にも感じていた。
時が極限まで遅くなり意識だけが残る。
『なんでゆっくり?』
『失敗した。』
『魔法を使わないと。』
『こんなに膨らむのか。』
『走馬灯だ。』
『爆発したら死ぬ。』
纏まらない思考が生まれは霧散する。
余計な思考が死に抗うイメージをかき消してしまう。
制御、魔法の制御だ。
・・・どうして!どうしてできない!
あんなに練習したってのに!
オレは一つ目の爆発で後方に吹き飛ばされる。
『ああ、終わった。』
吹き飛ばされる間も世界はゆっくりと進む。
『皆街に着いたのかな。』
心に沸いた感情は怒りでも悲しみでもなく安堵だった。
『これでオレも”勇者”になれたかな。』
『そうだったらいいな。』
オレは人生の終わりを受け入れ目を閉じた。
次に頭に届いた情報は柔らかいものぶつかった感触だった。
オレはドリアルの厚い胸筋に受け止められギリギリ気絶を免れていた。
「ウーーーーー!ガーーーーーー!」
ドリアルの雄たけびを、心臓の鼓動を全身で感じる。
・・・そうだ。
何をあきらめてるんだ。
背中に居る仲間を守り切って初めて”冒険者”だ。
”勇者”になる前段階にすらオレは至っていない。
ドリアルと生きて街に戻る。
それ以外考えなくていい。
「うぁぁぁああああああ!!!熱風ォ!!!」
世界が速度を取り戻し、放り出された魔道具が連鎖爆発を始める。
前だ、前に押し出せ。
その熱も風も全部相手にぶつけてやる!
「お前ら!!!オレの言うことを聞けぇ!!!!!!」
瞬間、意識が拡散する。
体が一回りも二回りも大きく感じる。
これは・・・熱魔法に意識が乗っているのか。
爆風そのものが体の一部にのように動かせる。
「・・・ははは。わはははははは!!!」
気分が高揚する。
今なら全部ぶっ飛ばしてやれる。
「焼けて無くなれ!・・・炸裂ォ!!!」
魔法を始めて使ったあの日。
オレは熱量の暴力で一帯を焼き尽くしたらしい。
今までは暴走を恐れて無意識に避けていた魔法。
まだ幼い体では出力できない限界を超えた熱量を外部から取り入れて再現した、オレにとっての始まりの魔法だ。
初めてでも自由自在に動かせる。
「ォオ・・・ォォオオオ!」
直撃を食らった怒れる角は堪らずよろめいた。
・・・だがまだ倒れない。
ただプライドが倒れることを許さなかった。
「ぬし、ほこりに、おもう。」
ドリアルは自身に突き刺さった角をもう一度握り、大きく上下に振った。
バキリと鈍い音を立てその角は根本から折れた。
「・・・」
老いた怒れる角は支えを失って地面に崩れ落ちる。
彼は長い生涯で一度も誇りを失うことは無かったのだろう。
その死にざまには尊敬の念すら感じた。
「・・・よかった。」
この決闘は二人がかりで辛くも勝利を掴めた。
「スヴェン。まだ、たてるか。」
ドリアルは全身の傷を気にも留めずオレに声を掛ける。
「まだ元気だよ。」
当然嘘だ。
痛くない場所を探す方が難しいだろう。
それに肺に骨が刺さったのか息が苦しい。
「オデも、げんき。」
幸い傷口は雷で焼き焦げたので出血は止まっている。
だが元気な訳がない。ドリアルだって空元気だ。
「ォオオオォォ。」
先代の亡骸を弔うように若い怒れる角が小さく鳴く。
群れ全体も新しいリーダーに倣って喪に服しているがいつこちらを襲うかわからない。
「ちょっとでも準備を・・・。」
心臓に熱を集めようと体の内側に意識を向ける。
「いだっ、くそ・・・。」
耐え難い痛みに集中が途切れる。
アドレナリンで誤魔化していた痛みが帰ってくる。
ダメだ。魔法が維持できない。
このままでは役立たずだ。
「ォオオ。」
若い怒れる角がこちらを見据える。
弔いは終わったようだ。
「オデ、スヴェン、なげる。だから、にげろ。」
ドリアルが湖を指さす。
「泳ぐ体力なんて無いよ。最後まで一緒に戦おう。」
「そうか。」
ドリアルは初めて悲しそうな顔をした。
やめてくれ。オレはドリアルと対等でいたい。
「ォオオ!!!」
角が帯電を始め強烈なスパークに目がくらむ。
老いた個体とは比にならない勢いだ。
「何かないか?何か生き残れる手段が。」
周囲を全力で見渡すも使えそうなものは何もない。
密猟者の男も見当たらないしどこかに逃げたようだ。
これでお終いなのか?
ん?なんだろう。
空気が大きく動いている。
「どこだ・・・もしかして空か?」
オレが反射的に空を見上げると小さな点がグングンと近づいて来る。
ついには巨大な岩がオレ達と怒れる角の間に着弾した。
いや、岩ではない。人間だ。
「おお、よかった。まだ元気そうだねぇ。」
その声にオレは力が抜け地面に崩れ落ちる。
久々に聞いた声だ。力強くやさしい口調。
「アンドレ先生・・・。」
オレは安心して意識を手放した。
オレ達は助かったのだ。
人物紹介
アンドレ
鬼族で120歳。男性。
レイヴン冒険者学校の教授。
かつてイージス町が魔物に襲われた時に戦ってくれた金クラスの冒険者。
イージスのギルドマスター、エイデンの師匠でもある。




