第67話 テレンシア王女
レイヴン冒険者学校の入学式。
新入生は講堂に集められ、理事長兼校長であるレイヴン侯爵から祝いの言葉を頂いていた。
「吾輩からの挨拶は手短に済まそう。150余名の新入生諸君、まずは入学おめでとう。本校に入学するためには己の力量を各試験の難易度に照らし合わせ、正しい選択をする必要がある。これは冒険者として最も必要な才能だ。今この場にいることを誇ると良い。」
レイヴン侯爵は高齢のやや禿げ上がった男性だった。
身に着けた礼服も年季を感じさせるもので、その演説も淀みない。
「だが本校を卒業する時に己を誇れるかは別だ。ただ流されるままに講義を受講し、冒険に赴くだけでは得るものは少ない。何を成すために何を学ぶのか、常に考え続ける者だけが本物の冒険者に成れる。努努忘れる事のないように。」
演説の終わりに拍手が起こる。
拍手の間に降壇・・・と言うのが事前に説明された流れだったがレイヴン侯爵は壇上で拍手が収まるのを待っていた。
皆も不思議に思ったようで拍手が弱まる。
「例年ならこの演説を持って式典は終了となるが今年は表彰の授与が行われる。皆も知っていると思うが今年の入試は外部からの工作を受けた。知力試験では卑劣な罠により受験生は『グリッジの迷宮』へと飛ばされ、その命を脅かされたのだ。」
侯爵の説明に上階にいた上級生達はざわつく。
「罠の迷宮だよな。」「ルーキー殺しの迷宮・・・。」
「専門家が居ないと突破は無理だ。」「皆よく無事だったな。」
侯爵は一度咳払いをして説明を続ける。
「コホン。まずは迷宮に入らなかった者達、これは最も適切な対応だった。意図しない危険には遭遇しないことが一番の良い。」
エミール王子とデリックは少し困った顔をしている。
二人は他の受験者を様子見に使った事の罪悪感があるのだろう。
でもオレ達はそのために先行したのだから自分達の判断を誇って欲しい。
「次に迷宮に囚われた後じっと動かず救援を待った者達。事前の情報から現在の状況を適切把握し、己とパーティメンバーの命を守った。試験というプレッシャーを跳ね除け正しい選択をした諸君を吾輩は評価する。」
周囲では生徒がモジモジし始めた。
照れているのだろう。
「最後は迷宮を進んだ者達だ。各々壇上に上がるように。」
ええ?!なんだよそれ!
オレ、ダンジョンクリアしたんですよ~。
って自慢するようなもんじゃん!
めちゃくちゃ恥ずかしいな、行きたくない。
「行くぞチビ。」
ブランドがオレの腕を掴む。
「なんで!恥ずかしいじゃん!」
「スヴェン、貴方の羞恥心の問題ではなくアイクラフト家の威厳の問題ですので。」
「そっか、そうかぁ。」
「諦めろ。ワシらは目立たんといかん。」
壇上には10人の生徒が並んだ。
3人1組のパーティが3組、ソロが1人。
「よろしい。まずは諸君の判断について率直な感想を述べよう。」
レイヴン侯爵が話を再開する。
近くで見るとやはりオーラがすごい。
チャート様といい貴族はこれぐらいの威厳がないと成れないのだろうか。
「判断は不適切だった。一部迷宮への侵入経験がある者もいるが、全員が同じ知識量を持っていなければ確実な踏破は見込めない。どこかで無理を通さなければならなかったはずだ。故に君達は冒険者として未熟である。」
突然の厳しい言葉に心臓がきゅっと縮む。
侯爵の言う通りオレ達が生きているのはたまたまで、どこかで死んでいてもおかしくなかった。
「可能性では足りない。確実に詰められなければいつかは失敗に終わる。よく覚えておくように。」
講堂は静まり返っている。
壇上から見える上級生の表情は真剣で、侯爵が語る内容は純然たる事実だと感じさせられた。
「だが同時に冒険者には大きな壁に挑戦する日がやって来る。それは成長を続けるために必ず乗り越えなければならない出来事だ。君達は己の野望や信念、使命を達成するために迷宮に挑んだのだろう。そしてここにいる全員がそれを成し遂げた。これは同じ冒険者として祝うべきことである!」
侯爵が手を鳴らすと何処からともなく全員の手元にグラスが現れた。
空中にはワインや酒がフワフワと漂っている。
・・・どういう魔法だ?何の予兆も感じなかった。
それに浮かせている力も風魔法じゃない。もっと直接的な力・・・超能力みたいな感じだ。
オレが知ってる通常の魔法や儀式魔法とも異なる魔法か、色々あるんだなホントに。
「この場にいる全員へ!これは吾輩と勇気ある新入生からの奢りである!好きなだけ飲み好きなだけ語らうと良い!これを持って式典は終了とする!」
講堂は歓声が沸き、厳かな入学式は冒険者の宴に早変わりした。
「君ってチャート領から来たんだって?どうやったらそれだけ強くなれるの?」
「冒険者ランクって何級?」
「所属する研究室って決まってる?よかったらうちの研究室来なよ。」
壇上に上級生が集まり質問攻めを受けているのはオレ・・・ではなくアレク君だ。
オレ達が守護者1体を討伐して地上に出た後、アレク君は迷わずダンジョンに突入したらしい。
教授達が準備を整えて突入する間に単独で計10体の守護者を討伐している。
その過程で他の受験者を助け、ダンジョンを大幅に弱体化させた。
新入生の一部ではアレク君を”勇者”と呼ぶ人もいるくらいだ。
「すごいよねアレク君。オレ達があんなに苦労したのに。」
「彼は特別です。気にしても仕方がありません。」
「ボケが、気にせんでええのはあいつが味方のうちだけじゃ。このままだとそうもいかん。」
ブランドがしかめっ面をする。
マーナルディが何か言い返すかと思ったが今回はそうではなかった。
「・・・その通りですね。」
「アレク君は敵になったりしないよ?」
「チビ、アレクはチャート領の代表じゃ。奴の使命はワシらとは違う。」
「でもさ!」
「スヴェン、あちらを見てください。」
マーナルディが示した方を見るとエミール王子とデリックがこちらに向かって来ていた。
エミール王子がアレク君に話しかければ全員遠慮するだろう。
・・・そう思っていた。
だがエミール王子が近づいても膝をつかない人物がいた。
「お久しぶりです、テレンシアお姉様。」
最初に首を垂れたのはエミール王子の方だった。
「息災だったかエミール。体は大丈夫なのか?」
「お気遣いありがとうございます。おかげ様で完治致しました。」
「それは良かった。・・・一つエミールにお願いがある。」
「なんでも申し付けてください。テレンシアお姉様に返しきれないご恩があります。」
「そんなに畏まるな。私達は姉弟だろう?」
「敬愛しているお姉様に失礼な態度など私が許せません。」
「変わらないな。・・・では彼、アレク・イージスを私に紹介してはくれないか。」
「勿論です。アレク、テレンシアお姉様に挨拶を。」
「失礼致します。ご紹介頂いたアレク・イージスです。」
その姿をテレンシア王女はマジマジと観察する。
「・・・アレク、君どの研究室に所属するか決めているか?」
「いいえ。未熟故見聞を広めた後に門を叩こうと考えておりました。」
「そうか、ではアルタイルの席は一つ開けておこう。気が向いたらいつでも来ると良い。」
「身に余るお気遣い、感謝いたします。」
これって・・・どういう状況だ。
アレク君が勧誘を受けている場面だけど、影響はそれだけじゃないことぐらいはわかる。
「スヴェン、テレンシア王女は我々のエミール王子を領内に迎え入れてくださった慈悲深いお方です。そして継承権は4位。我々は王女の庇護を受けなければ生活すらできません。」
「そしてレイヴン侯爵の孫じゃ。どの立場からも逆らえん相手になる。」
つまり・・・テレンシア王女から警戒されないため、機嫌を損ねないために”最強のカード”は渡さなきゃいけないのか。
「では私の話は済んだ。エミール、気が向いたら私の部屋に来なさい。王都の話を聞かせてくれ。」
「はい。王都から選りすぐりの菓子を仕入れましたので持参致します。」
「楽しみにしている。」
テレンシア王女は壇上を降りそのまま講堂を後にした。
他の登壇者など目もくれずに。
アレク君はひとしきり質問攻めを受けた後、上級生に連れていかれた。
恐らくはアルタイルという研究室に案内されたのだろう。
メインのアレク君が居なくなると多くの上級生はそのまま解散した。
「我々がどれだけアウェイな立場か身を持って実感させられます。」
「王女が否定的でないだけマシじゃ。」
「そうだね。他の人達も”王女様が興味のある”アレク君に興味があるって感じだったし。」
溜息がでそうだ。
この面倒な状況に巻き込まれた事だけではない。
今、オレはアレク君との差を見せつけられたのだ。
オレの目標、魔族領で待っているミーシャに会いに行くには”勇者”になるしかない。
”勇者”として認められるには誰もが認める実績をあげ、エミール王子からそれを授与される必要がある。
それには最低でもアレク君に並ばないとダメだ。
・・・随分と遠いな。
目を閉じてアレク君と出会ってから今まで思い返す。
オレはいつだってアレク君の背中を追ってきた。
一番になると言いつつ本気ではなかったし、それでも十分だと思っていた。
そんなんじゃアレク君は遠くなるばかりだ。
「オレ、アレク君に勝ちたいよ。」
ぼそりと呟いた。意図せず声に出ていた。
オレも気が付かないくらいの声量だった。
「わかるぜー!俺もそう思ってたんだ!」
爆音が耳元で響き頭がくらくらする。
「俺はトトイトって言うんだ!よろしく!」
耳が痛くて全然聞いていなかった。誰だって?
人物紹介
テレンシア・レイヴン・タナトリス
タナトリス王国第2王女。
継承権第4位。19歳。
高身長ですらりとした体格。
研究室アルタイルに所属している。
エミール・ポニカ・タナトリス
タナトリス王国第9王子。
継承権第14位。12歳。
トトイト
声がうるさい。




