第58話 厄介事
今日は受験日程の最終日、知力試験だ。
流石に4回目ともなれば受験会場への道のりも覚えたので、早めに出発して街の景色を楽しみながらゆっくりと向かうことにした。
ハレン先輩に教えて貰った重要なお店以外にも喫茶店だったり魔導書店だったり、日常のなかでふらりと寄ってみたくなるお店が沢山あることに気が付いた。
学校に通い始めたらどこから覗こうか、魔法陣の解説書を買ってみてもいいな、などと妄想を捗らせる。
「いやいや浮かれるなオレ。そういうのは今日の試験で合格してからだ。」
レイヴン冒険者学校の試験は受験した科目の内どれか一つでも不合格になると落第する。
ここが最後のひと踏ん張りだ。
「受験者はこっちでーす!ちゃんと受付でバッチ貰ってから入場してくださーい!」
会場に着くと今までとは異なり学生が会場の整理を手伝っていた。
会場は多くの受験者と野次馬でごった返しており、教授達だけでは手が足りないのだろう。
「すみません!受験の受付がしたくて!」
「受験者はこっちねー!壁際に受付がいくつかあるから並んでねー!」
これは人の壁の隙間を何とか抜け出して壁際に進む。
「はいこれ付けてねー。次の人ー。」
受験者が名前を伝えると受付係からバッチが貰えるらしい。
昨日までの試験と同じ流れだ。
「あの、スヴェン・ツオイスです。受付お願いします。」
「はいはいスヴェンね。あー、はいはい。ちょっと待ってねー。」
受付係のお兄さんはガサガサと袋の中を探す。
「どこだー?あ、これだこれだ。はいこれ、頑張ってね。」
「えと、ありがとうございます。」
・・・オレのバッチだけ明らかに番号選んでたよな。
まあいいか、試験のことだけ考えよう。
受付を済ませたオレは建物の中に誘導され席で待つように指示された。
そこは何とも殺風景な建物で、前世で例えると体育館に机と椅子を並べただけの施設だった。
まさに受験のために作ったと言わんばかりの風景が、迫る試験からのプレッシャーを増幅させている。
「いけるいける。大丈夫大丈夫。」
オレは自分に言い聞かせて、ひとまず自分の席を探すことにした。
バッチの裏に刻まれた座席番号を頼りにふらふらと会場を歩き回る。
「おいチビ。何番じゃ?」
この声はブランドか、どこだろう?
「ここじゃ。」
「おはようブランド。えと、オレはD0145だね。」
「ならお前の席はここじゃ。」
ブランドは自分の一つとなりの席をぶっきらぼうに指差した。
「ありがとう。実は迷ってたんだ。」
「ええからはよ座れ。」
何を焦っているんだろう。もしかして緊張しているのかな?
そう思いながら座席に座る。
「おいチビ。冒険者としてお前依頼じゃ。」
「え、どうしたの突然。」
「チビの左の席。」
「うん。それがどうしたの。」
会場の机には1台につき椅子が3脚用意されている。
オレが真ん中の席で右隣はブランド、左隣の席はまだ空席だ。
「そいつがうるさかったら黙らせろ。依頼はそれだけじゃ。」
「いいけどさ。ブランドは何があっても絶対に言い返さないって約束してよ。試験中だけでいいから。」
「分かっとるわボケ。そのための依頼じゃろが。」
なるほどブランドも申告試験中に騒ぐほど馬鹿じゃないか。
うーん。そうなると左の席の人が気になる。
思いつく人はいるけど面倒だから違って欲しいなー。なんて。
しばらくして空席が埋まり始めると遂にその人がやってきた。
「おや、君のことは知っていますよ。エミール王子のお友達ですよね。はじめまして、マーナルディです。」
「スヴェンです。よろしく。」
真面目そうな人ことマーナルディ。
初日の試験でブランドと大喧嘩していた人だ。
嬉しくないことに嫌な予感が的中した。なんでこうなる。
「あなたのことは信頼していますよ。共に励みましょう。」
「うん。ありがとう。」
マーナルディはブランドの方をちらりと見ると明らかに軽蔑の表情を浮かべた。
しかし特に何も言うことなく座席につき試験の準備を始めた。
これは有難い。喧嘩されては本当に迷惑だ。
「全員席につきましたね。これから重要事項を説明するので聞き逃さないように。」
今度の試験官はメガネをかけた女性だった。
「試験開始後に離席はできません。どうしても離席する場合はーーー」
重要事項は不正行為に関する話と離席についての説明だった。
「全員問題用紙と解答用紙を受け取りましたね。それでは午前の筆記試験を開始します!制限時間は次の鐘が鳴るまで!」
試験官の号令で問題用紙を開く。
全体をざっと確認するとどれも見たことのある内容ばかりだった。
ひとまず安心だ。魔力試験のような型破りな試験ではなさそう。
王国の歴史にまつわる問題から始まり、通貨の概念、動物と魔物区別、人族と魔族の領地、難しい問題だとポーションの作り方や毒の種類事の対処方などを問われた。
毒の対処法はあまり自信が無いけど薬草の知識で部分点は貰える気がする。
ほとんどが以前の学校生活で学んだ事ばかりで、グレジオ先生に教えて貰ったことや冒険者として活動した時間が自分の経験になっていることが嬉しかった。
しばらくして会場に鐘が鳴り響き、筆記試験の終了を告げた。
「それでは問題用紙、解答用紙共に回収します。回収が終わるまでその場を動かないように。」
試験官が軽く杖を振るうと用紙が宙を舞い、彼女の机の上に綺麗に積み上げられた。
「これは素晴らしい魔法ですね。流石はレイヴン校の教授。」
マーナルディは感嘆の声を漏らした。
これほど繊細かつ大規模な風魔法は見たことがない。
グレジオ先生の魔法はどちらかというと複雑で小規模だったし。
「回収も完了しましたので、離席して問題ありません。午後からは実技試験なので開始時間に遅れないように。」
その言葉で会場は安堵の声が上がった。
皆それぞれのタイミングで席を立ち昼食に向かう。
オレは奥の方の席だったので人の波が収まるまで待つことにした。
「マーナルディはどうだった?合格できそう?」
「もちろんです。スヴェンもそうでしょう?」
「うん。合格点はありそう。」
「後は午後の実技試験だけですが・・・例年通りなら問題にはならないでしょう。」
「ああ、うん。そうだね。」
午後の実技試験は簡単な罠の解除方法や魔道具の使い方を確認する程度なので、一度練習すれば不合格になることはない。
問題はこの試験が3人1組で行われるということだ。
そのメンバーは同じ机の3人、オレとマーナルディとブランドになる。
「普通の人であれば合格できる試験です。共に頑張りましょうスヴェン。」
含みのある言い方だ。
「邪魔が入らんかったら余裕じゃ。ボケ眼鏡。」
ブランドがすかさず言い返す。
「あー!喧嘩しないでよ!」
これから試験だってのに我慢できないのかこいつら!
ちょっとは仲良くしようとしろよ!
「では試験に備えて親睦を深めるとしましょう。串焼きの美味しい屋台をみつけたのですがいかがですか?」
「いいね。ブランドも行くよね。」
「アホか、飯がマズなるわ。」
「残念です。焼き加減も好みに合わせてくれるのに、好きでしょう?生肉。」
ダメだこいつ。煽りのネタが冗談で済んでない。
徹底的にやり合うつもりらしい。
「・・・言葉に気ぃ付けんと死ぬぞ。ボケが。」
そりゃ怒るよなー。
「あのさー。二人共次の試験もこんな感じでやるつもりなの?」
「知らんわ!どうにかせいそいつ!」
「落ち着いて。犬みたいに吠えないでください。」
「あーもう!解散!次の鐘が鳴ったら噴水の前で集合!いいね!」
なんなんだよホントにさー。
後は消化試合のはずなのに・・・。
初日あれだけ揉めてたんだからグループ分けるとかなんかないのか。
オレが一番損してるよ。
とぼとぼと屋台に昼食を買いに向かい、よさげな焼き鳥が目に入ったので列に並ぶ。
いい香りだ。今日は奮発して高めの肉を買おう。
そうじゃないとやってられない。
「ボウズ注文は?」
「えと、上等もも肉を1つとーーー」
「いや2つ頼む。あとライム入りの水も2つだ。」
「あ、え?」
オレの注文が上書きされてしまった。
隣を見るとそこには見覚えのある甲冑がいた。
「お、そのボウズは坊ちゃんの知り合いかい。ならサービスするよ。」
「すまない。感謝する。」
「えと、お金払います。」
「不要だ。その代わり昼食に付き合え。」
甲冑の男、デリックに連れられて噴水近くの芝生に座る。
なんだなんだ。また面倒事なのか?
「まず食べるといい。柔らかくてうまいぞ。」
「あ、はい。いただきます。」
うまい。
まず肉が柔らかくて食べやすい。
味付けも濃すぎず薄すぎないし、このライム水が口の中をリセットしてくれるので飽きずに食べられる。
「これ美味しいですね。」
「気に入ってくれて何よりだ。」
その後は特に何を話すわけでもなく、もくもくと焼き鳥を堪能した。
「すまんなスヴェン。マーナルディが迷惑をかける。」
「あ、いえ。大丈夫・・・ではないです。」
「潔癖な奴なんだ。騎士としての能力は申し分ないのだが・・・。」
「デリックさんが謝ることじゃないですよ。学校側もあの二人を離せばいいのに。」
「本当にすまない。それには事情があった。」
「何かあったんですか?」
「王子の護衛さ。」
なるほど。エミール王子の安全のために座席が決められている人もいたのか。
だからブランドがオレの席を知っていたんだな。
・・・ん?
「あれ?ブランドも席が決められていたんですか?」
「ああ、ブランドも私の部下だ。顔を合わせたのは基本試験の日が初めてだったがな。お前の席は本来私が座る予定だった。」
じゃあ元々はデリック一行で並んで座る予定だったのか。
「でもなんで席が変更に?」
「二人が初日で大喧嘩したからだ。ブランドをマーナルディに迎えに行かせたのだが・・・これがよくなかった。色々あってちゃんと顔合わせもできてない。それであの二人は王子から席を離すことにしたのだ。」
・・・それでその二人のクッションにオレが選ばれたのか。
なんという迷惑な話だろうか。
「二人を合格に導いてくれ、よろしく頼むぞスヴェン。」
「はい、オレ自身の為に頑張ります。」
「悪いな。この埋め合わせは必ずしよう。」
デリックはそう言い残してこの場を去った。
はあ、お願いされてしまっては仕方がない。
午後の実技試験は何とか乗り越えよう。
人物紹介
マーナルディ・オルティカ
真面目で潔癖で割と嫌味な人。男性。
歳は2つか3つ上くらいに見える。
デリック・アイクラフト
辺境伯の孫。甲冑を着ている。男性。
背丈はオレとあまり変わらない。




