卒業の日、そして進路
「皆さん卒業おめでとうございます~。今日という日を迎えられたことを私はうれしく思います~。」
私はグレート・グレジオ。
元冒険者。今は学校で教師をしている。
教師という仕事はなかなかにやりがいのある仕事で、毎年新しい出会いと刺激が長く生きるエルフ族の人生を満たしてくれる。
では教師として正しい教鞭がとれているかと問われると自信がない。
何かを伝える時に、長生きしてきた経験が生きる時もあれば反対に妨げになることもある。
それに子供の才能は侮れないもので、”万能”と呼ばれた私を凌駕する生徒には今まで何人も出会ってきた。
だから私は子供に正確な知識は”教え”て、実技などは導くように心がけている。
・・・これが正しいかは未だにわからないけれど。
今年度の新入生は特に目を見張る才能を示す生徒が多い。
精霊イージスに予言された勇者、アレク・イージス。
聡明、多才、謙虚。
まさに理想の勇者の卵だ。
軍部司令官の息子、メラニー・ベール。
視野が広く、丁寧かつ冷静。
いずれ兵士の命を預かる身分にふさわしい才能。
老舗ポーション屋の跡取り、アロナ・カウント。
完璧主義、ポーションに対する正確な知識と技術力。
彼女の作るポーションは王都の高級品と遜色がない。
この3人の存在はクラス全体をより良い方向に導いてくれると教師の勘が告げていた。
実際に3人はクラスで一目を置かれる存在になる。
しかしその才能がちょっとした問題を生んでいた。
スヴェン・ツオイスの存在だ。
スヴェンは他の生徒からの妬みの対象だった。
アレクと同じ寮部屋でメラニーやアロナと対等に話せる、特に身分も才能も優れていない人物。
真面目に授業を受けているし、テストの点数も十分に高い。
クラスでの言動は大人から見れば子供らしいもので微笑ましい。
しかし同じ子供の目線ではそうは見えないのだろう。
なぜアレクと相部屋なのか、なぜ特別気に入られているのか。
兄が優秀だから?取り入るのか上手だから?
そのような疑問を他の生徒に投げかけられることもあった。
当然スヴェンが菲才だと考えている訳ではない。
彼は魔法に対する優れた才能がある。
特に魔法の知覚については鋭敏だ。
魔法を知覚するための五感の内、触覚が飛び抜けている。
触覚は魔法の形質をより直感的に判断できる代わりに感知できる範囲が狭いという特徴があり、実用するには工夫が必要だ。
しかし彼は自身の魔法、あるいは魔力を通じて広範囲の感知ができる。
これは熟練の魔法使いが厳しい訓練を受けて身に着ける技術であり、彼は天才と言っても過言ではない。
・・・命の危機に瀕して手に入れた才能であればこれくらいでは割に合わないだろうけれど。
レインからの贈り物で無限に近い魔力を得たスヴェンは、以降監視対象と定められた。
学校では私、ギルドではギルドマスターが責任を持って監督する。
力を制御できないと判断されれば町からの追放もあり得る内容だった。
それではあまりに可哀そうだ。
私は何か力になれないかと考えた。
私は冬に魔法の特別授業を開き、正しく魔法を制御する方法と心構えを伝えることにした。
試みは成功して彼の技術はグンと向上し、春にはトラウマを乗り越えることもできた。
ギルド側でも色々と動いてくれていたようで、祝春会の経過をもって監視対象から外される手筈になり私は安心した。
2年目になると通常の授業で魔法について教える機会がある。
その時になれば彼の才能に誰もが気が付き、自然と彼への妬みも消えるだろうと考えていた。
だが私は間違っていた。
スヴェンには私の想像以上の才能があったのだ。
その才能を行使することでどのような不利益を本人にもたらすのか、もっと真剣に伝えるべきだった。
彼は祝春会に乗じて町を攻撃した犯人の協力者にされた疑いで拘束された。
捕まえて牢屋に入れるなど10歳の子供にする処置ではない。
しかしここで問題が起きれば監視の期限が伸びるかもしれない。
そう思いあえて対魔法使い用の牢屋に入れるべきだと提案した。
私であれば彼を守ることができると思い込んでいた。
結果は大失敗だった。
焼き切られた鉄格子を地下で発見した時、どれだけ奢っていたのかを自覚させられた。
この牢屋を魔法で抜け出すには膨大な魔力量が前提で、爆発的な瞬間火力か緻密な魔法制御のどちらかが必要だ。そうでなければ吸魔力石の魔力かく乱に対抗できない。
彼はその両方を達成した。
才能の殻をもう一段破ったのだ。
私はその後アロナとメラニーからそれぞれ連絡を受け、スヴェンがミーシャという女の子を追っていること、ミーシャが今回の事件の首謀者であることを伝えられた。
私はスヴェンの将来のため彼がミーシャと接触する前に再拘束するか、彼の意思を尊重してミーシャの捜索に協力するか選ばなければならなかった。
悩んだ結果私は彼の意思を尊重することを選んだ。
・・・それが正しかったかは今でもわからない。
スヴェンがミーシャを追い、私は恩師と久々の再開を果たした。
生徒達がメイドと呼ぶ長身の女性。
本当の名はリリス。
初代勇者の時代から夢魔族の女王として君臨する人物。
彼女の気まぐれに付き合わされた後、解放された時には日が傾いていた。
私はまた失敗した。
あの瞬間、何があっても私はその場に居なければならなかった。
私の生徒達はあまりにも純粋で責任感が強く、子供だったのだ。
アレクとスヴェンは町長に対して自らが何を知っていて、どのような行動をしたのか。
全てを包み隠さず報告した。
町長は責任のある大人であり、誰に対しても公平でなければならなかった。
二人は今回の事件で発生した物的損失、機会的損失の責任を追及され町からの追放処分を求刑された。
しかし人的な被害がゼロだったことや首謀者の本当の目的を退けたことで減刑を受け、最終的に3か月の謹慎処分になった。
アレクは東門の防衛で大きな戦果を挙げたためより減刑するべきだとの意見が多かったがアレク自身が頑なに拒否し、二人は入学1年目の最後の時間を軟禁状態で過ごすこととなった。
子供に対する厳しすぎる処罰を憐れんでか、彼ら二人への町民からの視線は想像していたよりも優しいものだった。
謹慎が解かれ学校に復学するタイミングでは、少なくない人が二人を応援してくれた。
だがそれはあくまで情勢だ。
他の生徒やその保護者達の中には自分の子供に何かされるのではないかと考える人が現れた。
恐怖の心は排斥へと繋がり、その対象はより弱い者が選ばれた。
復学したスヴェンは学校で嫌がらせを受けるようになった。
私は可能な限りケアをしたし、元々中の良かった生徒達も変わらず接してくれていたようで学校で孤立するような状況にはならずに済んだ。
それでも彼の活発だった性格は内向的になり、目立つことを極端に避けるようになった。
それは魔法の授業でも同じであり、当日の課題をさっとこなして後はじっとしているばかりで、彼の才能を授業中に再び見ることはなかった。
私は教師失格だ。
私が実力不足なために生徒を守れず苦しい思いをさせ、その才能を埋もれさせてしまった。
結局卒業の日までその状況を私は改善することはできなかった。
「それでは最後の進路面談になります~。卒業の後は進学か就職かどうしたいかもう一度先生に教えてください~。例え今から進学に切り替えてもあと1か月準備期間があります~。自分の気持ちとよく相談してくださいね~。」
卒業後の面談は保護者と生徒本人と教師で三者面談が行われる。
ここで保護者と生徒の進路が一致しているか最後の確認を取るのだ。
その結果は役所に報告され、就職であれば生徒の適正によって最適な就職先を斡旋してもらえる。
進学の場合は成績によって紹介状を用意することもできる。
「それではアロナ・カウントさん~。別室へどうぞ~。」
この三者面談が教師として生徒と会話する最後の瞬間になる。
一切の後悔が無いようにじっくりと話すと私は決めていた。
例え何も言われても逃げずに受け止めなければならない、それが私にできる最後の仕事なのだから。
「最後にスヴェン・ツオイスさん~。」
「はい。」
彼はゆっくりと立ち上がった。
やはり表情は暗い。他の生徒も泣いていたが理由は異なるだろう。
「いいえ、スヴェンさん。ここで話をしましょう。」
「え?教室でですか?」
「いいじゃないのスヴェン。先生、私達も教室がいいと思います。ねえお父さん。」
「そうだね母さん。先生、ここでお願いします。」
「まあ、いっか。」
「ありがとうございます。それではよろしくお願いいたします。」
「スヴェンさんの進路についてですが・・・その、以前の回答は全て白紙で回答を頂いています。」
「ダメじゃないスヴェン!ちゃんと回答しないと!」
「うるさいな。まだ決まってないんだよ。」
「その口の利き方はなんだスヴェン。それに先生がいる前で恥ずかしいことをするな。」
「そのためにここで話をするんだろ。いいじゃんか。」
「また口ごたえばかり・・・。」
「いえ、スヴェンさんの言う通りです。この場で納得ができるまで話をしましょう。」
「先生がそう仰るなら・・・。スヴェンお願いだからだんまりしたりしないでね。」
「わかってるよ。ちゃんと考えてる。」
そう言って彼は目を上げて私を見た。
祝春会で話した時以来だ。彼の目を見て話しをするのは。
「ええ、聞かせてください。」
「オレ、卒業したら冒険者学校に行きます。」
「・・・それは村のギルドは継がないということか?」
「今すぐはそうだね。オレは勇者になって魔族領でもどこでも旅ができるようになりたい。目的が果たせたら帰ってくるよ。」
「そうか・・・。」
「血は争えないのね。いいじゃない冒険者学校。行ってきなさい。」
「いいの?」
「私達は開拓村に住んでいるのよ。家なんか飛び出してきたに決まってるじゃない。」
「息子が二人共か・・・。」
「お義母様とお義父様に今度会いに行かないとね。寂しい思いをさせているでしょうから。」
「そうだな。久々に顔を出しに行こう。」
「あ、先生。横の二人は置いといて。次行きましょう。」
「え、ええ。進学に納得はしていただけたのね。」
「オレ昔アンドレ先生に冒険者学校の紹介状を貰いました。これってまだ有効ですか?」
彼は折りたまれた紹介状と名刺を机の上に広げた。
アンドレ教授は当然有効だと思って渡している。
「あなたが気にしているのは去年の春のできごとですね。」
「はい。オレのせいで先輩たちが苦労したって聞きました。」
去年はチャート領からの紹介状を断られるケースがいくつかあった。
でもそれは体の良い理由がたまたまあっただけで、本当の理由は学力だったり希望する人材にマッチしていないなどスヴェンとは全く関係がない。
「それは気にしないでください。あくまで今この紹介状が有効かどうか。それが大切です。」
「そうですね。」
「それはアンドレ教授に確認する他ありません。私から連絡をとって確認します。」
「いえ、大丈夫です。オレが連絡をとります。オレ自身が選んだことなので。」
この自分が思ったことを曲げない態度。
彼の本質は変わっていないのだと感じさせられて安心する。
「では、もしもの話をしましょう。その紹介状が有効でなく再発行が間に合わない場合はどうしますか?」
「アンドレ先生がオレを要らないって言った場合ですか?」
「そんなことはあり得ません。大丈夫です。」
「・・・それでも冒険者学校に進学します。」
「一般試験を受けるのですね?」
「はい、オレの夢を叶えるためです。」
その言葉には決意が溢れていた。
彼は苦しいできごとに悩みながらも、俯いても前に進める人だ。
涙が溢れそうだった。
でもここで泣いても自分が満足するだけだ。
だからこそ、ここで私がやるべきことをやらなければ。
「スヴェンさん。先生に最後のチャンスをください。」
「え?チャンス?」
「私が1か月で一般試験の対策を完璧に教えます。必ず首席で合格させてみせます。」
「ダメですよ!また、ほら!他の子にあれこれ言われるし・・・。」
「じゃあ夜に特別講義を開きます。」
「グレジオ先生!息子のためにそんなことまで・・・。是非お願いしますね!!!」
「断ってよ!無茶苦茶言ってるよ!」
「最近の成績では紹介状があっても受かるか微妙なのだから、当然この機会を逃すことはできないな。」
「えー。・・・じゃあお願いします。」
「任せてください!私はスパルタですよ!」
今度こそ私の手でスヴェンの才能を限界まで引き上げてみせる。
その決意に私の心は燃えていた。
これにて幼年期編は終わりです。




