第46話 祝春会 3日目ー最強の魔法ー
「”勇者”ですか。・・・ええ、子供は夢を見るものですからね。」
メイドはそう言って目を閉じた。
隙だらけ・・・なわけがないか。
メイドの周りで魔力が渦巻いている。
渦の大きさはオレと差はないけど、”重さ”が桁違いだ。
あの渦に触って確かめるか?
無理か。触ったらオレの魔法が巻き取られてしまいそうだ。
「”触れて”こないのですね。怖気づきましたか?」
「やだよ。それが良くないのぐらいはわかる。」
メイドは口に手を当てて妖艶に微笑んだ。
「賢明ですね。これ見たことは?」
そう言って渦を指さした。
「・・・物をワープさせるやつ。テレポートとは違うけど。」
「間違ってはいませんが不適切な説明です。物の転送は一側面に過ぎません。」
なんだ?急に授業が始まったぞ。
攻撃されるよりはマシだけど、このままではミーシャが行ってしまう。
「ほら、私は逃げませんから。一撃どうぞ。」
メイドは両手を広げて佇んでいる。
完全に子供扱いだ。子供だけど。
どうせ攻撃してもなんやかんやで防がれる。
・・・でもこれはチャンスだ。
「じゃあ一発だけ!突風!」
オレはメイドの足元を狙って風魔法を放った。
上に、2階に向けて風が吹き荒れる。
「今だ!」
オレは扉に向かって走り出す。
今のうちにミーシャの方に行かないと!
「良いアイデアですよ。でも話を最後まで聞かないと選択を誤ります。」
後ろを振り返ると髪一本乱れていない姿でメイドが現れた。
ダメか!相殺されたか?
・・・ん?あのメイド、床に空いた穴の上に立ってる?!
「では続きです。これは『魔女の回廊』と呼ばれています。」
知ったことか!今は重要じゃない!
とにかく逃げだ!
「魔族は単に回廊と呼びます。これは使用者の記憶、全ての知識と経験を体の周囲に張り巡らせる魔法です。」
「だったらなんだ!」
すると扉の前の空間がねじれてメイドが現れた。
「回廊は使用者の知っていること、体験したことを全て無効化します。それにこうやって知っている場所に現れることもできます。物の転送は応用の範囲なのです。」
なんだよそれ。子供が考えた最強魔法か?
「ですが練習としてはいい塩梅です。ですから物の転送から始める方は多いですね。」
「先生が使ってるのを見たよ。それで食べ物をくれたんだ。・・・案外誰でもできるものなんじゃないの?」
嘘だ。その魔法を使っているのは先生とファラド様しか見たことがない。
当然めちゃくちゃ難しいはずだ。
「この魔法が使える先生?・・・あの子先生やってるね。ちょっと嬉しいじゃない。」
心から笑ったのだろう。
その笑顔の破壊力に心臓が止まりそうになった。
「ええ、でも怒りっぽいあの子に先生が務まるのかしら。やっぱり一度会いに行った方が・・・。いいえ、よくないわね。折角あの子の生徒がここいるのだもの。あなたに聞けば済む話よね。」
メイドがオレの目を見据えた。
マズイ。これは本当にマズイ。
さっきまでは”興味あり”っていう態度だった。
でも今は”獲物”を見る目だ。あの時の狼と同じ目をしている。
・・・逃げなきゃ!どうした?!どうして動けない!
「大丈夫よ、痛くはしないから。魅了。」
魅了!もうダメか!
そう思った瞬間。目の前に黒い物が飛び出した。
バチンっと何かがぶつかった音がして、その黒い物はオレの方に引っ込んでくる。
その正体はオレの外套だった。
レイン様から貰った黒い外套、怪我を治すとか魔力をくれるだけじゃないのか。
改めてとんでもない物を貰ってしまったと思う。
「・・・あの女。どこまでも私の邪魔ばかりする。」
再び見えたメイドの顔は一変して怒りに包まれていた。
今度は恐怖で心臓が止まりそうになる。
「よくそんな気持ちの悪いものを身につけていられるわね。・・・ああ、どうせ外れないようにしているのでしょう。あの女の考えそうなことね。」
空気が震えている。
発散された魔力の圧で息ができない。
「いいわ。別にあなたでなければいけない理由はないものね。」
メイドは振り返って扉を開けた。
どうやら見逃してくれるらしい。
「ああ、それとミーシャお嬢様を追いかけても無駄ですよ。今度は殺します。」
そう言い残して外へ出て行った。
・・・追いかけないと!見失ってしまう!
でも、でも!
怖くて、足が動かなくて、オレはそのまま気絶して床に倒れた。
「ーーースヴェン!大丈夫か?!・・・呼吸はしているな。起きろスヴェン!」
誰かの声で再び目が覚める。
「気が付いたか!怪我はしていないか?」
視界がはっきりしてくるとそれがファラド様だとわかった。
「えと、大丈夫です。怪我はしてないです。」
体をむくりと起こすとそのまま立ち上がり埃を払った。
「立てるのか。思ったより元気そうだ。」
「はい。でも・・・ダメでした。」
オレは泣きそうだった。
あの瞬間、足を踏み出せなかったのは心の弱さだ。
動けさえすればまだミーシャを追いかける方法はあっただろうに。
「泣くなスヴェン。ここで何があった。私に詳しく話してみろ。」
相変わらずファラド様はオレに優しい。
厳しい雰囲気に声が詰まることも多いけど、いい人だ。
「・・・はい。でも上手く説明できないかも。あの後牢屋から出て、それで・・・。」
「大丈夫だゆっくり話せ。気になる部分は私から質問する。それでいいな?」
オレは時間をかけて今の状況とやりたかった事をファラド様に説明した。
「話は理解した。そしてお前の話の中で正確にするべきことが3つある。」
「はい。お願いします。」
「1つは牢屋で出合った私だが、それは私ではない。聞く限りそのメイドか或いは別の者の変身魔法だろう。」
「え?あっ、そうか。」
そういえば先生が部屋を出るときに”誰も”来ないと言っていた。
そうなるとあのファラド様が偽物の可能性が高いって最初に気が付けたはずだった。
「それに『魔女の回廊』の魔法はよく知っている。それは上位魔族の象徴のような魔法だ。反対に人族ではその魔法は誰も使わない。使えば裏切り者だと思われるからな。」
「それか使えたとしても黙っているか、ですか?」
「その通りだ。はっきりさせるが私は使えない。時間と労力をかけて教えてもらうレベルの魔法だ。見て真似できる代物ではない。・・・それに多くの人族ではその魔法の真価を発揮できない。」
「えと、それはなんでですか?」
「単純に寿命が短い。それに尽きる。」
そうか、あの魔法は使用者の知識と経験が大事だから寿命が短い人族だと効果が薄いのか。
「では2つ目だ。そのメイドは変身魔法とワープができるのだな?」
「はい、それは間違いないです。全部見せてくれたし、勝手に説明してくれました。」
「これは大問題だ。兵士の中に紛れられる可能性があるのか。対策が必要だな。」
兵士のフリをしたメイドに門を開けられたらそれで町はおしまいだ。
確かに一番大事なことかもしれない。
「最後だ。これは確認というか相談かもしないが、そのメイドはなぜワープして町を出ないのか分かるか?」
「うーん。なんででしょう?わからないです。」
「そこまでは言わないか。それに門を直接攻撃しない理由も気になる。それだけの実力があれば障害など有って無いようなものだろう。」
「本当だ。言われてみればその通りです。」
なんでだろう。何かが邪魔なのかな?
「すまないなスヴェン。メイド本人が語ってくれればと思ったのだ。実は理由については想像がついている。」
「そうなんですか?」
「精霊イージスの加護だ。加護の力で町の内と外は行き来できないのだろう。出来るのなら魔物を内側に転送すればそれで終わりだ。」
「確かに・・・。」
「同様に門を攻撃しない理由もそれだろう。内側から門への攻撃は加護によって防がれてしまうのだ。もしくはその前提で行動している。・・・であればスヴェン。お前の目的もまだ果たせる可能性があるぞ。」
「ミーシャとメイドはまだ町の外に出ていない?」
「その通りだ。だが時間があるわけではない。父上から通達があった。明日の昼頃に一度門を開けることになっている。」
「え?なんでですか?危ないですよね?」
「正しくは兵士用の出入り口を使って少しずつ希望者を外に出すのだ。・・・町の外に出た後は自己責任だがな。そうでもしないと暴動になると父上は判断したようだ。」
ファラド様は悔しそうに言った。
自分の責任だと思っているのだろう。
ファラド様に任されたことが簡単だとは全く思わない。
パニックになった人たちを落ち着かせるのは無理だ。
騒ぐ人たちがいる限りいつ暴動が起きるかとみんなが不安になる。
それならどうしてもと言う人たちは外に出て貰おうという考えもわかる。
でもそれをファラド様は良しとしたくないのだろう。
本当に優しい人だ。
「ファラド様はすごいです!絶対そうです!」
「・・・よくわからんが励ましてくれてありがとう。だが明日の昼に門は必ず開く。しかも町を出る人を一人一人検査することはできない。時間を掛ければ魔物が人の気配に気が付く可能性が高まるからだ。」
「わかりました。明日の昼までに絶対見つけます!」
「悪いが私は手伝えない。スヴェン、お前は魔族に操られていると大人達は考えている。それを忘れるな。」
「あ、そうですね。忘れてました。・・・でもファラド様はどうして自分を捕まえないのですか?」
「私の”目”で見ればお前に魔法がかかっていないことは明白だ。」
ファラド様に連れられて外に出ると辺りは真っ暗になっていた。
今日は祝春祭の3日目だったはず。
そうなると4日目の昼が勝負になりそうだ。
時間がない。誰か力を貸してくれる人は・・・。
そうだ!メラニーがいる。メラニーに会いに行こう!
「アロナさんの気持ちもわかりますよ。どうしてスヴェンさんはこう・・・いえ、なんでもありません。」
「ごめんよメラニー。ミーシャとちゃんと話がしたいんだ。」
「手伝いますよ。私もミーシャさんに伝言がありますから。」
「いいよ。伝えるから教えて。」
「『また会いましょう。できれば戦場以外で。』と伝えてください。」
「・・・うん。絶対伝えるから。」
そうして3日目の夜は深まっていった。




