シラ
「なあ、蔵屋やばいんじゃね」
クラが女子に連れ出されて行くのを見て、クラスの男子が俺に話しかけてくる。
確か、剣道部の佐竹。俺に話しかけてくるには珍しい結構お堅いタイプ。
まさに日本男児って言うやつ?
「なんで俺にゆーの?」
へらりと笑って言えば、そいつは怪訝な顔をした。
「だって、連れだしたの多武峰だぞ」
多武峰桜。クラを連れ出していった巻き髪女。
「それが?」
「それがって、お前の彼女だろ?」
彼女の管理ぐらいしろよ。とそいつは言ってくる。
「へぇ、それは初耳」
「はぁ?」
佐竹が思いっきし、不可解を顔に貼り付けた。
こっちがはぁ?と言ってやりたい。
「多武峰とは一回ヤったけど、別に彼女じゃないし~俺関係ないもん」
佐竹の顔が不可解から嫌悪に変わる。
「蔵屋助けに行けよ。どう見てもお前絡みじゃん」
「え~。俺無理。争いきらい」
ぐでっ、てだらけて言うと佐竹は俺をギロリと一睨みして自分の席に戻って行った。
結局自分では何もしないくせに、俺に押しつけてくんなっての。
正義感?偽善者?
あーくだんねぇ。
俺が出てって、クラを庇ったらどうなるか分かんないのかなアイツ。
余計クラを窮地に追いやるような真似出来るかっての。
逆に多武峰を宥めたにしても後々面倒になるのは目に見えている。
それに・・・。
教室の窓際まで行って、下を見下ろす。
ビンゴ。
3人に詰め寄られているクラを発見する。
裏庭に呼び出しとか、どんだけベタなの。
大体、フェアじゃないよね。3対1とか。
ああもう。クラも少しは抵抗しなよ。されるがままじゃん。
髪の毛痛そう。
可哀相。
可哀相なクラ。
可哀相だけど。
俺からは助けに行かない。
だって俺から助けるより、クラに助けてって言わせたい。
ぼろぼろになって、俺だけに請うて欲しい。
そしたら俺は全力で君を助けるのに。
俺だけに縋って、俺だけのクラでいてくれたら。
考えただけでゾクゾクするね。
あー。ヒーローのご登場か。
かっこいいね。
ピンチに現る救世主なんて。
灰島ミサキ
クラがアイツを何時も席から眺めているのは知っていた。
アイツをどう思って見ているかなんて知らない。
そんなのどうでもいい。
ただ、目障りだと思った。
クラの関心を引くあの男が。
クラを助けるあの男が。
いつかは接触するだろうと思った。
だから、予め調べておいた。
あの男は心臓を患っている。
詳しくは知らないが、留年したのも授業に殆どでないのもそのせいのようだ。
おいそれ先は長くなさそうな男。
使える、と思った。
クラをもう一度、深く深く傷つけるのにこれは一役かってくれそうだ。
だから今は流しておこう。
すっごく、不愉快だけどね。
俺は、クラの頭を容易く撫でる男を見下ろして微笑んで見せた。
「命~!」
どん、と軽い衝撃とともに腕に纏わり付いてくる柔らかな物体と香水の臭い。
「もう、マジつかれた」
その正体は、さっきクラの髪を引っ張ていた張本人。
多武峰桜。
よくいじめの後に、こうもぬけぬけとしていられるなぁと半ば感心してしまいそうになる。
「よく分かんないけど、お疲れ~」
「ん~。ね、命。次抜けよう」
態と俺の腕に胸を寄せながら媚びるような上目使いで、誘ってくる。
睨みつけるように佐竹が見ているのを横目で感じながら、
俺はニッコリと「いいよ」と笑って見せた。
ああ、くだらない。
***
「ふ・・・ぁん・・・メイ」
誰も使わない第三理科準備室。
埃っぽいその部屋に入った瞬間、多武峰桜に押し倒される勢いでキスをかまされた。
グロスでベタ付く唇に内心吐き気を覚えながら、条件反射のように舌を絡ませる。
勢いづいた多武峰桜が俺の首に抱きつくように手を回してきたのを横目で捉える。
なっげぇ爪。まるで餓えた肉食獣のようだ。
餓えた醜いハイエナ。
卑猥な音を響かせて男を欲情させるしか脳がない。
さらりと、その綺麗に染められ巻かれた髪を撫でる。
「んっ・・・んっ」
調子付くように多武峰桜が動きが大胆になった。
俺はグシャリと髪を引っ掴んだ。
そのまま引き剥がすように後ろに引っ張る。
「!ぐッ・・・きゃああああ」
耳障りな悲鳴。
悲鳴あげて、俺の手を離そうと躍起になっている。
長い爪が俺の腕を掠めて、赤く線を作った。
ああ、なるほどその爪はまさに凶器ってわけ。
クラが引っ張られたおよそ倍の時間と力で引っ張り上げて、漸くスルリと手を離した。
髪が掌から抜け出すと同時に、多武峰桜の体がズルリと床に落ちる。
「な、なん。なに・・・」
言葉にならず涙を浮かべながら見上げてくる女を俺はニヤリと見下ろした。
「これぞ、因果応酬」
「はぁ!?」
「まぁ、ていうより倍返し?」
「あ、あんた頭おかしいんじゃないの!?」
ヒステリックに叫ぶ多武峰桜をみて、クツクツと喉で笑った。
俺の顔を見て、ひっっと多武峰桜が悲鳴を飲み込む。
「あらら、今更気付いた~?」
遅すぎるね。
気付くのが、遅すぎる。
俺は、とおの昔にクラに狂ってる。