クラ
「ちょっといい?」
このクラスに来て初めて声をかけられた。
顔を上げれば、少々化粧の濃い女子生徒達が私を見降ろしていた。
あまり友好的な感じでないのは見て取れた。
「な、に」
今日初めて喋るせいか、少々声が掠れて出た。
ちょっと来て、と茶色の綺麗な巻き髪をいじりながら一人が言う。
不穏な空気を感じながらも、私は黙って席を立った。
***
「蔵屋さんと命ってどんな関係なの?」
「どんな、といわれても」
裏庭に連れて来られ第一声にそう尋ねられた。
ああ、そうだ。この子たち、いつもシラの周りにいる派手な人たちだ。
「命、最近超付き合い悪いんだけど」
「はっきり言って、蔵屋さんと命つり合ってないから」
「はっきり言って目ざわり」
リーダーなのか真ん中の巻き髪が喋ると、両サイドの二人も後を追うように文句を言ってくる。
はっきり言って、と前置くのが彼女たちの約束なのだろうか。
「私はシラに纏わり付かれてるだけだし……」
「うっざ」
ポツリともれ出た本音に、彼女たちは鮮やかに表情を歪めた。
うっざて。
じゃあ、私はどうしたらいい。
私からシラにくっついてる訳じゃないのに。
そんなの…。
「きーてんのかよ!」
「っっ」
ぼんやりと考えていたら、巻き髪の子が私の髪の毛を掴んできた。
ぎりりと力一杯引っ張られて、流石に痛くて顔が歪む。
「っっ」
イタイ。
イタイのはキライ。
やだ。
やだやだ。
――さん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
目の前が、――く、染まる。
「あらら。やっかいなん見てもーたわ」
場に相応しくない、陽気な声が乱入したことで彼女の手が離れた。
飛びかけていた思考が戻って来る。
ヒリヒリする頭皮をそっと撫でた。
「なん?これいじめ?」
「は、灰島先輩」
「ちが、これは…」
「ね。もう行こう」
彼女たちは、何やら焦った顔で、忙しく去って行った。
「行ってもうたわ」
ジャリと砂を踏む音が背後から聞こえた。
振り返る。
あ、やっぱり。
裏庭の彼。
裏庭の猫。
灰島岬。
結構な問題児で授業にまともに出ないらしいと、聞いても無いのにシラが教えてくれた。
何時も裏庭の木に寄りかかって、のんびりとしているチェシャ猫みたいな人。
私は窓際の席からそんな彼を眺めるのが好きだ。
自由で、のんびりしていて、まどろむ猫を見るような穏やかな気持ちになる。
だけど関西弁なのは意外だった。
でも、彼にとてもよく似合っている。
「きみ、大丈夫なん?」
ぼんやり彼を見ていたら、顔の前で手をひらひらされた。
「なんで」
「ん?」
「何で、あの木に何時もいるんですか?」
灰島さんは、唐突な質問に目をぱちぱちさせた。
「何でて、涼しいからやん?」
こともなげに言う。
涼しいところに行く、まさに彼は奔放な猫。
私は可笑しくなって、笑った。
灰島さんは行き成り笑いだした私に首を傾げつつも、変な子やね。と一緒に笑った。
***
「へー。ショーコちゃん言うん」
「そう、です」
灰島さんが何時も涼んでる木の下に、二人して座り込んで話をしている。
何時も、見ている人の横に居るのって何か不思議。
現実じゃ無いみたい。
でも、地面の固さも、風の心地よさも、すべてがリアルだった。
灰島さんの言うとおり、樹幹が陰になっていて此処はとても涼しい。
ザワザワと風が吹く度、葉と葉の間から光が漏れて綺麗。
木に守られてるみたい。
「俺、灰島岬」
「知ってます」
「へ?なんで?」
「シラ…、クラスメイトが教えてくれて」
教室から何時も見ていたから、ていうのは内緒。
何と無く。
灰島さんはふーんと言って空を仰いだ。
さわさわ風に髪が揺れる。
灰島さんは、シラとは別種類のカッコ良さがある。
自然体というか。精悍?
「シラて、白井命?」
「え?何で」
何で知っているのか。
今度は私が聞き返した。
灰島さんはまだ上を見たまま。
何か面白いものが有るのだろうか。
つられて視線を上げようとしたら、ひょいと顔が戻ってきて視線が合わさる。
「俺、クラスメイトやし」
「え?でも」
彼がシラとクラスメイトなら、私ともクラスメイトのはず。
さっき彼女たちは「灰島先輩」と言っていなかった?
私の疑問が分かったのか、灰島さんは気まずげに襟足をかいた。
「あー。俺ダブりやねん」
「あ」
そうですか。
へえ。
どう答えていいか、分からず沈黙してしまう。
「ちょい、病気しとっただけや」
「病気」
この陽気でのびやかな人が?
灰島さんは何故か笑って、私の頭をわしわし撫でた。
「なまぐさ病。現在進行形」
つまり、サボり癖で留年したということか。
此処まで朗らかに言われると、呆れ返るのを通り越して感心してしまう。
笑った顔が、眩しい人だ。
教室では詰まる息も、この人の前では自然と深く緩やかになる。
不思議な人だ。
こんな風にずっと、ずっと撫でてもらいたくなる。
「おっと、こっわ」
「?」
ぱっと、頭に乗っていた手が離れた。
それが少しだけ残念で、彼を見ると苦笑が返ってきた。
「きみも、えらい大変そやね」
「?」
灰島さんはまた上を見上げて不思議な事を言った。