密室
遙香と別れた雄介は第三倉庫へと向かった。倉庫は運動場と体育館の棟を越えた先にある、着陸場のハンガーと倉庫が建ち並ぶ区画の端にあった。
倉庫に入ったすぐの場所にゲートがあり、横に事務ロボットが待ち構えている。学生IDカードをかざすと、ゲートが開き雄介の荷物の保管場所を教えてくれる。
ルート指示に従って通路を進むと、黒猫マークの小型コンテナが目に止まる。コンテナの側面のモニターには送り主が雄介だとすぐわかるように設定していた逢魔ヶ刻の揮毫と扇のマークも映し出されている。
コンテナは学園所有の自動運搬車に載せられ行き先の指示を待っていた。雄介が男子寮を行き先に設定すると、運搬車は自動で動きだす。雄介はその後ろから気楽について行けばよかった。人気のない体育館や運動場のすぐ脇の道をカタカタと音を立てて運搬車は進んでいく。
雄介は「これはコード化された[サイファ]の力で動いてるのか? ならマニュアル設定にして俺が自分の[サイファ]で動かしてもいいのではないか」と対抗心を燃やしたが、入学早々万が一備品を壊すようなことになってはいけないと思い止まった。
数分後、運搬車は小綺麗なマンション風の建物の前で動きを止めた。雄介は小型コンテナを運搬車から下ろすと車を自動設定で倉庫に戻らせる。小型コンテナの車輪のロックを外して手で転がしていく。搬入用エレベーターで雄介が入寮する階へと向かう。
雄介が入るのは三〇一号室。同級生二人との相部屋だ。雄介は二つ上の兄、京介と同じ部屋で暮らしていたので二人だろうと三人だろうと変わらない、まして個人の部屋もあるから問題ないだろうと考えていた。それは家族だからいいのであって他人との同居は難しいということを雄介はまだ理解していなかった。
三〇一号室には先客がいた。背は雄介よりも少し高く、髪はキッチリと撫でつけている。度の入ってない眼鏡はオシャレなのか何らかのデバイスなのかはすぐには判断できない。
「ようこそ、我等が三〇一号室へ。密室鏡一郎だ」
珍しい苗字だとは思ったが顔には出さず雄介は応じる。
「俺は逢真雄介だ。よろしく頼む」
「おうま、おうま……。確か推薦入学者の一人がそのような名前だった気がするが」
「ああ、一応俺は推薦入学だ。試験に成功した実感はないけどな」
「ほお、君がねえ」
鏡一郎が値踏みするような細目で雄介を観察する。
「差し支えなければ推薦入学試験の内容を教えてくれないか。僕はそういう情報を集めて検討するのが好きなんだ」
身を乗り出して来そうな勢いで迫る鏡一郎に雄介は苦笑する。
「そうだな」
それからしばらくかけて雄介は試験の内容を語り聞かせた。鏡一郎は時折り空間メモ帳に何やらメモを取りながら熱心に耳を傾けていた。
「……なるほどなるほど。生徒会長桃林桃の[サイファ]【ブレインハック】は精神支配と。なるほど厄介な先輩たちだな」
鏡一郎はうんうんと頷きながらメモ書きの手を止める。
「なかなかに有意義な体験談をありがとう。これで対策を考えられるよ」
「対策って何をだ?」雄介は疑問をぶつける。
「もし先輩たちと戦うことになった場合のシミュレーションさ」
真剣な表情の鏡一郎。
「戦うって、そんな状況あるのか?」
「何も喧嘩がしたいって訳じゃない。学生SFオリンピックの代表選びで戦う可能性があるかもってことだ」
雄介の問いに答える鏡一郎。学生SFオリンピックはSFオリンピックの学生版で、毎年夏に行われる学校単位の団体戦だ。ここで活躍できれば将来の就職には困らないと言われている。
ちなみに今年想定されている種目は以下の七つ。いずれも地球の環境保護や平和維持や災害時の救助など、SFの平和利用を念頭に置いたものばかりだ。
・霊峰大清掃
富士山に登山しつつゴミを持ち帰る、スピードとゴミの量と質を競う全員参加の大会最終種目
・生態ピラミッド管理
仮想空間のミニチュアの箱庭の天気や地質を操り、規定時間でどれだけの種を守れるかを競う
・サルガッソー
難破した船を操って水雷や竜巻に囲まれた嵐の海域から脱出させる
・ハーメルン
さまざまな思考を持つアンドロイドたちを導いて全員ゴールへ連れて行く
・惑星直列
太陽系の惑星を模した自陣と相手陣の九つの球体を操り相手陣の球体を一直線にできたら勝利のソロ戦
・ドラゴンバスター
仮想空間で街を荒らすモンスターを駆逐して市民役のアンドロイドたちを守るバトル重視の種目
・ゾンビカウンター
仮想空間で宇宙から飛来するゾンビを迎撃する。前世紀に起きた葬儀社による死体宇宙廃棄事件『晴れ、ときどきゾンビ』を模している。成層圏に不法に廃棄された死体がウィルスに侵されてゾンビとなり地球に降ってくるのを元メジャーリーガーのSF遣いが打ち返して防いだらしい。
「学生SFオリンピックか。俺の[サイファ]ならサルガッソーか惑星直列かな。鏡一郎、お前はどうなんだ?」
自分の能力を分析して出場チャンスのありそうな種目を絞りこんだ雄介が鏡一郎に聞く。
「僕はゾンビカウンターかな。僕の[サイファ]は『閉じる』ことと『反射する』ことが得意だからね」
鏡一郎は力の詳細は語らなかったが一端は垣間見えるようにヒントを告げた。
「ああ、それから僕のことは鏡か一郎と呼んでくれていい。一郎は推理小説を書くときのペンネームなんだ。今は『イッチとスレミー』という作品を執筆している。匿名掲示板に現れた探偵イッチがスレ住民のスレミーと協力して謎を解く安楽椅子探偵物だ」
雄介は「お前が書くのは密室物じゃないのか」と突っ込みたくなるのを堪えて。
「ああ、俺も雄介でいい」
と、提案する。
「雄介、君とは仲良くできそうだ」
そうして雄介は荷物の整理もできずに、鏡一郎の話を延々と聞かされ続けたのだった。
雄介は「鏡一郎、仲詰めるの早すぎだろう!」と思ったが口には出せず聞き役に徹するのだった。そして同居生活の難しさをひしひしと感じていた。
そんなこんなで鏡一郎の話を聞かされて雄介が寝不足の翌日、四月一日にもう一人の同居人がやって来た。
「はいは〜い、よろしくぅ。ミラカケこと未来駆だよっ」