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SF遣い  作者: 梛矢長斗
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三十三期生

 二一二四年三月三十一日。


 二十二世紀の日本も相変わらず学校機関は四月に新学期に切り替わる、完全週休二日制。国立特別科学技術高校は普通の高校とカリキュラムは大分異なってはいるが、学期や休日などの仕組みは通常の学校機関に倣っている。


 始業式は四月七日の金曜日。当日は授業がなく、式の後はクラス確認と所謂ホームルームのみ。始業式が金曜日なのはホームルームで自己紹介などして気が合いそうな友達をつくって週末に遊んで仲を深めろ、といった学校側の思惑というか配慮が感じられる。まあモットーの一つが友情なのだからそういう考えもあるだろう。


 雄介(ゆうすけ)は上京して学校隣接の寮暮らしをすることになった。寮の生活に早めに慣れるために三月末に上京することにしたのだ。荷物は先に空の宅配便(ドローンキャット)で送っておいたのでほぼ手ぶらだ。最適化を図るため前世紀末に身分証明書と各種ICカードは統一されて一枚で済む。決済は生体認証ーー瞳の虹彩、掌紋、心音などーーの複数一致を条件に行われる。


 国立特別科学技術高校東京校は東京の港区にある。最寄りの交通機関は東京循環メトロの元麻布駅。有栖川公園に近い小高い丘の上、前世紀に御三家と称された進学校があった場所に今の科技東京校は建てられた。滑走路が必要ない乗り物ーーヘリコプターや垂直離陸可能な小型飛行機ーーの離着陸場も用意されているが使用頻度は低く、主に荷物搬入の空の宅急便(ドローンキャット)がメインの使い道となっていた。


 実家京都市内から京都駅まで二十分、そこから前世紀に開通された日本縦断リニアで横浜まで一時間半、さらに東横線、東京メトロ循環線を乗り継いで四十分くらい。合わせても三時間足らずで到着した。荷物は二日前に送ったのでもう届いているはずだ。手ぶらで気持ち良くーー季節感溢れる桜舞い散る並木道ーー駅から学校までの徒歩を楽しむ。


 と、前の方に大きなトランクを二つも転がす私服の女子が見える。なかなかの重さのようで苦戦しながらヨロヨロと進んでいる。その危なっかしさに雄介は思わず声をかけていた。


「あの〜、手伝いましょうか?」

 突然の声かけにビクリと身体を震わせた女の子はトランクを転がすのをやめて雄介の方を振り返る。インナーに淡いレモン色のワイシャツ、膝丈程度の空色のプリーツスカート、それだけでは少し肌寒いこの季節にはピッタリのデニムシャツを羽織った美少女は不思議そうな顔で雄介を見つめる。少し間があってから少女が声を上げる。

「雄介くん? 雄介くんですか?」

 立て続けに名前を連呼されて雄介は驚いて少女の顔をマジマジと見る。失礼にあたるかと思い先程は顔をよく見なかったのだが、今は確認が必要だ。


「遙香ちゃん?」

 私服姿は去年出会ったときと随分と印象が違った。三ヶ月も立てば女の子はこうも変わるのだろうか、などと思わせるほどだった。少し化粧もしているようで肌も滑らかな輝きを放っていて思わず雄介は遙香の顔に見惚れてしまった。


「雄介くんはいつ来たの?」

 遙香の声に引き戻される。

「俺もさっき来たところだよ」

「それにしては荷物ないんですね?」

 雄介が手ぶらなことに疑問を抱いた遙香が首を傾げる。

「俺は空の宅急便(ドローンキャット)で先に送っといたから学校に着いたら受け取るのさ」

「ああ、あの可愛い黒猫さんのドローンですね。私の住む地方では長距離宅配やってないんです」

 遙香の居住する中国地方ーー島根県出雲市ーーでは近畿、九州までしかサービスしていないので仕方なくトランクで運んで来たようだ。

「じゃあ、俺が運ぶよ。俺の[サイファ]で移動させればいい」

 雄介が得意の物体制御で手助けしようと提案する。と、二人の更に後ろから声がかかる。


「逢真く〜ん。入学前から女の子をナンパなんて感心しないねぇ」

 雄介と遙香が揃って声の主の方に振り向く。そこには学生服をーー白のシャツと紺のスラックス、胸に『Special Force』と刺繍の入った襟付きの長いジャケットーースマートに着こなした天宮望(あまみやのぞむ)の姿があった。

「副会長!」

「望先輩!」

 雄介と遙香がそれぞれ反応する。遙香は驚きの声色だが、雄介の返事には非難の意が込められていた。 

「ナンパなんてしていません。()()の手助けをしようとしただけです」

 雄介は弁解しつつ遙香との関係を強調する。

「もう友達になったの? 一回しか会ってないのに?」

 しつこく追求してくる望に再び揃って声を返す。

「雄介くんとはもう友達ですよ」と遙香。

「友達だ。推薦入学試験の戦友と言ってもいい」こちらは雄介。

 友達の意味はそれぞれで違いそうではある。


「まぁ、いいや。それにしても手助けの方法が頂けないねぇ」

 空返事した望が雄介の提案に()()をつけてきた。雄介は自分の[サイファ]を省みるが問題は見当たらない。

「副会長。俺の【物体移動】は公共エリアでも時速二十キロまでは使用制限なしなはずですが」

 春休みに独学で得た[サイファ]の知識を自慢気に披露する。ーー実際には移動対象の重量によって制限速度の上限は変動する。


「はあ〜」

 望は呆れたようにお手上げのポーズでため息をつく。

()()()()ことじゃないんだよねぇ。トランクを[サイファ]で動かすってことは、トランクの中身にもアクセスすることになる。雄介くんはそんなことしないと思うけど、中を透視することだって可能な[サイファ]だってある。だから女の子の荷物を運んであげるなら礼儀としてこうやって手で運ぶのさ」

 望はそう告げると遙香のトランクを颯爽と運んでいく。雄介は自分の思慮の浅さを反省しながらその後に続いた。


 二、三分も歩くと桜並木が終わり、大型車両がすれ違えるほどの道と交わる。

「さぁ、着いたよ。ここが僕らの学び舎、国立特別科学技術高校東京校、通称SF学園東京だ」

 望は振り返ると大袈裟にお辞儀をしながら片手を広げる。まぁ入学試験のときに雄介と遙香は訪れていたのだが、あのときは頭がいっぱいで景色など堪能することはできていなかった。


 勉学の教室や実験室がある教育棟、いくつか建ち並ぶスポーツ棟や屋外運動場、外部からは見えにくい所にあるのは、[サイファ]の実技を行うSF棟だろうか。そしてそれらの場所に行くのには最初にゲートを通る必要がある。


「君らはまずこの生徒IDカードをもらう必要がある。そこの事務局で発行してもらおう」

 望は胸ポケットから一枚のカードを取り出して見せた。校名と校章が上部にあり、左側に写真ーー入学時のだろうかまだ幼く神妙な表情の望ーー右側にIDナンバー31002、天宮(AMAMIYA)(NOZOMU)と名前がローマ字読み付きで載っている。


「ちなみにIDの上の二桁はこの学園の何期生かを表し、下三桁は入試で何番だったを表しているよ。ちなみに君たちは推薦入学だから特別に七百番台だ」

 つまりは望は三十一期生であり、次席の成績で合格したということだ。それにしても成績順や推薦入学の有無があからさまではないが公開されているなんてと、情報管理の緩さを雄介は感じた。

「裏面にも色々使い方があるが、詳しくは入学式後のホームルームで説明してもらえるよ。まあ後一週間あるから自分で触ってみるのもいいかもね」

 何気にこまめにアドバイスをくれる望副会長は面倒見の良さで生徒たちの人気が高い。


「それにしても、なんで副会長が春休みに登校してるんですか?」

 雄介も違和感を抱いていたことを遙香が口にする。それを聞いた望は大袈裟に「はぁ」とため息をつく。

(もも)ちゃんが入学式の段取りは望に任せた〜、って何もしないから時間割り決めから演出の検討、設備会社との交渉まで全部僕がやっているんだよ……」

 もはや諦めきった口調で望は愚痴をこぼす。ちなみに桃ちゃんとは桃林桃(ももばやしもも)、この学校の生徒会長である。傲岸不遜で天真爛漫、精神支配の[サイファ]【ブレインハック】を操る自由人だ。

「……それは災難ですね」

 入学試験で精神支配の被害を受けた雄介は心の底から望に同情した。

「じゃあ僕はこれから搬入の業者さんと打ち合わせだから」

 そう言って望はゲートにIDカードをかざして消えていった。雄介たちは会釈をしながらそれを見送った。


「生徒会は大変そうだな……。じゃあ俺たちもIDカードもらいに行こう」

 副会長の姿が見えなくなると雄介は遙香を促して事務局へと向かった。事務局といっても事務員がいるわけではない。General(G) Yabber(Y) Machine(M)と呼ばれる音声認識ロボがその役割を担っている。近頃定着している人型ではなく初期から普及している前時代的なメカメカしいロボマシンである。


 雄介がIDカード発行をお願いすると生体認証が行われて、問題なく受け取り口にカードが発行される。入学したことを実感して高鳴る胸の鼓動を鎮めるように深呼吸をしてから雄介はカードを手にする。カードに映る神妙な表情をした雄介の写真は、手続きの一環で以前オンラインで学校に提出したものだ。雄介が割り当てられたナンバーは33701、望が説明してくれたように三十三期生の推薦入学者に該当するナンバーだ。


 同様に遙香もIDカードを受け取る。ナンバーは33702。()うまと()しので名前順なのか、男女で判断して男が先なのかはわからなかった。


 どちらともなくIDカードを見せ合い笑顔を浮かべたのは、入学したことを実感したからだろう。と、その行為が引き金になったのか電子音が鳴り、二人の目の前にエアディスプレイが浮かび上がる。

『encounter』

 そう書かれた画面を雄介がタッチすると、遥香の写真が表示される。IDカードと同様の画像で軽く笑みを浮かべている。

『フレンド申請を行いますか? YES NO』

 写真の下に文字が浮かんでいる。


「遥香ちゃん、フレンド申請してもいいかな?」

 雄介は恐る恐る聞いてみる。断られたら結構ショックだが遙香は快諾してくれた。

「もちろん、喜んで。こちらこそよろしくお願いします!」

 二人ともディスプレイを操作して相互確認してフレンド登録する。登録するとフレンドリストに並び、ショートメールの遣り取りが可能になる。

『こんにちは、入学おめでとう、遙香ちゃん』

『こちらこそだよ〜、よろしくね、雄介くん (o^^o)』

 若干、話すときと違う遙香のハイテンションな文章に、雄介は軽く戸惑いながらも「これがいまどきの女子高生の作法か」と自分を納得させた。もっともこの程度で驚くほど崩れた文法ではないだろう。意味不明な造語を使ったりスタンプ連打をしないだけマシかもしれない。


『逢真雄介さま、第三倉庫に荷物が届いております。場所はこちらになりますのでご受け取りください』

 学生用IDカードを二人が弄んでいるのを遮るように事務ロボット(GYM)が雄介に荷物が届いていることを告げる。浮かび上がった地図に目をやり倉庫の場所を確認する。


「寮の場所を教えてくれ、GYM」雄介が尋ねると。

『男子寮はこちらになります。女子寮にご用があるならこちらです』

 浮かび上がった地図には隣り合った建物にそれぞれ青と赤の印が点滅していた。


 ゲートをくぐると雄介と遥香は別れた。

「俺は荷物を取りに倉庫へ行く」と雄介。

「わたしは寮に直接向かいます」と遙香。


 遙香の転がすトランクの音が小さくなるのを感じながら、雄介は歩を進めるのだった。

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