合格
「あまみゃ、説明してあげな」
愉しさを噛み殺したような声で桃林桃が天宮望を呼ぶ。血を流して気絶していたはずの桃が、平然と喋りだしたのを雄介も遙香も唖然として見つめるしかなかった。
ギィッという音とともに飛行機の操縦室の扉が開く。狭い操縦室から現れたのは、学生服に自慢げにパイロット用制帽を被り通信用のヘッドセットを装着した望だった。
「分かりました。桃ちゃん会長」
望は雄介たちの方に少し歩を進めると通路の途中で立ち止まり、雄介と遙香を見て話し始めた。
「まず、今回面接って言ってたけどそこから違うんだよね〜。これは入学試験だったんだよ。君らがこのパニックフライトでどう対応するかを見させて貰ったよ」
雄介にはわからないことだらけだった。目の前の男は本当は何者なのか、試験とは何なのか。そんな疑問が顔に出ていたか、望が続ける。
「僕は天宮望。それは本当さ。でも推薦入学予定者じゃない。国立特別科学技術高校東京校二年の副生徒会長さ。そしてそのお方が我が高校の生徒会長、桃林桃ちゃんだ!」
望は桃を指差して芝居がかった口調で紹介する。その桃は「エッヘン」とでもいいそうなポーズーー胸の前で腕を組むーー胸を隠しているように見えるーーを、していた。
「スカウトの先生が推薦してきた子を試験するのが僕と桃生徒会長の役目って訳。つまり今回の受験者は雄介くんと遙香ちゃんの二人だけなんだ」
「何でこんな?」
望の説明に疑問で割り込む雄介。
「まあまあ慌てない」
制する望。
「この試験はパニックを起こしそうな状況で君らが適切な判断ができるかをチェックするものだったのさ」
「それじゃあ俺は不合格なのではないでしょうか? 墜落する飛行機を上手く制御できなかったし……」
「私も桃ちゃん、いえ生徒会長のケガを癒せなかったから不合格では?」
望の説明に己れの失敗を語り、不合格ではないかと主張する雄介と遙香は共に自己評価が低い気質だろうか。
「この試験のポイントはそこじゃない。君らの実力は先生方のお墨付きだったから、これは人間性を試すだけのテストだったのさ。具体的に言うと僕がパラシュートで飛び降りようと誘ったときに仲間を置いて自分だけ飛び降りようとするかどうかが不合格ラインだ」
雄介は自分だけパラシュートで飛び降りて助かることに罪悪感を感じていたし、パラシュートを使うこと自体を躊躇っていた。
「でも、ときには非情な決断をしなければならないこともありますよね。自分の命がかかっている場合もあるし……」
真剣な声で遙香が問う。
桃が望に変わって答える。
「そんなのクソくらえさ。ウチの高校のモットーは『友情・好奇心・向上心』だ」
「生徒会長、言葉使い!」
望がすかさず嗜める。
「まぁ、そうだな。非情な決断なんか大人になるまで覚えなくてはいい。そんなのは札幌校に任せておけばいい」
何気に兄弟校をディスる桃会長。ちなみに兄弟校は東京校を含めて全国に八つある。トーナメント戦がやりやすそうだ。
桃が脱線しそうになるのを望が食い止める。
「と、いうわけで君らは合格だよ。仲間を見捨てずに助けようとしたからね。まあ、[サイファ]の技術はまだまだだけどそれは学校で覚えていけばいい。入学すれば[スフィアフレーム]が支給されるしね」
「ところで望先輩、激突寸前の飛行機がなぜ学校に一瞬で移動したんですか?」
雄介が聞きたかったことを遥香も疑問に思ったようだ。
「ふふ〜ん、それ聞いちゃうの?」
何だか嬉しそうな望先輩。雄介も遙香も身を乗り出して頷く。
「僕の[サイファ]【五里霧中】は霧に実在の映像を映してあたかもそこにいるように見せることができるのさ。だから既に到着しているのに未だに雲の中を飛んでいるんだと君たちに誤認させることができた」
「でも、俺は確かに飛行機を制御していたはず……」
雄介にはかなりの精度で物体制御できていた自信があった。
「あ〜、それわたしの【ブレインハック】。雄介くんの脳の認識機能をハッキングして、あたかも飛行機を物体制御できてるって思わせたの。けど雄介くんは実際には何もしていなかったの。ゴメンね〜」
「本当ですか……」
これは雄介にとって衝撃の事実だった。かなりの精度で制御できていたと思っていたのに、ただの思い込みだったのだ。いつの間にか桃の術中に落ちていたのか、気づかなかった自分に愕然とする。
そんな様子を察した桃が元気づけるように雄介の肩をポンポンと叩く。
「まあ、少年落ち込むな。わたしの【ブレインハック】は心が乱れているとかかりやすい。学校の授業で心を落ち着かせるやり方を習ってこい。遙香ちゃんも目の前のヤツが本当にケガ人なのかわかるよう観察力をつけろ!」
「「はい!」」
雄介と遙香の返事がきれいに重なる。
「じゃあ、二人とも入学するということでいいかしら?」
雄介が声の方に振り向くと、死んだはずーーもちろん生きているーーの水神の姿があった。隣には結城が微笑を浮かべて立っていた。
「水神先生……」
望と桃が生きているなら当然先生方も健在だ。きまりが悪そうな表情を浮かべているのは雄介たちを騙していたことに罪悪感を抱いているからだろうか。
「ごめんなさい、あなたたちを騙すようなことをして。でも、あなたたちなら試験に合格できると思っていたわ!」
うんうんと首を縦に振る水神先生。
「入学者が出ないとスカウトボーナス貰えませんからね」
悪そうな笑みを浮かべた望が呟く。慌てて水神が続ける。
「ほほほ、や〜ねえ。ボーナスなんて関係ないわ。雄介くんが決めればいいの。ただ、入学したら推薦で入った素晴らしい人材だとチヤホヤされると思うわよ! それに推薦入学者は学食で毎日一品タダなのよ!」
どうなのか、その特典は。そんなのに釣られる食いしん坊キャラがいるのか? と、雄介は呆れる。
「わたし、入学します!」
本気ですか、遙香さん。思わず、口走りそうになる。遙香はそういうキャラなのか?
「あっ、一品タダに釣られた訳じゃありません。こんなに素晴らしい先輩たちのいる学園で学べるなんて、ありがたいことだと思うんです。わたしの目標を叶えるために学園にお世話になろうと思います!」
素晴らしいなろう宣言に先生たちも嬉しそうだ。特に遙香をスカウトした結城先生が。
「それでどうするの、雄介くんは?」
桃生徒会長が真面目な表情で尋ねてくる。この人こんな表情もできるんだ、と素直に雄介は感じた。そうして心を決めた。
「俺もお世話になります。俺はまだまだ未熟だということがわかりました。今まで何かこれといった目標を持たずに生きてきましたが、先輩が卒業する前に驚かせることができるぐらい成長することを目標にします!」
熱く叫ぶ雄介に桃も満足そうだ。
「ははっ、いいだろう。わたしらは来年卒業だ。驚きの成長を期待しているぞ! 見事驚かせることができたら、わたしの桃を好きに弄ん……、な、なんだ! あまみゃ」
こうして俺たちーー逢真雄介と星乃遙香ーーは、国立特別科学技術高校東京校に推薦入学を決めたのだった。
来年四月に再会ーー今は二千百二十三年十二月二十二日ーーすることを約束して、面々は解散した。
……って現地解散かよ。まあ、家族に東京土産を買わなきゃならないからな。雄介がふと見上げた冬空は高く澄んでいた。