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SF遣い  作者: 梛矢長斗
3/6

逢魔ヶ刻

「……逢魔ヶ刻(おうまがとき)!」


 雄介(ゆうすけ)が心の中で叫ぶと、雄介が感じとる時間の流れが曖昧になる。視界がグルグルと回りグニャリと歪む。そして()()がやってくる。


 記憶の奔流。

 川に流されそうになる幼い雄介。

 期末試験に一夜漬けで挑む雄介。 

 トラックに轢かれそうな子どもを助けようとする雄介。

 世界最大の船舶の構造。

 高度と温度の関係を説明する教師。

 幼馴染に告白して笑われる雄介。

 分かれ道で迷う雄介。

 まだ若い雄介の母親。

 見慣れぬ科学式。

 飛行機から飛び降りる(のぞむ)

 かき氷を食べて頭がキーンとする子どもの雄介。

 幼い頃に近くの家で飼っていた黒猫。

 (もも)の弾けそうな桃。

 バンジージャンプをする兄。

 真剣で美しい遙香(はるか)の顔。


 雄介が体験してきた印象的な出来事がフラッシュバックで一瞬にして頭の中を通り過ぎる。

 所謂走馬灯だ。

 諸説あるが走馬灯は本人が危機に対面したときに、それから逃れる手段を求めて己の記憶を瞬時に検索する現象だという。

 逢真家に伝わる逢魔ヶ刻は、その走馬灯を任意のタイミングで発生させられるのだ。この秘技は逢真家の人間全ての記憶から検索することができる。

 だが()()()()を雄介以外まで広げる必要はなかった。雄介の記憶の中に、この飛行機と同型の機体の重量と構造。飛行機の操縦マニュアル。重量と速度の科学式。現在飛行中の空域の地上の地図が浮かび上がる。


(かい)!」


 逢魔ヶ刻を終わらせる儀式の言葉と共に雄介は記憶の中から現実に帰還する。その時間は実際の時間にしてコンマ一秒に満たない。すぐさま遙香に注意点を伝える。


「見つけた! 廃線になった古い県道に着陸させる。胴体着陸になるから注意して!」

 [サイファ]は要するにイメージの顕現だ。より細部まで鮮明にイメージすることが大事だ。物体制御の科学式は数値化しやすいが、計算する前提の数値を把握できていないと結果もずれてしまう。

 雄介はイメージを数値化するのに人よりも長けているので物体制御には自信がある。ただ軽いもので風や温度の変化などの不確定要素が少ない状態でしか使ったことはない。墜落寸前の飛行機の中という極限状態の中、確実に計算しなければならない。計算式に間違いは許されないのだ。


 頭の中で何回もシミュレーションしてみたが問題なさそうだったので躊躇わずに実行に移す。

 意識を機体に集中して現在の進行方向と逆ベクトルに力を加えつつ機体を降下させる。力加減が難しく、一気に減速させてしまうと機体が耐えられずに折れてしまう可能性がある。

 雄介は注意深く[サイファ]を行使して機体を落ち着かせようとする。風とエンジン火災の影響をリアルタイムに計算して軌道調整する必要があり雄介は苦心していた。


 県道を滑走路にして着陸させる計画は、九割方成功に向かっていた。スピード、角度ともに誤差0.1%程度の精度で着陸ーー胴体着陸ではあるがーー()()()()()だった。しかし雄介は地上の状態を完全には把握できていなかった。長期間使用されずに放置されていた道路はコンクリートに微かにヒビが入っていたのだ。


 順調に道路に胴体を滑らせていた機体がヒビに引っかかる。この程度なら乗り越えてくれると雄介は思ったが、そう甘くはなかった。引っかかった箇所を軸に機体が角度を変えていく。あっと言う間もなく機体は独楽のように高速スピンしてしまう。


「まずい」

 雄介は慌てて[サイファ]の挙動を修正しようと試みるが計算が間に合わない。息をつく間もなく窓の外にコンクリートの壁が迫る。


「ごめん」

 雄介は短く簡潔に謝ると女子たちを身体で庇うように覆い被さる。機体を上手く制御できなかったが、せめて彼女たちだけは衝突の衝撃から守ろうとした。


しかし、雄介の予想に反して()()()()()()()()


 そして機内にアナウンスが流れる。


「ようこそ、国立特別科学技術高校へ。試験合格おめでとう!」


 その張りのある声は聞き覚えがあった。墜落しそうな飛行機からいち早く脱出した天宮望(あまみやのぞむ)の物だった。


 状況が飲み込めず、雄介は女子たちをかばう体勢をとき、窓の外に目を向けた。遙香も同様に目をやる。


 そこにあるべきものーー無表情なコンクリートの壁はなかった。窓が整然と並んだ近代的な建造物ーー雄介はまだ知らなかったーー特別科学技術高校の校舎がそこには存在した。


 雄介は未だに状況を理解できずにいた。

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