メーデー
警報音が鳴り響き機内灯が明滅して、雄介たちの乗る小型機の機体が大きく揺れる。揺れで雄介が目覚めるのとほぼ同時に慌てた様子のパイロットのアナウンスが入る。
「メーデーメーデー! ご搭乗の皆さま、座席に座りシートベルトを着用してください。ただ今、当機は右側のエンジン不調のため激しく揺れる恐れがあります。安全の為に席を立たないようにお願いします!」
墜落するかもしれないと考えた雄介は席に着いたまま辺りを見回す。望はどこへ行ったのか、雄介が眠る前に見かけた席は空だった。二人の女子がいるはずの方に振り向くと、桃が気を失っているようで、遙香がしきりに声をかけていた。教師がいるはずの席は機内灯が不連続に明滅しているせいで伺いしれない。窓の外は薄暗い雲の中のようだった。
焦るな、焦っちゃいけない。雄介は何をすべきか考えようとするが、思考が上手くいかずに考えがまとまらない。そのとき、バタバタと走る音がして思考が遮られる。
「雄介、この機体はもうやばいぞ! 俺は脱出する。お前も来い!」
望はどこから入手したのか、背中に脱出用パラシュートのリュックを背負っていた。片手にはもう一つ同じリュックがあり、雄介の方に投げて寄越した。雄介はそれを受け取りながら望に問いただす。
「望、後ろの方から来たろ? 水神先生たちはどうなんだ。大丈夫なのか?」
不安で声が少し震えてしまうが、教師たちが無事なら他の解決方法を教えてくれるかもしれない。しかしーー。
「ダメだ……。先生たちは頭を強打したらしく……死んでいた。俺たちはもう自力で脱出するしかないんだ!」
雄介はショックを受ける。昨日、あれほど雄介の学園入りのメリットを熱弁していた水神先生が死んだなんて、俄かに信じられなかった。
そのとき後方で悲鳴が上がる。振り向くと遙香が窓の外を驚きの表情で見つめ、口元に手を当てていた。雄介が恐る恐るその視線の先を辿ると、飛行機の翼の下部に付いているジェットエンジンから業火のような炎が噴き出ていた。雄介はしばらく魂を抜かれたように茫然としていたが、機体がガクンと揺れたのをきっかけに気を取り直す。
「おい、望。彼女たちも助けなきゃ! 俺とお前で一人ずつ背負って脱出すれば四人共助かるんじゃないか?」
何とか捻り出した提案だったが、望は怒鳴りつけてきた。
「雄介。いますぐに決断しろ! パラシュートは二つしかないんだ。それにこのタイプは一つで一人分の体重しか支えられない。今は緊急事態だ。彼女たちのことは諦めろ!」
そう言われても、はいそうですかと頷くことは雄介にはできなかった。女の子たちを置いて逃げることに罪悪感を覚えていたし、パラシュートで飛び降りたとて助かる保証などなかった。
そんな雄介の迷いを感じとったのか、望は舌打ちをする。
「俺は行く。お前も助かりたければさっさと飛べ!」
「おい! ちょっと待て」
雄介が呼び止めるのも聞かずに望は手動で小型機の扉を開き飛び降りてしまう。あっという間に望の姿は雲の中に消えていき、あとにはゴーゴーと嵐のように吹き荒れる風が機内に渦巻いていた。
刺すような冷たい風と薄くなる空気に危険を感じて、雄介は吸い出されないように気をつけながらじりじりと動いて望が開いた扉をなんとか閉じる。
ドォーンという爆発音。続いて機体がガクガクと激しく揺れる。窓の外を見ると右側のジェットエンジンがあった場所には何もなかった。
「桃ちゃん! 桃ちゃん、大丈夫?」
緊迫した声に雄介が女の子たちに目を向けると、桃のことを心配そうに揺すっている遙香の姿があった。桃はどこかに額をぶつけたらしく、血を流している。雄介は機体の揺れる中なんとか二人のそばへと行こうとする。普段なら十秒かからない距離なのに揺れる機内では十倍以上かかる。
「どうした? 桃林は大丈夫なのか?」
「……わからない、額を打ったらしくて……」
「息はあるのか?」
「……あるみたい!」
遙香が桃の口にしなやかな人差し指を当てて確かめる。どうやら桃の命に別条はないようだ。ーー全員爆死か墜落死の危機ではあるが。
雄介はパニックになりそうな頭で思案する。全員が助かる方法を脳細胞をフル回転させて考える。
「遙香ちゃん、君はこのパラシュートを使って望のように脱出しろ!」
「えっ? でも、雄介くんと桃ちゃんは……?」
不安そうな顔で雄介を見つめる遙香。
「俺の[サイファ]は物体制御だ。何とかする!」
雄介は扇子などの小さな物体なら狙い通り動かす自信がある。だが飛行機のような巨大な質量を持つ物を動かした経験はなかった。しかし女の子を残して一人で脱出するわけにはいかない。それに逢真に伝わるあの力を使えばなんとかなるかもしれないと考えていた。
「私も残ります。私の[サイファ]で桃ちゃんの傷を治します!」
遙香の真剣な眼差しと口調に雄介は異を唱えることができなかった。遥香は桃の額に手をかざすと[サイファ]を発動させる。淡い緑色の光が遙香の手を包む。
ーー時間操作か、高度だな。
治癒ではなく対象の肉体の時間経過を早めて自然治癒の時間を短縮する[サイファ]。この[サイファ]は淡く発光するのが特徴だった。
「綺麗だ……」
緊迫した状況にも関わらず雄介は遙香に見とれてしまっていた。それは淡い光のことなのか、それとも遙香の真剣な表情のことなのか、雄介自身にも意識せぬままに漏れ出た本心だった。だが、それも一瞬。
ドォーン、と再び爆発音が鳴り響き機体が激しく揺れる。パイロットの掠れ声の通信が途切れ途切れに聞こえる。
「メーデー……ちら、SF001号……御不能……当機は……墜落……ます」
すでに一刻の猶予もないようだ。雄介は覚悟を決めた。あの力は万能ではない。使ったあとの精神の疲弊も激しい。だが、もうやるしかなかった。雄介の物体制御の[サイファ]だけではこの事態を好転させられない。雄介は目を瞑り胸に右手を当てて心の中で叫んだ。
……逢魔ヶ刻!