第九脱
アレックスには大量返品する度胸がなかったので、
無駄買いした物は詫びの手紙と共に店の裏手に置いてきた。
ただ全てが無駄というわけではなく、いくつか使える物があった。
メインウェポンのスピアガンは射程こそ2メートルと短いが、
魔力消費なしで遠距離攻撃、尚且つ発射した銛を回収してまた使える優れ物だ。
ダイビングナイフは武器と呼ぶには心もとないが、刃物という時点で役に立つ。
それと自分で充填できるタイプの小型ボンベは正解だった。
持続時間は5分らしいが、緊急時の保険としてアリだ。
つい最近発売されたようで、ローラの計画にはなかった物だ。
トータルでプラスになったと判断され、アレックスは許された。
下水道に侵入した3人は気持ちを新たに次のポイントを目指した。
貿易都市チュートリア。世界最大の中立地帯であり、最も自由な自治区である。
隣接するどの国にも属さず、あらゆる政治的干渉を受け付けない場所だ。
シンシアとアレックスはその都市で逮捕されたので少し嫌そうだった。
今回の移動では作業員を見かけなかった。
その代わり地下鮫4匹と遭遇し、試し撃ちの的になってもらった。
結果的に一番適性があったのはアイテム特化型のローラだった。
今後はローラが初撃を担当し、討ち漏らしをアレックスが始末する流れになった。
旧下水道には鉄格子で塞がれている箇所が頻繁にあったが、
腐食液のおかげで自然に壊れたように見せかけて突破できた。
特にトラブルも無く、残りの空気がギリギリになるまで歩き続けた。
おなじみの虫雲を抜けて地上へ出ると、そこはもう王国の外だった。
まだ計画の途中だが、遠くに見える城を見て小さな勝利感を味わった。
ここからチュートリアまでは街道脇の小道を進んで行き、
ほぼ休憩なしで10時間ほど歩き続けた。
そして3人は思い出深い地へと到着した。
国ではないので関所は無いが、住民たちが勝手に正門と呼んでいる場所がある。
人目につきたくないので正門は避け、スラム街側の裏門から進入した。
スラムから1時間ほど歩いた先の川沿いに一件のボロ小屋があった。
それはローラが住んでいた家の残骸だった。
家財は一切無くなっており、壁も天井も所々崩壊している。
一時的に誰かが住んでいたのか、カビた毛布や変色した食べカスが散乱しており
そこはもう懐かしの我が家と呼べる場所ではなくなっていた。
横になれる場所を作るためウネリンに床掃除を任せ、物置の様子を見に行った。
そこもやはりもぬけの殻であり、道具は何も残っていなかった。
しかしローラは気落ちする事なく、仲間に手伝ってもらい床板を剥がした。
床板を使って地面を掘っていると何か硬い物にぶつかる感触がした。
掘り起こして出てきた物は中央に円形の窪みがある台座だった。
それはローラが硬貨の偽造に使っていた鋳造用金型だった。
家宅捜索でほとんど押収されてしまったが、これは隠し通せたようだ。
今すぐ使うわけではないが、新天地で必要と判断して回収したのだ。
ローラとアレックスはこの都市で冒険者として活動していた時期があり
知り合いに会う可能性が高いので、今回お使いに行くのはシンシアだ。
商人ギルドで豪商アランと接触し、ローラに交渉の機会を与えるのが目的だ。
留守番の2人は手早く補給作業を済ませ、夜に備えて体を休めた。
シンシアは逮捕された酒場を避けて遠回りし、商人ギルドに到着した。
彼らはにこやかに会話しているが、水面下では腹の探り合いをしている狐だ。
その中でも一際大きな存在感を放つ黒ヒゲの男性がいた。
七つの海を股にかける大商人アランだ。
その男に色仕掛けが通用しないのは一瞬で理解できた。
シンシアを見て、わざといやらしい笑顔を向けてきたのだ。
彼女をモノにしたい男性は欲望を隠して近づいてくる傾向にある。
アランの目は女性を見るそれではなく、品定めをしているかのようだった。
「ほっほっほっ、なんと美しいお嬢さんだ!
ワシはしがない商人のアランという者じゃ
なにやらワシに用があるみたいじゃの?
遠慮せずに言うてみい 時間ならあるぞい」
彼が動くと周りの商人たちが横目で追う。
今は目立ちたくないシンシアは思わず顔を伏せてしまった。
「ほう、訳ありのようじゃな
場所を変えて話した方がええかの?」
「いえ…、長居する気はないから手短に話すわ
ある女の子から『410443250423』
とだけ伝えるように言われて来たの
本当にこれで通じるのかしら…?」
「ほうほう、なるほどのう
相変わらず同年代の友達はおらんみたいじゃのう
まあ用件はわかったわい
『139121320455』と返しておいてくれんかの?」
「えぇ、伝えておくわ」
その数字は異世界の言語に対応した暗号で、シンシアには理解できなかった。
隠れ家へ戻り、早速伝言を伝えるとローラは不敵な笑みを浮かべた。
ローラは『脱獄』と送り、アランは『裏カジノ』と返した。
そこは昔入り浸っていた健全な運営がなされている賭博場ではなく、
違法な高額レートとイカサマが横行する無法地帯だった。
今までローラは年齢制限という名目で入場させてもらえなかったが、
闇社会に幅を利かせるアランの紹介があれば話は別だ。
彼はローラの置かれている状況を汲み取り、最適解を提示したのだ。
ローラにとって都合の良い逃亡先はメスキア大陸しかない。
長引く戦争のせいで鎖国状態の大陸であり、交易の機会はほとんどない。
彼女とはいくらビジネスパートナーといえど友人というわけではなく、
脱獄犯のために船を出すようなお人好しではないのは理解しているはずだ。
現状で彼女が大陸を出るには船を買うのが唯一の道であるが、
正規の手段で購入費用を稼ぐのは不可能だろう。
だからこその裏カジノだ。
追い詰められた人間に残された一発逆転の手段は博打しかない。
純粋な運任せだろうが高度なイカサマだろうが関係ない。
勝つか負けるか、それだけが正義の世界なのだ。
2人の悪女が裏カジノへと足を踏み入れた。
入り口のガードマンはアランから話が通っているらしく、
ローラの姿を確認すると軽いボディーチェックだけで通してくれた。
アレックスはヘマをしたかと思えばファインプレーで取り返す男だが、
その不安定さは確実にマイナス要素になると判断して留守番させた。
ローラはカジノコインを購入した。
事前に手持ちの財産を全て現金化しており、それをコイン2000枚に変換した。
1000枚を残して二等分し、まずはこの500枚を溶かすために動いた。
2人は別々に行動し、それぞれ興味を引いたギャンブルを楽しんだ。
勝敗を気にせずただ普通に遊んだだけであるがこの工程が重要だ。
どんなイカサマにも言える事だがプロに怪しまれたらその時点で終わりだ。
仕掛けるなら細心の注意を払い、ごく自然な流れの中で行わなければならない。
ローラの必勝法は相方を見ない事にあった。
2人で入店した時点でグルを疑われてもおかしくはない。
合図を送り合うような真似をすれば即刻バレて追い出されるだろう。
なので入店後はお互いを避けて行動するように打ち合わせておいた。
イカサマ自体はディーラーのカードを覗き見する単純な手口だが、
触手スライムをドレスに擬態させる方法はローラにしか実現できない。
昼のうちに赤い餌を大量に与えて変色させておいたのだ。
シンシアはその擬態ドレスを着てディーラーの背後にいるだけでいい。
あとはウネリンに意識をアクセスしてカードを見るだけだ。
この“魔物の体に乗り移る能力”は仲間にしか打ち明けておらず、
魔物使い学会の記録にも前例がないのでバレる可能性は限りなく低い。
「おめでとうございます! 1500枚の当たりです!」
ローラは予定通り、手元の1000枚を全額BETして最初の取っ掛かりを掴めた。
シンシアは念のため100枚ほど残しておいたが杞憂に終わって安堵した。
「ぃやったああー!! お姉ちゃん!当たっちゃったよ!
どうしよー!? 私ってば超ツイてるじゃーん!」
「こらこら、調子に乗ってはダメよ?
もうやめておきなさい お父様に怒られるわよ」
仲の良い貴族の姉妹を演じる2人。
もちろんここで引き返す気はない。
「ダブルアップします! カード配って下さい!」
「こら!何を言ってるの! お姉ちゃんはもう知りませんからね!」
シンシアは所定の位置に移動し、ディーラーがカードを配った。
「おめでとうございます! 3000枚の当たりです!」
一度目のダブルアップに成功した。
これで元手は取り返せたが、本番はこれからだ。
「ぃよーっし!よしよしよーし!
このままいっくよーーっ!!」
「やめなさいと言ってるでしょ!
もうどうなっても本当に知らないからね!?」
ディーラーは「お姉ちゃん」の動きに注意しつつカードをシャッフルした。
後ろにいるが視線は完全に明後日の方向にあり、覗き見は不可能だ。
「妹」はシンプルにゲームを楽しんでいるだけに見える。
こんなに小さな子がイカサマなんてするとは到底思えない。
「お、おめでとうございます……! 6000枚の当たりです!」
二度目のダブルアップに成功した。
それはもう、平民なら慎ましく暮らせば一生困らない金額に達していた。
いくら貴族の娘さんといえど、ここが引き際だと理解しているはずだ。
店内にいた他の客たちが勝利の匂いに引き寄せられ、
裏カジノには似つかわしくないレディーの幸運に拍手を送った。
「もう一回ダブルアップします!!」
ディーラーは思わず声を上げそうになった。
折角の大勝ちを勢いでふいにするのはもったいない。
大人が自己責任で破滅する分には全然構わないが、
この小さなお客さんには気分良く帰ってもらいたかった。
それでも彼はプロなので、これ以上勝たせる気はなかった。
明らかに場の空気が変わったのがわかった。
「お姉ちゃん」は体ごとテーブルの反対を向いており、必死に祈っている。
気がつけば周囲には応援する者、心配する者、破滅を望む者たちがひしめき合い、
滅多にお目にかかれない大勝負を見届けようと身を乗り出していた。
奥の部屋から身なりのいい初老の男性が現れ、遠巻きに監視し始めた。
おそらくこの裏カジノのオーナーか幹部だろう。
「… …… ……おめでとうございます!! 12000枚の……大当たりです!!」
ギャラリーたちが大きな歓声を上げ、今夜の勝利者を祝福した。
中にはローラの頭を撫でる者や、ドサクサに紛れて体を触る者もいた。
シンシアは涙を流しながら抱きつき、ドサクサに紛れた誰かに体を触られた。
コインを10000枚稼ぐという難関ミッションは見事に達成された。
これで小型船を購入できて大陸脱出が可能になる。
新天地で男を飼って悠々自適な暮らしを送れる。
そう思っていた。
「もう一回……ダブルアップ!!」
「──えっ?」




