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第五脱

冒険者経験のないシンシアにとって、

それは初めての魔物との遭遇だった。


「えっ、あれって……サメぇ!?」


通路の死角から現れたのはサメの姿をした魔物だった。

水中でなくとも水場であれば活動する事ができ、

更にこの種族は暗くて狭い場所を好む性質がある。

下水道は彼らにとって最高の環境と言っても過言ではない。


「なんで浮いてんのよ!? サメでしょ!?

 せめて少しくらい水に浸かってなさいよ!」


「地下鮫ってやつだね 僕も生で見るのは初めてだなぁ

 距離は……15メートルくらいか 当たるかなあ…?」


アレックスは足元の汚水に右手を漬け、氷の魔力を集中させた。

手袋をしているとはいえ濁った液体に手を突っ込むのは少し勇気が要った。

数秒後、汚水から作られた氷の槍を取り出して魔物に狙いを定めた。


「食らえっ!!」


強肩に押し出された汚氷の槍は真っ直ぐ飛び、魔物の眉間に深々と突き刺さった。

地下鮫は落下し、しばらくのたうち回った後に口を開けたまま動かなくなった。


「へえ、やるじゃん…

 てっきりヘタレ発動するのかと思ってたけど、強さは本物なのね」


美女に褒められて悪い気はしない。

しかし今倒したのはそれほど強い相手ではなかった。


「以前、水の都で魔物討伐の仕事を引き受けた事があるんだけど

 その時に注意するべき魔物として紹介されたのがこいつだったんだ

 結局遭遇する事はなかったけど、情報だともっと大きかったはず

 こいつはまだ子供だったのかもしれない 注意して進みましょう」




しばらく道なりに進むと分岐点に差し掛かった。

その分岐は比較的綺麗なハシモトトンネル側と汚い旧下水道側に分かれており、

シンシアとアレックスはできれば綺麗な方に進みたかった。

ローラは当然のように汚い道を選び、その歩みを止める事はなかった。

相棒の目を通して何度も通ってきた道であり、移動経路は頭に入っている。


ハシモトトンネルの出入り口には必ずマンホールが設置されてあるが、

旧下水道にはそれがない箇所がいくつかある。

相棒が証拠を残さずに往来するにはうってつけの条件だった。


「ところでアレックス

 この後私が補給作業してる間、実家を見てきたらどう?

 二度と戻れないわけだし見納めってやつよ

 当然、遠くから眺めるだけになるけどね」


ローラからの優しい提案に面食らうアレックス。

逮捕された時に家族は誰も庇ってくれなかったし面会にも来ないが

彼にとっては大切な人たちであり、迷惑を掛けた事を謝りたかった。

直接会うのは無理にしろ、遠くから様子を眺められるだけでもありがたい。


「ほら、出口が見えてきた」


ローラが指差した方向に赤みがかった太陽の光が差し込んでいた。

それが夕暮れ時を示すという事はすぐに理解できた。

シンシアは作戦決行からまだ一時間も経っていない事実に内心驚いた。

スピードが命とは聞いていたが、ここまでスムーズに行くとは思っていなかった。


出口には大量の羽虫が飛び交い、柱というか壁、それは雲だった。

防護服がなければ確実に発狂していたであろう虫の雲を抜け、

補給地点に向かう前に洗浄液と殺虫液で防護服の汚れを洗い落とした。

ずっと着たままなら洗う必要はないが、着替える必要があるのだ。


ちなみにその洗浄液もウネリンが消化能力を調整して分泌した物だ。

最近ローラが気づいた事は餌と調整次第でどんな性質の液体も作れるという点だ。

死んだ兄が目指した“服だけ溶かす液体”も、今のローラなら作成可能だろう。

これは一匹の魔物を使役する事に特化したローラならではの発見だった。




長らく使われていないであろうボロボロの狩猟小屋に到着した。

外観は廃墟そのものだが中はそれなりに片付いていた。

ウネリンはなんでも食べるのでゴミ掃除が得意だった。

ここで一夜を明かす事に不満はないどころか、

石の天井を見上げながら寝なくて済む事実に3人は喜んだ。


「へぇ、なかなかいいの選んだじゃない」


シンシアが真っ赤なドレスを広げながらローラを褒めた。

それはこれから一仕事してもらうシンシアにとって必要な武器だった。

ウネリンを操って古着屋から適当に盗んだ物なので選んだわけではない。

他にもリクエストした小物や化粧品を一通り手に取って確認する。

全部は揃えられなかったが、それでもなんとかするとシンシアは言った。


彼女は結婚詐欺の常習犯であり、男を騙す技術に長けていた。

生まれついての妖艶な顔立ち、緩急の激しいボディーライン、

保護欲を掻き立てる仕草、恋敵を陥れる狡猾さなどを兼ね備えていた。

まごうことなき悪人ではあるが、今は頼りになる共犯者だ。


そもそもシンシアは本名ではない。それを知る者は本人しかいない。


「……まあ、こんなもんかしらね」


用意された衣装に安物の香水を振り撒き、彼女の準備は完了した。

その姿はまるで娼婦のようなケバケバしさを感じさせたが、

ウブな男性を虜にするには充分な水準に達していた。


「よく似合ってますよシンシアさん!すごく綺麗です!」


早速ターゲットが引っかかった。

身も心もピュアなアレックスには「シンシアが逃亡資金を稼ぐ」

という事だけ伝えてあり、その具体的な方法は教えていない。

今回は彼の実家にある金品を頂戴するのが目的である。


「それじゃあローラ、補給作業お願いね

 アレックス、途中までエスコートを頼めるかしら?」


そう言って突き出された肘にターゲットが腕を絡ませた。




──バランタイン伯爵家。

東西戦争時代に活躍した傭兵フィリップ=バランタインが爵位を授かり、

以降300年の長きに渡り王国の剣として貢献してきた武人の家系である。

つい最近、末裔のアレックスがヘマをやらかして没落の危機に陥っている。


「ここに来るのは久しぶりだなぁ……

 みんな元気にしてるかなぁ……」


離れた高台から生まれ育った場所に思いを馳せるアレックス。

シンシアは彼の思い出話や今抱えている感情などを聞き流しつつ、

さりげなく部屋の配置や使用人の数などの重要な情報を聞き出した。


「……そう、家族が恋しいのね わかるわかる

 ここからはあたしの仕事よ 見つかるとまずいわ

 あんたはもうローラの所に帰って作業を手伝いなさい」


アレックスは名残惜しそうな表情を見せるも指示に従い、

彼が立ち去るのを見届けたシンシアは自分の仕事に取り掛かった。

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