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第三脱

脱獄決行の日が来た。

この時のために半年間、模範囚として過ごし準備を進めてきた。

外部の相棒による周辺の調査と物資調達、内部の協力者への根回し、

監視の目を盗んで幾度も仲間と交わした打ち合わせ。失敗は許されない。


「それじゃあ、また後でね」


ローラはそう言い残してA棟へと向かった。


自由を勝ち取るための戦いは始まった。もう後戻りはできない。

散々計画を練って覚悟は決めていたはずなのに心臓がバクバクする。

もしかしたら違う方法があるのでは、まだやり直せるのではないかと

この土壇場になってから思い始めてしまう。冬なのに冷や汗が止まらない。


そんなアレックスを見てシンシアがフォローする。


「…ま、そんなに気張る必要ないっしょ

 どうせなるようにしかならない 人生そんなもんよ

 あの子は頭の回る子だけど、どこか見落としはあるはず

 それをあたしらでカバーしてけば上手くいくでしょ」


「シンシアさん…

 僕はあなたたちほど肝が据わってないのは自覚してます

 全力で頑張ろうとは思いますが、どこかでヘマをしそうな気がします

 もし僕が足手まといだと感じたら、その時は遠慮なく切り捨てて下さい」


「へぇ…、思ってたより覚悟できてんねぇ

 これならちょっとは期待できるよ」


それは裏表のない率直な感想で、新入りを奮い立たせるには充分な言葉だった。




「なんだオメェ ……あぁ、最近調子づいてるB棟のガキか

 密造酒で俺様の手下を飼い慣らそうとしてるみてえだなァ?

 先に言っとくがそいつは無理な話だ 俺様の手下はこの俺様に忠実だからな

 あいにくだがボスの座を狙おうってんなら……ってオイ、聞いてんのかァ?」


現キングのダルトンがローラに話しかけているが、

そんなのは無視して一心不乱に鉄格子に細工する少女の姿があった。

ローラが手にしているものは相棒の魔物ウネリンが分泌した

“服以外溶かす液体”を調整したものであり、計画に欠かせない重要なアイテムだ。


ダルトンのいる独房の鉄格子はみるみるうちに腐食してゆき、

男の力で蹴飛ばせば簡単に破壊できるのが直感的に理解できた。


「ははは…、オメェなんのつもりだよ まさか俺様の女になりてえってかァ!?

 悪りぃが子供は趣味じゃないんでね! あと10年したら考えてやるよぉ!!」


思惑通り、ダルトンは檻を蹴破った。ここからが始まりだ。

あらかじめ他の独房の鉄格子も腐食させてある。

彼らのリーダーを見習って同じ行動をすればいい。


もうこの場所に用はない。

ローラは速やかにその場を離れた。




「兵士さん!囚人たちが集団で脱走してます!

 このままじゃ大変なことになっちゃいますよ!」


地上の鉄柵越しに少女から大事件を伝えられた若い兵士。

彼は監獄の職員ではなく、別の任務で近くまで来ていた青年だ。

国のために働けることを誇りに思っている真っ直ぐな性格の正義漢だった。

囚人の脱走と聞いては黙っていられず、すぐさま応援を呼びに向かった。


ローラはすかさず腐食液を取り出して鉄柵に振りかけた。

そしてダルトンが大勢の手下を引き連れて駆け上がってきたのを確認し、

近場の森への最短ルートを示した地図をわざと落として次のポイントへ移動した。




A棟もB棟も檻を抜け出した囚人でごった返しており、

数人の看守が頑張っているが人手が足りずに突破されている。

現場は混迷を極め、下へ向かうローラを気にかける者は誰もいなかった。


C棟は性犯罪者や猟奇殺人者などが収容される階層だ。

彼らは月一回の水浴び以外、独房から出る事を禁じられている。

まごうことなき人間の屑が集められた場所であり、

彼らが放つ体臭に加えて下水道の匂いが立ち込める環境から

そこは「肥溜め」と呼ばれていた。


「うぅ……、内掃の仕事で何度か来てるけど

 やっぱりこの匂いに慣れるのは無理だよ…」


まだ下水道ではないのに生理的嫌悪感を催す悪臭が漂う。

囚人たちの糞尿や生活排水、雨水や汚泥などが

混ぜ合わさったその不快な匂いは形容しがたく、

ひとたび気を緩めれば胃液の逆流は避けられない。


「ヒヒヒ、頼まれたブツはこの通り用意してやったぜ

 約束は守ってもらうぜ お嬢ちゃん」


用具室でモーガンから空気ボンベ6本を受け取る。

こんな物どうやって仕入れたのか不明だが、特に興味はない。

大事なのは現物がそこにあるという事だけだ。

これだけは相棒が運べるサイズではなかった。


ローラは約束通り密造酒のレシピを渡し、

更に看守たちのスケジュールを教えるサービスもした。

モーガンを気に入っての行動ではない。口止め料だ。


「もしあんたが裏切ったと感じた時は

 刺客を差し向けて必ず殺すから、それは覚えといて」


「ヒヒヒ、怖いお嬢ちゃんだねぇ

 俺の縄張りから消えてくれて本当に助かるぜ」




モーガンとの取引は滞りなく終了し、いよいよ下水道のフェーズだ。

ここは「悪人には劣悪な環境を」という意図で作られた監獄であり、

ハシモトトンネルが完成する以前の旧下水道入り口が存在している。

業者がマンホールを設置するまでは剥き出しの状態だったので、

当時は今よりも酷い悪臭と溢れ出す害虫に苦しめられていたらしい。


当然入り口は施錠されていたが、シンシアは預かっていた鍵を使った。

鍵穴にウネリンを注入して型取り、鉄クズから作成した物だ。

看守には地上から逃げたと思わせたいので証拠を残すわけにはいかない。


ローラの相棒、触手スライムのウネリンは防護服と共に下で待機中だ。

突入前に着替えられればよかったのだが、ウネリンも万能ではない。

鍵を運ばせる時に魔物避けの結界に触って死にかけた事がある。

それ以降は地下から侵入させているが、マンホールの蓋を開ける力がない。

道具を持ったままローラの元に辿り着くのは不可能だった。


とりあえず体重の軽いローラが一度降りて物資を回収した。

もし酸欠や硫化水素中毒で倒れた場合に救助がしやすいという理由だった。

幸い事故は起きず、必要な物は手元に揃った。ローラは目に涙を溜めていた。

精神的なものではなく、異物の侵入を防ぐための自然な反応だ。


防護服、ガスマスク、空気ボンベを装着後、

粘着テープで隙間が埋まっているか念入りに確認し、

仕上げに害虫対策のハッカ油を全身に塗り込んだ。


3人が梯子を降りて最初に思ったことは「暑い」だった。

厳重な装備のせいもあるが、外との温度差が大きいのだ。

季節は冬で、水に関わる場所なのに寒くないのは少し意外だった。

そして足元を流れる水の色を見て「やっぱり汚いなあ」と思った。

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