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第二脱

「あのさ、ローラさん

 君の相棒はなんでも溶かせるらしいけど、

 まさか看守さんを溶かすなんて事はしないよね…?」


後日、ビビった様子のアレックスが質問してきた。

こいつを引き入れようとしたのは間違いだったかと思いながらも

計画を知られた以上は無下にできないと判断して回答した。


「必要ならそうするけど、看守の相手する暇なんてないね

 ちなみに私たちは下水道を通る事になるから覚悟しときな」


「下水道? うえぇ……臭そうだなぁ…」


それはこの世界に異世界式水洗トイレをもたらした偉大なる人物の名から取り、

“ハシモトトンネル”と名付けられた大陸全土を巡る巨大下水道だ。

ローラたちが今いる監獄にも水洗トイレが備わっており、

そこに下水道が存在するのは自明の理であった。


「臭いだけならまだ我慢すりゃいいだけの話なんだけどね

 下手すると硫化水素中毒で死ぬから、ガスマスクを用意してるってわけ」


ガスマスクだけではない。密閉性の高い防護服の調達も行なっている。

隙間から悪臭が入り込めば不快極まりないし、害虫対策もしなければならない。

根性が据わっているローラとシンシアなら耐えられるかもしれないが、

貴族育ちの甘ちゃんアレックスには到底我慢できる環境ではない。


ローラには他にもやる事がたくさんあった。

使役する魔物の目を通して監獄の構造や兵士の行動パターン、

業者が出入りする時間、近場の森の視察などを同時進行している。


「ん? 下水道から逃げるんだよね?

 地上の情報収集なんて意味ないんじゃないの?」


「あのねえ……、情報は何より大事よ?

 現に今、あんたは年下の小娘をリーダーとして信頼してる

 それはあんたたちよりも多くの情報を持ってるからでしょ? 違う?」


アレックスは何も言い返せなかった。




ローラたちは金銭絡みの犯罪者が送られるB棟に収容されており、

暴力事件で捕まったA棟の囚人たちと比べて行動制限が緩い。

昼の自由時間が長く、地上で運動することを許されており

売店にはタバコが置いてあり喫煙も自由だ。


「ねえ、ローラ

 あたしら2人だけで逃げた方がよくない?

 あの新入りはなんだか頼りないし、

 足を引っ張りそうな予感がすんのよね〜」


シンシアは鉄柵にもたれかかり、煙と共に呟いた。

アレックスに対する評価は同意できるが、2人では成功率が低い計算だ。


「あいつに期待してるのは戦闘力だけじゃないの

 下水道を突破したらまずはあいつの家で金目の物を頂いて、

 そいつを売り捌いて逃亡資金として活用させてもらいましょう

 私には宝石の価値はわからないから、目利きはあんたに任せるよ」


「どうせなら他にも何件か引っ掛けて稼いでもいいんじゃない?」


「あんまり盗りすぎても捌くのに時間がかかるし、

 被害者が増えるほどリスクも増えるでしょ

 この脱出劇はスピードが命だからロスは避けたいの

 具体的には脱獄決行から3日以内に大陸から出るのが目標ね」


シンシアにはアレックスよりも詳細な計画内容を伝えた。

仲間外れにしているわけではない。()()()()ことが重要なのだ。




B棟の囚人が優遇される事は他にもあった。

監獄内の環境維持に欠かせない経理作業の採用率が高い事だ。

ローラは炊事を担当しており、ちょろまかした果実から密造酒を作っていた。

彼女の酒は囚人たちの間で高い評判を得ており、取引材料としての使い道もある。


シンシアは図書の担当で、監獄に残り脱獄を手伝ってくれる協力者を探した。

今までは純粋で気の優しい男たちをカモにしてきたが、今探すのは逆のタイプだ。

出所する気がなく、囚人たちの王様を気取りたい性格の人物がちょうどいい。

なのでA棟に本の配達をしながら彼らの勢力図を調査した。


アレックスは内掃をやらされた。汚物空間への耐性を少しでも上げるためだ。

各種清掃をはじめ、布団干しや草むしりなどの肉体労働で体力作りも兼ねている。

最初は嫌がっていたものの、コツを掴んでくると楽しさを覚えたようで

今では自分の仕事ぶりにやり甲斐を感じている始末だ。


「それじゃあ駄目でしょうが

 なに働く喜びなんて感じちゃってんの…

 本当にここから出たいと思ってる?」


「うっ……、そりゃ出たいに決まってるよ…

 でも長年放置されてた汚れを綺麗に落とせた瞬間とか

 感動するというか自信がつくというか、達成感で満たされるんだ」


「そう… 逃げ切れたらその手の業者にでもなんなさいよ

 でも今考えるべきは計画通りに動くこと それだけに集中なさい」


「はい……」


どうも彼は根っからの悪人ではないようで、

他人を食い物にしてきたローラたちとは明らかに毛色が違う。

社会を知らず、調子に乗り過ぎて失敗した若者という印象だ。


「アレックス 何度も確認してきたけど、これが最後だ

 私はあんたを仲間に引き入れるように誘導したけど、

 もし本心から脱獄したいと思ってないのなら引き返しな

 …この計画は一度決行したら後戻りはできないし、

 失敗すれば死刑になるのは確実だ

 アレックス 脱獄犯になる覚悟はある?」


その質問にアレックスは熟考した。

ここで即答するような奴だったらこの時点で切っていたが、

彼は無自覚にローラが求める正解行動を取ったのであった。




シンシアの調べではダルトンとモーガンという囚人が

ボスの座を巡って対立しているらしい。

ダルトンは典型的な恐怖で支配するわかりやすい性格で、

モーガンは監獄内ビジネスでのし上がってきた頭脳派だ。


「まあ、協力者にするのはどっちでもいいけど

 とりあえず話の通じそうなモーガンかしらね

 ビジネスマンなら長期的な利益を視野に入れて

 こちらの提案を受け入れる可能性が高いし」


ローラの交渉カードは密造酒のレシピだ。

実はダルトン派、モーガン派の他にローラ派勢力が出来上がりつつある。

ほとんどの娯楽を禁止されたA棟の囚人たちにとって酒は麻薬も同じだった。

ローラ去りし後の監獄で覇権を勝ち取るには充分な魅力を持つ強力な武器だ。


「古株のダルトンの方も引き続き監視してもらえる?

 いざという時にカリスマ性を発揮するのはそっちだろうし、

 長年付き従ってきた部下たちの忠誠心が高いはず

 何か計画の手助けになる要素が見つかるかもしれない」


「了解、ボス」


そう言われて悪い気はせず、ローラはつい少しニヤけてしまった。

しかし、シンシアもニヤついているのを見てすぐ真顔に戻した。

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