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第十三脱

ローラはダルトンの手下たちに腐食液を配布した。

彼らを牢から出してくれた液体で、その効果を疑う者はいなかった。

これから奪う王家の船以外を無力化し、追跡を断念させるのが目的だ。


鮫害の対応で船の警備は薄くなっており、2人は簡単に侵入できた。

ローラはウネリンを鍵穴に注入して解錠したり、

その方法が通用しなければ溶解液で破壊して進路を切り開いた。

ダルトンは警備兵の相手だ。彼もまた悪人ではあるが、

殺人はしないという流儀の持ち主なので安心して護衛を任せる事ができた。




シンシアとバランタイン伯爵、執事カルロスの3人はローラを探していた。

突然鮫たちが共食いを始めたおかげで戦闘は楽になったものの、

それだけ事態の収束が早まるかもしれないというリスクを抱える事になった。

この混乱中に仲間と合流し、船に乗り込まなければならない。




アレックスとセーラは他の冒険者と共に激戦区の広場で戦っていた。

剣と魔法で人々を救うその姿はまごう事なき勇者であり、

さっきまで領主の屋敷で金品を強奪していた人物とは思えない。

セーラは実家の荷物を持ち出しただけという言い訳が通るが、

アレックスや若い農民たちにとっては完全なる窃盗行為だった。




海運倉庫では国王劇場の撮影が終わり、打ち上げムードに入っていた。

国王は騎士たちに命じ、確保していた食糧を避難民に振る舞った。

エマはスマホのバッテリーをだいぶ使ってしまったので、

手動の発電機を回して充電作業に入った。


その安全地帯が突如として崩壊した。

轟音と共に倉庫の壁が吹き飛び、天井を食いながら突き進む

巨大な何かが避難民の頭上を通り過ぎていった。

それは攻撃ではなく、ただ通過していっただけのようだが

多くの避難民が怪我を負い、血の匂いが小鮫の大群を引き寄せた。


騎士たちは戦闘班と救護班に分かれ、その場を死守する事に努めた。

エマと国王は軽症で済み、エマは今のシーンを撮影できなかったが

国王はバッチリとインパクト映像を収める事に成功していた。

やはりこの男はリスナーだった。


死者が出なかったのは不幸中の幸いだったが、

混乱に乗じて倉庫から消えた人物が一人いた。




広場の冒険者たちは苦戦していた。

鮫の共食いによってようやく数の暴力に終わりが見えてきた頃に

新たなる脅威、大きさの暴力が出現したのだ。


生態系の変化によって生み出されたモンスターは海上鮫だけではなかった。

仮に「地下鮫2」としよう。

それは下水道を追い出された後に明るくて広い海を克服できず、

自分が大きくなれば周りが狭くなると信じて変異した個体だった。


しかし世界は思っていた以上に広く、大きくなりすぎたせいで

下水道に戻れなくなり行き場を失った悲しき存在であった。

その全長は100メートルを超え、観測史上最大の空飛ぶ鮫だった。


まだ動ける冒険者は全員が腕に覚えのある強者であったが

その巨体にはまるで歯が立たず、山とでも戦っている気分になった。

弱点は鼻なのだが、現場にはそれを知る人間が1人もいなかった。

勇者学校では鮫の生態なんてマニアックな授業は教えていない。

首席で卒業したセーラもこの状況にはお手上げだった。


「とっ、父さん……!?」


アレックスが急に声を上げ、彼が見ている方向ではその父が戦っていた。

堅物執事も参戦し、老人とは思えない槍捌きで小鮫を処理していた。

一般人のシンシアは硬そうな帽子を被り、腕に怪我を負っていた。

彼らはこちらに気付くとハンドサインで状況を知らせてきた。


伯爵は執事に命じ、予備の剣を息子に渡した。

彼がこの町へ来た真の目的は果たせたようだ。


「その剣は我が家に代々伝わる家宝だ 質に入れたりするなよ?」


アレックスは呆けていたがすぐに気を取り直し、戦闘を再開した。

いつまでもナイフで戦うわけにはいかない。やはり勇者には剣が似合う。

この場は勇者親子に任せ、セーラは怪我人を安全地帯へと護送した。




倉庫は原型をとどめていなかったが避難民たちは無事だった。

周辺に散らばる鮫の死体を見る限り、騎士だけでなく彼ら自身も

勇気を出して武器を取り戦った形跡が見られた。


「先輩!姐さん!無事でよかった〜! こっちゃ大変でしたよも〜!

 でっかい鮫がこう、ドガガガって… あっ、陛下の映像観せたらいっか」


セーラはエマの言葉を遮り、シンシアに発言させた。

この場に国王陛下が居るのはそれはそれで気になるが、

9歳の子供が行方不明だという事実の方が優先事項だった。

これだけ町に被害が出ていて死傷者が0人という事はあり得ない。

もしかしたらローラはとっくに鮫の餌食になっているのかもしれない。

安否不明な子供の捜索よりも現状の脅威を排除する方が優先されて然るべきだ。


それでも国王はシンシアの願いを聞き届けた。

必要最低限の騎士だけをその場に残し、あとはローラの捜索に向かわせたのだ。


国王はシンシアの顔を知っていた。息子をたぶらかした詐欺師だと知っていた。

それでも彼女に協力しようと思ったのはエマとセーラの仲間だったからだ。

エマが配信するセーラ動画はこの世界でスマホを持っている人間にとっては

最上級の娯楽であった。そして国王は初期から追っているコアなファンだった。




町の入り口には馬車の渋滞が出来上がっていた。

移住希望者は5000人に膨れ上がり、それだけ物資の量も増加した。

巨大な鮫が暴れている光景はその場からも確認する事ができ、

領民たちは引き返そうとしたが後続に挟まれて身動きが取れなかった。


王都が誇る最強の精鋭部隊である。

彼らは目的を遂行するまで決して退かないプロフェッショナル集団であり、

一旦退がればいいものを領民の馬車を押し込んで進もうとしたせいで

隊列がぐちゃぐちゃになり、彼ら自身も身動きが取れなくなっていた。


そうこうしているうちに巨大鮫動画を見て駆け付けた

近隣の冒険者が集まり、現場は混迷を極めた。




セーラは広場に戻り、戦況に変化がない事を確認した。

むしろさっきより状況が悪化している。

長時間戦い続けた冒険者たちは疲弊しており限界が近い。

インパクト映像に味を占めた国王がついてきて邪魔だ。

その国王をニヤニヤしながら撮影するエマも邪魔だ。



そんな状況に一筋の光が差した。



聖剣光線ではなく、比喩だ。

海の男が活路を切り開いたのである。


「──弱点は鼻だっ!! 雷属性が有効だっ!!」


その場にいた冒険者たちは彼の姿を見て一瞬眉をひそめたが、

このまま胴体を攻撃し続けても埒が明かないとは薄々気付いていたので

彼の言葉を信じて巨大鮫の鼻を集中攻撃し始めた。


その助言は本物で、鼻を攻撃されるようになった巨大鮫は

先程までとは違う反応を見せるようになった。

攻撃される度に体の方向を変え、撫でられた建物が吹き飛ばされる。

怒った巨大鮫が上空へ逃げたかと思えば次の瞬間には急降下で

冒険者たちをまとめて押し潰そうと反撃する。


大迫力の怪獣動画を撮影できて国王は興奮している。

必死で護衛する側近の騎士たちの気苦労が絶えない。


「どおりゃあああぁぁっ!!!」


船着場の方向から飛んできた特大サイズの槍が巨大鮫の鼻先に突き刺さった。

これまでで一番効いたらしく、地面に落ちて大暴れしている。

この状態で近づくのは危険すぎる。後は遠距離攻撃の出番だ。

現場に残った冒険者の中で最も雷属性の魔法が得意な人物が名乗りを上げた。


「みんな、僕に魔力を分けてくれ!!

 避雷針がある今なら確実にトドメを刺せるはずだ!!」


冒険者たちはアレックスの呼び掛けに賛同し、

受け渡し能力のある術者が集めた魔力をアレックスに注入した。


「ちゃんと決めなさいよー?

 ここで外したら責任重大よー?」


「あはは、プレッシャーかけないでよセーラ

 …でも大丈夫! 僕は実技で光る男だからね!」


その言葉通りアレックスの周囲に発生した静電気がバチバチと音を立てて光り、

暖かい風と冷たい風が交差して広場の上空に雷雲が形成されてゆく。

魔力を分け与えた冒険者たちは少し不安になった。

「そんな演出はいいからさっさとトドメを刺せ」という気持ちで見守った。


それはセーラの入れ知恵だった。

国王陛下を満足させれば恩赦を与えられるかもしれないという打算だ。

その目論みは上手くいっているようで、陛下は口を半開きにしながら

手ブレしないように両手でスマホを支え、若き勇者の姿を撮影している。



そして一筋の光が落ちた。


一瞬遅れて空気を切り裂く音がついてきた。



巨大鮫は天を仰いだままピタリと静止している。


「……やったか!?」


国王の発言から数秒後、巨大鮫はゆっくりと傾き始めて

そのまま重力に任せて地に沈んだ。



──人類の勝利だ!



現場では大歓声が巻き起こり、共に喜び合い、皆がお互いの健闘を褒め称えた。

セーラはこの勢いならいけると思い、アレックスに抱きついて勝利を祝福した。

エマはドサクサに紛れて体を触ってきた男を撮影して騎士に引き渡した。

国王は巨大鮫に刺さった特大サイズの槍に目を留めた。

それは槍ではなく、見覚えのある紋章が描かれた旗だった。


「あっ……! さっきは本当にありがとうございます!

 あなたのアドバイスのおかげで僕たちは勝てたんです!」


鮫の弱点を教えた海の男は照れ臭そうに笑った。


「いやいや、俺は口出しただけだからね〜

 実際に戦ってた君らの頑張りが招いた勝利さ

 つか、馬車で会った時に教えときゃよかったな だははは!」


マリンショップの店員だ。

アイテム調達からボス攻略まで活躍した陰のMVPとも言える男だ。

彼は鮫たちの死体を見て少し寂しそうな表情になった。


「……こんな状況で言うのもあれだけど、

 あんまりこいつらを恨まないでやってくれよな

 みんな生きるのに必死なだけなんだ 鮫も、人も…」




戦いが終わったという連絡が倉庫にも届き、避難民たちも歓声を上げた。

執事カルロスは伯爵からの使いでシンシアを連れてくるよう命じられていた。


「…シンシア殿、旦那様がもう時間切れだと仰っております

 精鋭部隊が到着する前に仲間と逃げろとの事です」


「そんな…… ローラがまだ見つかってないのに!?

 置いて行けるわけないでしょ!?

 言っとくけどあの子がリーダーなんだからね!」


「その少女は必ず我々が見つけ、保護すると約束しましょう

 それよりも御自身の心配をなさって下さい

 …と言うのが旦那様の意見でございますが、

 これ以上旦那様に犯罪の片棒を担がせないで頂きたい

 と言うのが私の意見でございます

 貴女には速やかに消えて頂きたいのです」


ローラが心配だが、情に厚い伯爵なら約束を守ってくれるだろう。

カルロスの言う事はもっともだ。悪気があっての発言ではない。

逃亡を手助けしたのが明るみに出れば伯爵もただでは済まない。


シンシアの心中では天秤が揺れていた。

捜索は伯爵や国王たちに任せて逃亡するか、

少女一人のために危険を冒して留まるか…。


「……お嬢さん、お行きなさい

 私たちが残ってその子を探しますよ」


年配の農民が申し出た。他の農民たちと話し合った結果のようだ。


「私たちは暴政に苦しめられて逃げ出そうと決めたが、

 あんたたちのおかげで領主はもういない

 これからはまた元の暮らしに戻れるんだ…

 それに若い連中は新天地でもやっていけるだろうが

 正直、私たちは不安だったんだ……」


シンシアは胸が詰まり、泣きそうになった。

農民たちに後押しされて安心してしまったのだ。

子供のためなら命を張れると思っていたのに、

結局は自分の事しか考えていない人間なのだと落胆した。


このままここにいたら本当に泣いてしまいそうだったので、

彼女は農民たちに別れを告げて倉庫を後にした。




時は少し遡り、国王の船を制圧したローラにはある物が目障りだった。

船の中央あたりに生えている王家の旗だ。

やはり王家の船はまずいかなと揺らぎ始めていた。


ダルトンに旗を下ろせるか聞いたところ彼は柱ごとぶっこ抜き、

中央広場で暴れている巨大鮫めがけてぶん投げた。

それは見事に命中し、急に天気が悪くなったかと思いきやすぐに晴れた。


「がっはははは! どォんなもんよ!!

 この俺様の手にかかりゃあ鮫なんかただの魚よォ!!

 どうだローラ? あと3年もしたら俺様の女にしてやってもいいぜ?」


「えっと… いや…

 私まだ子供だから恋愛とかよくわかんなくて…」


「んん〜、まあそうだな! 返事は急がなくていいぜ!

 俺様は人生の半分以上を監獄で暮らしてきた男だ!

 辛抱強い男だから1年でも2年でも待ってやるぜ!!」


「そう…… とりあえず動かす準備はできたから手下を集めてきて

 別働隊が持ってくる物資の搬入ルートを説明しなきゃ」


「おうよ! ちょっくら行ってくらァ!」



ダルトンを追い払ったローラは船首に立ち、水平線を眺めた。

この3日間、途中で失敗もあったがなんとか挽回する事ができた。

計画通りではなかったが、もうすぐ目的を果たせる。

目指すは北の大陸メスキア、ヴィッキニア帝国。


この脱獄劇の成功を確信したローラは

一足先に勝利のオレンジジュースを飲もうと厨房へ向かおうとした。


しかし振り向いた先には狂人の目をした男が立っており、

クロスボウをこちらに向けて息を荒くしていた。


「あのクソ国王め… 爵位の剥奪などさせるものか……

 陛下の船に押し入る泥棒め… 貴様を捕まえて手柄を立ててやる……!」


ローラは海上鮫の時の反省を活かし、今度はすぐに動いた。

大人と戦って勝てるわけがない。矢で撃たれるより溺れ死んだ方がマシだ。

そう覚悟して躊躇する事なく真冬の海へ飛び込んだ。


「があ…っ!? 逃げるなクソガキがっ!!

 貴様をお家再興の礎にしてやると言ってるんだ!!

 さっさと出てこい!! ありがたく死ねええっ!!」


彼は支離滅裂な事を言っていたが、水中で音が濁ってよく聞こえなかった。

顔を見たのは初めてだが、おそらくシンシアから聞いた悪徳貴族だと推測した。

ここまで来てくだらない人間のせいで計画を潰されてはたまったもんじゃない。


元侯爵は海中に向かって矢を数発撃ったが人影には直撃しなかった。

自分も飛び込めばとも思ったが、この寒さで水に浸かるのは嫌だった。

5発、10発と撃ち込むが狙い通りの軌道に乗らない。

鮫の体当たりを受けてフレームが歪んでいたのだ。


矢を全弾撃ち尽くした彼はどうしたものかと考え込み、

しばらく水面を見つめて随分と長く潜っている事に気づいた。

正確な時間を測ってはいないが、おそらく5分以上は経っている。

身を乗り出して見物していると、やがてその人影は海の底へと消えていった。


「ふはっ、…ふははははははっ!!

 やったぞ!! 私はやったぞーーっ!!

 不届き物のクソガキをぶっ殺してやったぞ!!」


狂喜乱舞する男を辛辣な目で眺める人物の姿があった。

彼らの目が合うと、元侯爵は心の底から嬉しそうに報告した。


「陛下! 見ていて下さったのですね!?

 私はやり遂げましたよ! 魔物との戦いに乗じて

 陛下の船を盗もうとしたクソガキを仕留めました!

 きっと魔物を呼び寄せたのもあいつでした!

 私にはわかります! 私は救国の英雄なんです!」


彼は完全に壊れていた。

たとえ相手が罪人だとしても、子供を殺して喜ぶ人間が英雄のはずがない。

もう爵位の剥奪なんかでは済まされない。国王は怒りのままに告げた。


「……貴様を処刑する」


「えっ──」


しばしの沈黙の後、元侯爵が困り笑いしながら聞き直したが

国王の意志は変わらなかった。彼は逆鱗に触れてしまったのだ。

国王を探しに来た騎士の姿が見え、逃げないと命が無い事を悟った元侯爵は

弾切れのクロスボウを国王に投げつけ、怯んだ隙に全力で走り出した。


切羽詰まった元侯爵が真っ先に思いついた逃げ場は自分の小型船だった。

ここは船着場だし、町中ではまだ鮫と戦闘中だと思い込んでいた。

この港町へは遊びに来たわけではないので鍵は持ってこなかったが、

なんとか船を動かす事さえできればどこへでも逃げられる。


そして彼に幸運な出来事が起こった。

鍵が無いのにどういうわけかモーターボートのエンジンがかかったのだ。

放置していた故障箇所が直っているし、なぜか燃料が満タンだった。

これはローラの細工がそのままにしてあった結果である。


更に幸運な事に、彼を追う騎士たちが乗り込んだモーターボートは

整備不良なのか全く動かない状態になっていた。

これはダルトンの手下に配布した腐食液の効果である。

しかも訳あって元侯爵の船だけは腐食液が足りなくなってしまったのだ。


絶望的な状況から一転、元侯爵は幸運の連続により

希望の海へと飛び出す事に成功したのである。




1時間ほど海原を進んだ元侯爵は突然、後頭部に強い衝撃を受けた。


鳥か?飛び魚か? などと思考し、振り向いた先には少女が立っていた。


さっき溺れ死んだはずの少女が鋳造用金型を床に放り投げ、

背中からスピアガンを取り出して元侯爵に向けた。


「……降りな」


それはとても子供とは思えない冷たい目で、

従わなければ殺されると直感が告げた。

その殺気は国王が見せたものとよく似ていた。


「あ、いや…… お嬢ちゃん、違うんだよ…

 さっきのあれはほら、お芝居の練習でね?

 びっくりさせちゃってごめんね……?

 おじさん、君を助けようとしてたんだけどね、

 なんか勘違いさせちゃったみたいだね〜 あはは…」


「1」


「とにかくそんな危ない物はしまおう……ね?

 そんな物を人に向けちゃダメだって

 お父さんやお母さんから教わらなかったのかな?」


「2」


「降りろって言われても、君に船なんて操縦できないよね?

 そうしたら困るのは君だよねえ!? ハハハハハハ!!」


「3」


ローラはカバンからワインボトルを取り出して元侯爵に投げつけた。

割れた瓶の中から液体が飛び散り、彼の全身から煙が発生した。


「えっ、なんだこれ…… う、うわあああ!?

 溶けっ…溶ける!? なんだこれえええぇぇ!!!」


パニックを起こしている彼とは真逆に冷ややかな態度のローラは

大吟醸酒の瓶を取り出して追撃した。


「ひいああああ!! 助けてくれえええ!!

 私は領主だぞおお!? 処刑するぞおお!?

 いややっぱり嘘だから助けてええええええ!!」


命乞いする無職を見下しながら、ローラは次の瓶を取り出した。



元侯爵の体から煙が消え、そこに残っていたものは全裸のおっさんだった。

さっきの液体はローラの兄が夢にまで見た“服だけ溶かす液体”だったのだ。

何が起こったのかわからない男は完全に怯え、あるいは寒くて震えていた。


ローラの追撃はまだ終わらなかった。

洗浄液を床に撒き、シュワシュワと泡立てたのだ。


「降りな」


男はそれを“服じゃないものを溶かす液体”だと思い込み、

そんな死に方は絶対に嫌だったので観念して真冬の海へ飛び込んだ。


ローラは海に落ちた後ウネリンが全身を包み込んで体温を保護してくれたが、

あの男には一切の装備を持たせずに放流したのでどうなるかわからない。

ちなみに5分以上潜っていられたのは小型ボンベのおかげだった。


とりあえずこのままメスキア大陸まで行ける燃料は無く、

捕まる可能性があるものの港に帰るしかなかった。

ローラは船を転回させ、仲間の元へ向かった。




──1ヶ月後。




セーラは不憫な少女であった。

意中の幼馴染からは恋愛対象として見られず、同級生からは怖がられていた。

母が死んで以来、父は邪教に傾倒して暴政を敷くようになった。

その父に殺されかけたが反撃し、事実を知った国王が爵位を剥奪した。

娘であるセーラも貴族ではなくなったが、それは別に気にしていなかった。


「ちょっとーー!! 出しなさいよーー!!

 私は実家の荷物を運んでただけでしょーーが!!

 悪いのは全部この女のせい!! ここに黒幕がいまーーす!!」


「まあ落ち着きなさいよ あんたも1本吸う?」


「吸わんわ!!」


セーラはシンシアと同じ部屋にいた。

逮捕されたわけではないが脱獄計画の関係者として王宮に軟禁されていた。

アレックスとダルトンは別室におり、前科無しはセーラだけだった。


この中の誰かがヘマをしたわけではない。

強いて言うならダルトンの手下がやらかした件が関わっている。

腐食液は瞬発力と機動性の高い小型船だけに使えという指示を無視し、

腹いせに商船や観光船などをダメにして経済的打撃を与えてしまったのだ。



「クソが…… 俺のローラの命令を無視しやがって……

 ここを出たら再起不能になるまでぶん殴ってやる……」


「まあ落ち着こうよ、ダルトンさん

 ボスが言ってたけど、『他人に任せた以上は文句言うな』ってさ

 リーダーとしての心構えが出来てて偉いよねぇ」


「…! あいつやっぱすげェな! さすがこの俺様の女だぜ!!」


結論を言えば彼らは恩赦を与えられ、全員釈放される事になった。

しかし港町の復興に必要な海上輸送網をズタズタにした責任があり、

その処遇をどうするかで上層部の人間が話し合っていた。


鮫害の被害を最小限に抑えた彼らの活躍はめざましく、

過程はどうあれファーレンハイト家から持ち出した家財のおかげで

被災者たちは厳しい冬を乗り越える事ができた。

その場に押し寄せた移住希望者や精鋭部隊、冒険者たちの協力により

かなりのスピードで町は元の姿へと近づいている。



しばらくして親衛騎士が訪れ、4人を謁見の間へと案内した。

そこにはローラとエマだけでなくバランタイン伯爵と執事のカルロス、

マリンショップの店員や若い農民など、世話になった顔ぶれが集結していた。

そして玉座におわす国王陛下が立ち上がり、彼らの処遇を発表した。


「北の大陸メスキアが鎖国状態に入ってからもう10年が経つ…

 かの有名な商人アランでさえも正確な近況を把握していないと聞く

 そこでだ…… 我々は調査団を結成し、メスキア大陸へ乗り込もうと思う

 強制はしないが、できればそなたらは調査団の一員になって欲しい

 残るならば港町の復興作業を手伝ってやって欲しい これも強制ではない」


それは考え得る中で最も寛大な処遇だった。

どちらを選ばなくてもペナルティーを課せられない。

それは自由と呼ばれる選択肢だった。


そもそもメスキア大陸は亡命先としか考えていなかったので、

罪が洗われた今となっては行く必要が無くなった。

港町の復興も現地の人手で充分事足りているので参加する意味が薄い。

国王が撮影した動画のおかげで今やヒーローとなった彼らは

この大陸に残ればチヤホヤされる事間違いなしだ。


「俺は行きます!」


先陣を切ったのは若い農民だった。


「その国は女性の楽園だと聞きました

 …男を奴隷にするとも噂されてるようですが、望むところです!」


彼の決意は固い。


「私は残り、領民を募って船舶の修理を手伝いましょう」


バランタイン伯爵が残る意志を示し、カルロスもそれに従った。


「私も行かないわよそんな野蛮な大陸…

 残って復興手伝いましょ、アレックス」


「僕は調査団に加わろうと思います

 戦争の原因と長引いてる理由を知りたいし、

 こんな僕でも何かできる事があるかもしれない

 そう考えたらもう踏み留まる事はできません!」


「はああぁぁ!? 何言ってんの!?

 私も行ってやろうじゃないの!!」


勇者2人が調査団入りした。


「熱いねぇ… やっぱ君、最高にHOTだぜ!

 よっしゃ!俺も行くぜ! じっとしてらんねえや!

 メスキア大陸のインフラ具合も気になってたしな!

 橋本軍団の一員として調査に参加させてもらうぜ!!」


「んんん!? 橋本軍団!?」


「おっと自己紹介がまだだったな…

 俺はマキシマ! マリンショップ“海のマキシマ”の社長だ!

 下水処理場の管理者もやってるぜ〜?

 大好きな海に汚水をそのまま放流させたくないからな!」


偉人の弟子が調査団に加わった。


「自分はイージア大陸に残り、国のために鋭意働く事を誓います!」


「ん……? そうか… 頑張りたまえ」


「ハッ…!! もったいなきお言葉…!!」


国王はその青年に見覚えが無かった。

他の者たちも記憶にないが、一応関係者として調書を取られていた男だ。

ローラだけは彼の存在をぼんやりと思い出していた。

脱獄初日に鉄柵の外にいた若い兵士だ。

彼が速やかに応援を呼んだおかげでダルトン一味との衝突が起き、

その後の時間稼ぎが予想以上に成功したのだった。


「私は調査団の一員としてメスキアに向かいます

 そして二度とこの大陸には戻らないと約束します

 釈放され、法律上は罪を許されたとしても

 私が傷つけた方々は私を許してはいないでしょう

 そんな私が英雄扱いされるのは不快なはずです」


シンシアがいつになく真剣な表情で決意表明をした。

それは純粋な本心で、人生で初めて述べた反省の言葉だった。


「私も行きま『ローラが行くなら当然俺様も行くぜえェ!?』」

「帰る家はない『今日から俺様が家族になってやるぜ!!』」

「お金もな『そんなん奪っちまえばいいんだよォ!!』」

「ダルトンうるさい!!」 「…………おゥ」


頭脳&筋肉コンビが加わった。


「当然わたしもついてきますよ〜

 未知なる大陸の現地レポ、楽しみにして下さいね〜」


記録係が加わった。


「久々の海外旅行、楽しみじゃのう…

 エマ殿、どちらの動画が伸びるか勝負しようではないか!」


「えっへへ〜 負けませんよ〜」


「はあぁ!? 馬鹿ですか!?

 陛下自ら行く必要はないでしょう!!」


親衛騎士が国王を止めようとしたが、強権発動により黙らせた。



かくして国家事業の一環として総勢300名のメスキア大陸調査団が結成され、

彼らは未知なる地の開拓を目指して希望の海へ出発したのだった。




──2ヶ月後。




男たちは牢屋の中にいた。

メスキア大陸に上陸した時は水着の女性たちに歓迎されたように思えたが、

彼女らは男の存在を確認すると凶暴化し、突然襲いかかってきたのだ。

武器を持たない水着の女性に反撃するわけにもいかず、男たちは耐えた。

中には抵抗せずにされるがまま縛り上げられた男もいた。


その状況をほとんどの者は理解できなかったが、

少数の異世界人には心当たりがあったようだ。

彼らは口を揃えて「ビキニアーマーだからヴィッキニア」と言っていた。


女たちは拘束こそされなかったものの、奇妙な儀式に巻き込まれていた。

大人と子供に分けられたのだ。

大人と判断された者はヴィッキニア帝国へ、

子供と判断された者はメスキア帝国へ振り分けられた。


ただ、調査団に参加した女性はほとんど成人だったのに

この大陸では年齢だけが基準ではないようで、

顔の幼さや体のサイズなども関係しているようだった。

セーラはメスキア帝国に振り分けられて憤慨した。


少数の異世界人はこれにも心当たりがあったようで、

「メスガキだからメスキア」と呟いていた。

ちなみにメスキア人も水着…ビキニアーマーだった。


異世界人たちは首を傾げていた。

どうも時代が合わないという話をしていたが、その意味がわかる事はなかった。


捕らえられた男たちは完全に奴隷として扱われ、拒否権は無い。

主に労働、戦争、性の3種類に分けられ、それを選ぶ自由は存在した。

この奴隷たちは両国の共有資源として扱われているようで、

金や物資、他の何かで売買が可能なようだ。


性奴隷は地雷だ。いい思いができると思ったら大間違いだ。

女主人と楽しい事ができる者はごく稀で、ただのサンドバッグにされるか

性奴隷同士の絡みを強要して見世物にされる末路が待っている。

それを理解した上で志願する上級者もいるらしい。


戦争奴隷は想像した通り、男同士で両国の代理戦争をする駒だ。

この勝敗が大陸の覇権を握る要素であり、何百年も決着が着いていない。

資源である男の数を減らさないように武器の使用は禁じられている。

ダルトンの得意分野であり、彼は迷う事なくこの役割を選んだ。


そして労働奴隷は辛いとは聞いていたが、割と職業選択の自由があり

労働内容や拘束時間もそれほどきついものではなく、当たりだった。

それでも中には誰もやりたがらない汚れ仕事が存在し、

アレックスとマキシマはその不人気職に志願した。


下水道の整備だ。

イージア大陸のものとは全く比べ物にならない酷い環境だが、

だからこそやり甲斐がある。彼らは闘志を燃やした。


国王が撮影した鮫動画はこの大陸にも伝わっていたらしく、

王族の身分とは関係なしに特別待遇を受ける事ができた。

自由奴隷とかいう意味がわからない立場で、

エマと組んで各地で撮影の旅を楽しんでいるようだ。


リディア(シンシア)はヴィッキニア帝国で着々と成り上がっているらしい。

女の敵は女と言わんばかりに歯向かう相手を貶めて叩きのめす。

悪女としての才覚を遺憾無く発揮できる環境に納まったようだ。

この短期間で手に入れた奴隷の数は10を超えると伝え聞いている。



そして……、



「お兄ちゃん、地獄から見ててね…

 これが私の錬金術……! 全額BET!!」



ローラは今夜も負けた。



「……何してんのよーーー!!

 そのお金はアレックス買うお金ぇ!!

 私の給料返しなさいよこのクズがっ!!」


「あちゃ〜… やっちゃったかぁ……

 ねぇセーラ、悪いんだけどお金貸してくんない?

 負け、負け、って来てるから次は勝てると思うんだよね

 絶対増やして返すからさぁ… お願い! 勝てばアレックス買えるからさ!」


「このクズがーーーっ!!」






「はあ…… 明日もバイト見つけなきゃ……

 てかあんたもちょっとは働きなさいよ!」


「…ごめん、セーラ

 海に落ちて以来、体調がね…… ケホッ、ケホッ」


「演技ィ!!」


賭博場を後にした敗北者2人は意気消沈していた。

セーラを言いくるめてローラが溶かす、いつものパターンだ。

こんな事を繰り返していてはいつまで経ってもアレックスを買えない。

彼だけではない。ついでに他の仲間たちも取り戻したい。

中にはこの大陸のやり方に順応している者がいて、そいつらはもうダメだ。


当たり前の話だが優秀な奴隷ほど値段が高い。

メスキア大陸調査団はイージア大陸の代表の集まりなので

基本的に全員優秀な人材で高額であり、最低でもメスキア金貨100枚は掛かる。

男に働かせて稼ぐ環境なので奴隷無しは自分で働かなければならない。

持たざる者には厳しい世界なのだ。


しかしローラにその気はない。楽してお金を稼ぎたい。



ローラは脱獄を決意した。








下水熱。


それは年間を通して温度変化の少ない下水環境が生み出すエネルギーである。

夏は冷たく、冬は暖かく、というやつだが環境問題の話をするわけではない。

その温度差エネルギーによって一命を取り留めた人物がいた。


彼の名はアーサー。

爵位を剥奪され、家名を失った男だ。

真冬の海を一心不乱に泳ぎ切り、死にたくないという執念で辿り着いた先は

大量の羽虫が飛び交う地獄の門……旧下水道だった。


発狂しそうになるのを必死に堪えて虫の雲を突破すると、

そこは命の暖かさを感じられる楽園だった。

冬なのに暖かい。それだけで彼は生の実感を取り戻したのだ。


彼は奇跡に感謝していたが段々慣れてくると匂いや汚れ、

害虫などが気になりその場を離れたくなった。

しかし外は真冬で凍える寒さだった。

生き延びるためにはここで過ごすしかないと悟り、

彼は下水道での生き方を試行錯誤した。


飲み水の作り方を知らない彼は海水を飲んで死にかけた。

そもそも外は寒いし、もう絶対に出ないと誓った。

火の起こし方も知らず、飲食の問題をクリアできない彼は

禁断の最終手段に手をつけてしまったのだ。



汚水を生で飲んだ。



最初のうちは何度も吐き出して脱水症状に陥っていたが、

繰り返しているうちに免疫が出来上がり克服してしまったのだ。


汚水を克服した彼はゴキブリにも手をつけるようになり、

あらゆる病原菌に対する抗体を獲得していった。


ネズミ、ゲジゲジ、よくわからない虫。

彼にとって下水道に住まう害獣、害虫、益虫、その他は餌と化していた。


そんな生活を続けているうちに体に異変が起こり始め、

足が増え、羽が生え、触角、尻尾、瞬発力、汚水を飲んで回復する体質、

暗闇でも獲物を察知できる視力、虫の足音を拾える聴力、嗅覚、触覚…。



今ここに、新たなるモンスターが誕生しようとしていた──。

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