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第十一脱

「そんなの私がやるわけないでしょ!?」


セーラは拒絶した。

当然だ。詐欺師が自己犠牲の精神を発揮したかと思えば、

次の瞬間には偽装誘拐の協力を持ち掛けてきたのだ。

これだから詐欺師は信用できない。


「本当に誘拐するわけじゃないわ フリだけでいいのよ

 金か船、もしくは両方をもらえればそれで解放するわ

 さっきまでは子供たちを助けるとかそんな流れだったけど、

 自分も助かる方法があるならそれに飛びつくのは当然でしょ?」


「なにがフリよ! どのみち犯罪には変わらないでしょうが!

 アレックスの罪をこれ以上増やすんじゃないわよ!

 それに私まで共犯者になるじゃないの!!

 こうなったらもう、力ずくで止めてみせるわ!!」


セーラが聖剣に手をかけ、鞘から抜かれる前に

アレックスが2人の間に割って入った。


「どきなさいアレックス!

 そいつを連行すればあんたは助かるのよ!

 まさかその女に惚れてるんじゃないでしょうねえ!?

 男を食い物としか思ってないただの女狐よ!!

 騙されちゃダメよ!! 目ぇ覚ましなさい!!」


「い、いや…… 本性知ってるし、それはないよ…」


「だったら庇う必要ないでしょ!

 邪魔する気ならあんたにも痛い目見てもらうからね!?」


セーラはアレックスが足首に装備している小さなナイフを見た。

学校の模擬戦で一度も勝った事はないが、今は武器の差がある。

それに本気で彼を悪事から遠ざけようという強い信念がある。


「くっ…、やるしかないか……!」


アレックスは素早く体勢を低くして、



そのまま土下座した。



「お願いだよセ〜ラァ〜〜〜!! 今回だけだからさ〜〜!!

 僕にはもう、君しかいないんだよ〜〜〜!!

 一回だけ…! 一回だけでいいからさ〜〜!!

 さっきは乗っかってくれるって言ったじゃないか〜〜!!」


「言い方ァ!!」


それは泣き落としだった。

この世界で18歳は成人として扱われる年齢だ。

その成人男性が脇目も振らずに同い年の女性に縋り付く光景は

なんとも異様であり、エマの写真コレクションを充実させた。


「…あんた、困った時はいっつもそうよね!!

 その泣き落としがいつまでも通用するとは思わないでよね!!」


「先輩、今までは通用してたんですね!」


「気付くな!!」




新たに2人の共犯者を加えた一行はエマの金で乗った馬車に揺られていた。

目的地は大陸最北端にあるヤンディール王国領の港町だ。

ファーレンハイト侯爵家が所有する小型船をその場で頂いて、

ついでに身代金もせしめてそのままトンズラする強引な作戦だ。

交渉材料はもちろん侯爵令嬢のセーラ。

なんだかんだで人質役を引き受けたチョロい女だ。


「それにしても、昨日は半日も歩いた道がもう半分かぁ

 やっぱり乗り物があると快適だなぁ…

 下水道を歩かなくて済むし本当に助かるよ、エマちゃん」


「いや〜、全然いいっすよ〜 お役に立てて何よりです

 …そういや乗り物といえば“異世界に自動車を走らせようプロジェクト”

 なんてのがつい最近、日本人村で始まったんですよね〜

 数年後にこの大陸で完成したとして、メスキア大陸に伝わるのは

 一体いつの日になるやら…… 気になったらこっそり帰ってきて下さいね

 そん時ゃ全力で隠れ家とか用意させてもらうんで」


「ジドウシャ…?」


「あ〜、馬じゃなくてエンジンとかガソリンとかで走る乗り物っすね

 …って言っても伝わらないか まぁ異世界人の新技術とだけ言っときます」


エマの放つ言葉には時々聞き慣れない単語が出てくる。

それは他のメンバーも同じようで、頭脳担当のローラも首を傾げていた。




早朝に出発して現在は昼過ぎだ。馬車のおかげで顔は見られていない。

5人と1匹はなんのトラブルにも遭遇せず目的地に到着した。


町の建物はデザインが統一されていた。

赤い屋根と白い壁が青い海や空とのコントラストを生み出しており、

ここが人気の観光地でもある事実を思い出させた。


「わたし、ここのシーフードパスタ好きなんですよね〜

 皆さんの分も買ってくるんでそこで待ってて下さい!」


一行は人目につかない路地裏の物陰で作戦を練っていた。

交渉の具体的な手順を煮詰める作業が仕上がっていない。


シンシアは昨日の失敗を糧に、ローラだけに任せないように

自分からも積極的に案を出して不安要素を削っていった。

アレックスとセーラにはあまり悪巧みをする才能がなかったので

ほとんど会話に参加できず、台本のチェックに専念した。


エマはパスタだけではなく、ピッツァと呼ばれる異世界料理も仕入れてきた。

彼女は缶切りのような器具でその黄色と赤を六等分に切り分けた。

チーズとトマトの匂いが場を制し、作戦タイムは強制中断された。

それはこの大陸から離れるのを躊躇するような魔力を持つ食べ物だった。


これから向かう先は戦争に明け暮れる野蛮な土地だ。

食糧は命を繋ぐ要素でしかなく、味に拘っている場合ではないだろう。

作戦の成否に関係なく、これが最後に食べるまともな食事かもしれない。

彼女らは最後の晩餐を余す事なく楽しんだ。




そして日没前、作戦決行の時が来た。

ローラとウネリンは船の調達、アレックスとセーラは身代金の受け取り、

シンシアとエマは邪魔にならないように隠れてやり過ごす。

そう取り決めて各班に分かれて行動開始した。


3時間後、侯爵を呼び出した海運倉庫で問題が発生した。

セーラの父は1人で来いという約束を破り、護衛を100人ほど連れてきた。

彼らは鎧もつけず、武器だけ持たされている素人の集団に見えた。

アレックスたちは練習した台詞が無駄になったのが少し寂しかった。


娘が人質に取られている状況でありながら、侯爵は突然クロスボウを放った。

それはアレックスが聖剣で弾かなければ人質に当たっていた軌道だった。

誤射ではなく確実に娘の頭部を狙って放たれた矢だった。

侯爵は強く舌打ちし、次の矢を装填し始めた。


「一族の恥晒しめ!! 聖剣を奪われる勇者なんぞ私の娘ではない!!

 ここへ来たのは国宝を奪還するという崇高な使命があるからだ!!

 兵士たちよ、剣を取れ!! あのゴミ共を始末するのだ!!

 犯人も人質も殺せ!! 一切の証拠を残すな!!」


言い放つと同時に再びセーラ狙いの矢が飛び、剣で弾かれた。


雑兵たちは侯爵の暴君ぶりに困惑した。

彼らはてっきり娘の救出任務に駆り出されたのだと思っていた。

戦争のない時代に生まれ、農地を耕して暮らしている領民が

無理矢理連れてこられて領主の娘を殺すよう命じられている。

善良な烏合の衆にそれは難しい話だった。


「……おい、貴様ら 私の命令が聞けないというのか?

 そのような愚民の血を我が領地に残すわけにはいかぬ

 大変心苦しいが、家族もろとも処刑するしかないな」


矢を装填しながら冷淡に脅迫する侯爵。

彼らはすっかり怯えて服従するしかなくなり、

震える手でそれぞれの武器を構えた。

人質合戦は侯爵側に軍配が上がった。


「…君のお父さんってあんな人だったっけ?

 子供の頃に嫌なおっさんだとは思ってたけど、

 あそこまで酷い人じゃなかった気がするよ」


痩せ細った男性が声を上げながら斬りかかってきたが、

避けると同時に軽く足を引っ掛けて転んでもらった。

彼はそのまま柱の陰に消えて戦いから離脱した。


「……5年前にお母様が亡くなった後、

 “聖剣教団”とかいうカルトに嵌ってね…

 勇者学校が全寮制で本当に助かったわ

 あの人と暮らすのはもう絶対に無理」


矢が飛んできたが今度は剣で弾く事はせず、

顔はセーラに向けたまま手刀で軌道を逸らした。

雑兵たちは力量の差を見せつけられて踏み込めない。

しかし領主から脅されて攻撃しないわけにはいかない。


「聖剣教団か… 聞いた事あるよ

 確か、闇の時代を終わらせるのは勇者でも聖女でもなく、

 聖剣こそが救世主とか言ってる邪教集団だよね

 君の家族がそんな事になっていたなんて……

 そういう情報は先に教えて欲しかったなあ…」


別の細い男性が先程と同じように斬りかかり、

同じように転んで地面に突っ伏した。

そして彼は気絶したフリでやり過ごそうと決めた。


「悪かったわよ…

 でも私が家を離れてからの3年間で、

 ここまで悪化してるとは思わなかったのよ…」


セーラは緩く縛られていた縄を自力で解いて聖剣を受け取った。

その光景を見て雑兵たちはますます困惑した様子だった。

領主の娘は解放され、国宝は持ち主の手に戻った。

彼らはなんのために刃を向けているのかわからない。


もうこれが偽装誘拐だとバレようが関係なかった。

侯爵は「一度でも聖剣を奪われた」という不名誉な証拠を消すために

その場にいる全員を始末する気だ。犯人と人質、そして目撃者もだ。

勇者としてこの人たちを守る義務がある。二人は頷いた。


「セーラ、今更だけどその聖剣って“アレ”だよね?

 僕のせいで『税剣』とかあだ名ついちゃったやつでしょ

 質流れした後、国民の血税で買い戻したんだとか……」


男が武器を振り上げたまま走り出した。

彼は前例を見習って寝たフリ作戦をするつもりだった。

アレックスへの突撃中に横からセーラのパンチがアゴを掠め、

脳を揺らされた彼はそのまま本当に気絶した。


「え?うん、まあ……ね

 べっ、べつにあんたが使ってた剣だからって理由で

 選んだわけじゃないんだからね!

 たまたま余ってた聖剣がこれだったってだけの話!」


アレックスを目指して走る男のボディーにミドルキックが刺さる。

雑兵たちはできれば転んでリタイアしたかったが、

セーラのせいで難易度が上がってしまった。


「ふーん、今度はまともな勇者に持ってもらって安心したよ

 僕が言うのも変な話だけど、大事にしてね」


忘れかけていたクロスボウの矢。

雑兵たちはそれに死を感じたが、今度はセーラが的確に撃ち落とした。

矢はこの2人がどうにかしてくれる。それはみんな理解したようだ。

“戦ったけど負けちゃいました感”を演出して安全にリタイアしたい。

雑兵たちの間ではそういう空気が完成されつつあった。


そして空気を読んだ2人の雑兵が同時に駆け出した。

これなら片方は転ばさせてもらえるはずだ。

セーラはドロップキックで2人を吹き飛ばした。


「そりゃあ借り物だしねぇ 大事に使うに決まってるじゃない

 あんたみたいに雑な扱いする勇者なんて他にいないわよ」


さっきまで助けようとしていた領主の娘から、

なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか。

雑兵たちはこの理不尽な状況に涙を流した。



そんな状況に一筋の光が差した。



比喩ではなく、聖剣から放たれた光線の事だ。

108本ある聖剣のうち18本はこの技が使える。

それはただの眩しい光だが、侯爵の隙は突けた。

聖剣に詳しい彼にこの微妙な技を当てるには

絶対に目を開けている瞬間を狙う必要があった。


セーラは雑兵と遊んでいたわけではなく、

ただ雑談を楽しんでいたわけでもない。

矢が発射されるタイミングを測っていたのだ。


そしてその絶好のタイミングを見逃さず、

アレックスの投げたナイフがクロスボウを弾き飛ばした。

侯爵は腰に下げたレイピアを抜こうとしたが一瞬遅く、

顔面にセーラの飛び膝蹴りが直撃し、そこで意識が途切れた。




「──貴様ら、自分が何をしているかわかっておるのか!?

 私は誇り高きファーレンハイト家の当主であるぞ!!

 こんな真似をしてただで済むと思うなよ、この愚民共め!!」


倉庫の柱に厳重に縛り付けられた侯爵を無視して、

アレックスとセーラはさっきの戦いで傷つけてしまった人たちに謝罪した。

彼らは温厚な農民であり、全員が五体満足で生きている事に感謝した。

脅されていたとはいえ、先に攻撃した事を謝り返す者もいた。


隠れて見守っていたシンシアとエマが姿を現し、

身代金の要求に失敗した現状を踏まえて代替案を提示してきた。


「強盗に入りましょう」


それは農民たちも聞いている前で発表された。

当然彼らは神妙な顔でざわつき始めたが、

もう慣れてきた面子は悪くない案だと思った。


「それってお父さ……クソ親父の家よね?

 私は大賛成よ 根こそぎ奪い取ってやりましょう

 娘を殺そうとしたクズに同情の余地はないわ」


勇者セーラは笑っている。

それはアレックスが幼馴染としては見たことはないが、

監獄ではしょっちゅう目にしたタイプの笑顔だった。


「……その話、俺たちも協力させてくれ!

 邪教に染まってからの侯爵は領民のことなんて

 何も考えてない最低野郎になっちまった!

 もうあんな暴君の言いなりになんかならない!

 俺たちは新天地を見つけてやり直したいんだ!」


数人の農民が真剣な眼差しで協力を申し出た。

改めて彼らの姿を見ると太っている者は1人もいない。

服はボロボロだし、肌も汚れている。匂いも酷い。

若い彼らの言動に釣られて年配の方々も立ち上がり、

気がつけば座っている者は誰もいなくなっていた。


シンシアはもっと大きな船が必要になるとローラに伝えた。

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