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第十脱

ローラたちが裏カジノへ出向いた後、アレックスは余計な事をしていた。

隠れ家でおとなしくしていればいいものを、繁華街へ向かったのである。

何かあった時用にわずかな金を預かっており、それだけあれば充分だった。


目的はたこ焼きだった。逮捕される前にハマっていたジャンクフードで、

ダンジョン帰りにパーティーの仲間たちと分け合っていた記憶が蘇る。

きっと勝手に出歩いた事を怒られるので、詫びとして2人の分も買っておいた。


「え、あんた……アレックス!?」


「えっ…?」


フードで顔を隠していたつもりだが、ツインテールの女性に正体を見抜かれた。

反応しなければ人違いで済んだかもしれないが、アレックスは馬鹿だった。


「君は……セーラ! どうしてこんな所に!?」


名前を呼ばれた女性は再会を喜んだかと思いきや、

次の瞬間には怒りの表情でアレックスに詰め寄った。


「いや、あんたこそなんでここにいんのよ!?

 逮捕されて監獄にいるはずでしょ!?

 手紙の返事も寄越さずに何やってんのよ!!」


彼女はアレックスの幼馴染であり、勇者学校を首席で卒業した優等生だ。

いつも不機嫌で、事あるごとに突っかかってくるので苦手な女子だった。


「えっ、手紙…? なんのこと?」


「しらばっくれてんじゃないわよ!

 毎週監獄宛てに送ってあげてんでしょうが!

 この私を無視し続けるなんて失礼にも程があるわ!」


アレックスは本当に知らなかった。

そもそも手紙は送られていないのである。

彼女は侯爵令嬢であり、犯罪者との関わりを断たせたい家長が

監獄の職員に圧力をかけ、届けられた手紙を処分させていたのだ。


「ちょっと落ち着いてよセーラ! 急に手紙とか言われても困るよ!

 僕にはなんのことだか…… あ、そうだ 君もこれ食べる?」


咄嗟に差し出されたたこ焼きを無下にするわけにもいかず、

セーラはそれを口に入れて尋問を続けようとした。

しかし出来立てのたこ焼きの熱さを知らなかったようで、

両手で口を押さえてハフハフ言い始めてしまった。

すると、遠巻きに見学していた少女が会話に割り込んできた。


「あっははは! もしかして先輩、たこ焼き食べるの初めてですか?

 貴重なシーンなんで一枚撮らせていただきますねっ」


彼女は異世界人が持ち込むスマホという道具を器用に操り、写真に収めた。

セーラは本心から嫌そうに睨んだが、眼鏡の少女は構わず写真攻撃を続けた。


「はい、いただきました!

 …あっ、わたしは勇者マニアのエマって言います!

 元勇者のアレックスさんですよね? はじめまして〜!」


妙にテンションの高い彼女のペースに釣られ、ついお辞儀してしまった。

勇者マニアという言葉は気になるが、アレックスはその場から離れたかった。


「あの、それじゃ、僕急いでるからこれで……」


エマは手を振り返してくれたが、セーラが力強く肩を掴んで引き留めた。

まだ口の中で格闘しているようで、目には大粒の涙を浮かべていた。




3人は場所を移し、おでんの屋台で仕切り直した。


ちくわぶとはんぺん、アレックスは大好きな練り物を最初に頼んだ。

それに釣られたかのようにセーラとエマも注文し始め、

全員に飲み物が行き渡った所で乾杯した。

セーラが飲んでいるのは大吟醸と呼ばれる酒で、一口だけ飲ませてもらったが

まだ酒を飲み慣れていないアレックスにはその良さがわからなかった。


「セーラを先輩って呼んでるなら僕らより年下だよね…?

 奢ってくれるのは嬉しいけど、なんだか複雑だなぁ……」


「いや〜、全然気にしないでいいっすよ〜

 先輩のムフフな写真で儲けさせてもらってますからね!」


「何それ!? あんたいい加減にしないとタダじゃおかないよ!?」


エマは勇者学校の後輩ではなさそうだが、セーラとは距離が近い関係のようだ。

セーラが生徒だった頃はアレックス以外に感情を曝け出すタイプではなかった。

「鉄仮面」「氷の女王」などと呼ばれていたのを覚えている。

幼馴染ゆえに知っている素顔を今は隠していない。

自分以外に心を許せる相手ができた事に安心した。


「いや〜、それにしてもこんな所で

 あのアレックスさんと会えるなんて大感激ですよ!

 国宝を質に入れる勇者なんて最高にロックだと思います!」


ロックという単語の意味はわからないが、褒められているのは理解できた。


「さっき先輩も言ってましたけど、

 アレックスさんは今、本当なら監獄にいるはずですよね?

 釈放されたって情報は入ってないんですよねぇ〜

 今こうしてシャバを出歩いてるって事はもしかして、

 脱獄とかしちゃったりしてるんですかね〜?」


いきなり核心を突かれて言葉に詰まる。

セーラが突然立ち上がり、アレックスの胸倉を掴んで問い詰めてきた。


「ハアアァ!? 脱獄ぅ!?

 もしそれが本当ならあんた死刑よ!?

 そんな馬鹿な事してないでしょうね!?

 お願いだから脱獄なんてしてないって言いなさいよ!!」


既に酔っているのか、セーラの顔は真っ赤になっていた。

元々嘘が下手なアレックスは幼馴染に隠し通せるわけがないと悟り、

これまでの経緯とこれからの予定を洗いざらい吐いてしまった。


セーラは糸の切れた人形のように膝から崩れ落ち、両手を着いて沈黙した。


「あっはは…、先輩には相当ショックな内容でしたね…

 アレックスさん、安心して下さい 今聞いた話は口外しません

 わたしゃますますあなたのファンになりましたよ

 大陸脱出、上手くいくといいですね 応援してます…!」


2人は改めて乾杯し直し、しばらくして合流したセーラがヤケ酒を煽った。




2人の悪女が裏カジノから追い出された。

イカサマはバレなかったものの、もう賭ける金が無くなったのである。

7回目のダブルアップ成功で押し寄せた観客により視界が遮られ、

ディーラーのカードを覗き見する事ができなくなったのだ。

そこでやめておけばいいものを、ローラはギャンブル狂だった。

破滅するまで賭け続ける最悪なタイプだった。


「どうすんのよコレ……

 打ち合わせと違うじゃない……

 3回でやめるって言ってたじゃない……」


「…………」


魂の抜けた2人が冬の夜空を見上げる。

その瞳からは光が消え、何も見えていなかった。

シンシアはローラを責めようとしたが、怒りが湧いてこなかった。

ただただ呆れ果て、込み上げる虚しさだけが全身を包み込んだ。


全てを失ってようやく気がついた事がある。

この計画には大きな落とし穴があった。

いくらローラが賢いとはいえ、9歳の少女に全権委任すべきではなかったのだ。

いざという時に感情のコントロールができないのは痛いほど思い知った。


思い返せばこの計画は綱渡りの連続だった。

もしダルトンが仲間を引き連れて脱走しなかったら、

もしモーガンが空気ボンベを用意できなかったら、

もしアランの協力を得られず通報されていたら、

そういう「もし」に対するプランを聞かされていなかった。


メンバーは成功だけ信じて行動すればいいが、

リーダーには失敗の可能性を考える義務がある。

我らがボスにはその義務が欠けていたのである。

年長者の自分がそれに気付くべきだったと猛省し、

責任の追及なんかした所で状況は好転しないと割り切った。


「ここにいてもどうしようもないわ

 とにかく隠れ家へ戻りましょう」


「…………」




隠れ家には知らない女が2人いた。

1人は四つん這いでガタガタと震えており、アレックスに背中をさすられていた。

もう1人はその光景を楽しそうに眺め、異世界人の道具で撮影していた。


「あっ、どもども〜 お邪魔してまーす

 わたしはエマで、あっちはセーラって言います!

 おでんとたこ焼きあるんで、あったかいうちに食べちゃって下さい!」


そう言われてもローラたちは食欲が湧かなかった。

シンシアは目に入った大吟醸酒を断りなく手に取り、喉奥に流し込んだ。


「あの、僕… 2人に謝らなくちゃいけない事があるんだ…」


アレックスは部外者に計画をバラしたという報告をしたが

ローラは特に反応せず、シンシアは「そう」とだけ返してタバコに火をつけた。


きっともう監獄の暴動は鎮圧済みで、脱獄犯を探しに動いているはずだ。

子供の足で1日とかからない距離。兵士が本気を出せばすぐに追いつかれる。

朝までにこの都市から出る予定だったが、計画を変更しなければならない。

空気を買う金がない。騙す相手がいない。もしもの案が用意されていない。


「詰んだわー」


シンシアが虚空を見つめながら呟いた。

ローラは泣くのを我慢していたが、とうとう涙がこぼれてしまった。

そんな2人を見てアレックスの頭に計画失敗という言葉が浮かんだ。


「え、まさか……

 …ちょっ、ちょっと待ってよ!

 まだ終わったわけじゃないよね!?

 こんな時のために何か挽回策があるんでしょ!?」


「何か、ねえ…… ああそうだ、一個あったわ

 この脱獄はあたしが仕組んだ計画って事にしなさい

 …ローラの硬貨偽造も、あんたが聖剣を質入れした件も、

 全部あたしからの指示だった事にすればいい

 上手くいけばあんたたちは無罪放免になるかもね」


「えっ…… 何を言ってるんですか!?

 シンシアさんだけ死刑になっちゃいますよ!?

 3人でやるって最初に決めたじゃないですか!

 今から新しい計画を考えましょうよ!

 きっと何かアイディアが浮かんできますよ!」


「…そんな甘い考えは捨てて現実を見なさい

 あんたたちはまだ人生経験の短いガキンチョでしょうが…

 王子16人をたぶらかした大悪女に利用されたって事にしとけば

 減刑される見込みは充分にあり得るでしょうよ

 あたしにも『子供は傷つけない』ってルールはあんのよ」


「……それ、すごくいい案じゃないの」


まだ顔色の悪いセーラが話に加わった。

彼女は酒瓶を奪い返し、残りを飲み干した。


「…大体、お飾りの剣をお金に換えただけで死刑とか、

 犯した罪に対して罰が重すぎると思ってたのよね

 そっちの子は知らないけど、アレックスは救われるべきよ

 1人の犠牲で2人が助かるならこれほどおいしい話はないでしょ

 詐欺師の言葉を信じたくはないけど、私も乗っかってやるわ」


「僕は大人だ! ガキンチョじゃないし、自分で選択したんだ!

 仲間に責任を押し付けてまで生き延びようだなんて思わないよ!」


「あんたのどこが大人なんだか…

 まあ、あんまりあの人の権力には頼りたくはないけど

 お父様の口添えがあれば悪いようにはならないはずよ

 その女の死刑は免れないけど、あんたは必ず救ってみせる」


「ん…、『お父様』?」


その単語にシンシアが食いついた。


「あ〜、先輩はファーレンハイト侯爵家の一人娘なんすよ

 親子仲は最悪で、先輩はもう3年は家に帰ってないそうです

 伝統と格式を重んじる古臭い価値観の持ち主らしいっすね」


「詐欺師に詳しい情報与えんなアホ!!

 うちが狙われたらどうすんだ!!」


アレックスに好意を寄せる侯爵令嬢。

こんなにも都合の良い女が他にいるだろうか。


シンシアは()い事を思いついた。


ローラも笑顔を取り戻した。

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