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第一脱

ローラは不幸な少女であった。

物心つかぬうちに両親は死に、育ててくれた兄は魔物に食い殺された。

そして彼女自身は硬貨偽造の罪で逮捕され、今は監獄に囚われている。

乞食行為や不当な商取引、資金洗浄に加担するなどの余罪も挙がっている。


「ここから出して下さい!私は知らなかったんです!

 信じて下さい!悪い大人に騙されただけなんです!」


ローラは往生際が悪かった。

子供である事を最大限に利用して今まで生き延びてきたが、

無期懲役を言い渡された今となってはもうどうすることもできない。

死刑ではないだけマシとはいえ、残りの人生をここで過ごすなんて耐えられない。


ローラは脱獄を決意した。




「あんたは何やって捕まったの?」


生産作業中、詐欺師のシンシアが新入りに話しかけていた。

ローラより数ヶ月早く収監された先輩で、同じく無期懲役の身だ。

彼女はいろんな国で王侯貴族を相手に結婚詐欺を働いて金品を騙し取り、

最後は有能な公爵令嬢の策略に嵌り、場末の酒場で逮捕されて今ここにいる。


「え、あの……今は作業に集中しないと……

 それに私語がバレたら怒られるのでちょっと…」


新入りの名前はアレックス。

国から借りた聖剣を勝手に質入れした大馬鹿者だ。

勇者の血を引く青年との事だが、今時そんなのは珍しくない。

千年前に勇者の種が世界中にばら撒かれたという話は周知の事実なので、

その末裔がゴロゴロいるなんてのは当然の事であり、自慢にもならない。

ちなみに彼もシンシアと同じ酒場で逮捕された。あの店は呪われている。


ローラはこの二人に目をつけた。

自分には無い大人の女性としての魅力を持ち、狡猾な性格のシンシア。

冒険者としての実力は高いが意志が弱く、状況に流されやすいアレックス。

ローラは現実的な性格であり、利用価値のある人間を見抜く術に長けていた。




「えぇっ!?脱獄ぅ!?」


「黙りな新入り!看守に聞かれたらどうすんの!」


当然アレックスは動揺し、シンシアは興味を持った。

ローラは二人に、脱獄自体は簡単でその後の逃亡生活が問題だと説明した。

大罪人として顔が割れているので国内はおろか、大陸中に居場所がない。

海外へ高飛びするにしても先立つ物がない。


「…でも信頼できる人物に心当たりがある」


豪商アラン。七つの海を股にかける大商人だ。

違法だろうがなんだろうが儲けの匂いがすれば飛びつく強欲の塊のような人物だ。

ローラのビジネスパートナー、いや世界中にパートナーが存在していて

ローラは彼の資金洗浄の隠れ蓑として貢献し、信頼関係にあった。

彼の協力を得られれば新天地でやり直すチャンスを得られるはずだ。


「目指すは北の大陸メスキア、ヴィッキニア帝国」


そこは複雑な歴史を持つ大陸であり、

魔王亡き後も人間同士で戦争を続けてきた土地だ。

現在はヴィッキニア帝国が覇権を主張しているが

大陸の名を冠するメスキア帝国も負けてはおらず

我こそが大陸の覇者であると主張しており、議論は平行線を辿っている。

有識者の間では「どちらでもいいのでは?」という風潮が蔓延っている。


その国では完全に女性主導の政治が敷かれており、男に人権はない。

過去にどんな罪を犯していようが、ただ女性であるというだけで守られる。

いたいけな少女ローラにとっては都合の良い環境であるのは確かだ。

同じく自己本位なシンシアを仲間に引き入れるには魅力的な提案だった。


「その国では気に入った男性を奴隷として飼えるそうですよ?」


シンシアはこの提案に乗った。

彼女は結婚詐欺の常習犯ではあるが、真の目的は金ではなかった。

男を手玉に取り、自分の思い通りに操り支配欲を満たす快感を得たかったのだ。


「ちょっと待って!僕、男なんだけど!?

 飼われるなんてやだよ!どうせなら飼う方になりたいよ!」


アレックスが噛み付く。

それは当然の反応として織り込み済みであり、反論は用意してあった。


「…あんたの刑期、75年だったよね?

 無期ではないにしろ、出所する頃には完全にジジイだよね?

 それって生きてると言える?あんたの人生ってなんだったの?

 新しい環境に飛び込んで一山当ててやろうって気概はないの?」


質問する事によって相手に考えさせる心理テクニックだ。

求める答えに誘導はするが、あくまで選択するのは相手であり

その決定に質問者が責任を負う必要はない。


「で、でも……模範囚として真面目に勤めれば、

 早期仮釈放もあり得るって弁護士の人が……」


「30年かかるけど平気?」


「えぇっ!?そんなに!?聞いてないよ〜っ!!」


「しっ!声が大きい!」


強面の看守が3人を睨み、不機嫌そうな表情で歩み寄って来る。

多少の私語なら目を瞑ってくれるが、さすがに今のはまずかったようだ。


「…貴様は収監されて日が浅い 数をこなせないのは当然だ

 今日の作業で終わらなかった分は明日に回せばいい

 急がず、焦らず、一つ一つの仕事に集中するんだ」


看守はそう言い残して元の位置へと戻った。

会話の内容を聞かれたのではないとわかり、3人は安堵のため息をついた。


「……大体どうやって脱獄するのさ?

 檻はオリハルコン製だし、壁には魔法封印の結界が張ってあるし、

 もし看守から鍵を盗めたとしても上の階は兵士だらけだろうし……」


「下に逃げるから関係ない」


「下!?」と大声を出しそうなアレックスの口を2人が塞いだ。

悪女二人に取り押さえられて、アレックスはどこか嬉しそうだった。

この様子ならヴィッキニア帝国でも大丈夫かもしれない。


「私には頼りになる相棒がいんのよ

 魔物使いだったお兄ちゃんが遺してくれた最高の相棒がね

 その子には今、脱獄に必要な物を用意させてんの」


その相棒とは“触手スライム”という希少種の魔物、名前はウネリン。

ローラが逮捕される際、上手く逃げおおせて生き延びた。


兄は天才魔物使いとして知られており、質より量のタイプだった。

一人一匹ルールを凌駕しており、最終的には17匹の魔物を使役していたらしい。

ローラの兄はこの魔物に“服だけ溶かす液体”を期待して調教したが、

結果は“服以外溶かす液体”を得意技とする魔物に育ってしまった。


そして妹のローラは兄とは対照的に、量より質タイプの天才魔物使いだった。

どれだけ距離が離れていようと使役する魔物一匹を完全に操れるのである。

彼女は監獄にいながらも相棒のウネリンに命令を与えて遠隔操作し、

脱獄と逃避行に必要な準備を着々と進めていたのだ。


「私は計画の立案者でアランとの交渉役、

 シンシアは路銀を得るための稼ぎ頭、

 アレックスはもしもの時の戦闘員、

 この3人で脱獄するの いいね?」


魔物使いローラ、詐欺師シンシア、元勇者アレックス。

3人の囚人はお互いの顔を見合わせて静かに頷いた。

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