”ざまあ秒読み王子”エーベルハルトの華麗なる覚醒
なぜ、異世界恋愛の王子はこうもダメ人間が多いのか。
たまにはちゃんと自分で方向修正できる偉い王子が見たい……!!!ということで書きました。
「カレリア・エーレンベルク!! お前のような女とは縁を切る!」
満員のダンスホールに声が響いた。
レステア王国の第一王子エーベルハルトが、婚約者のカレリアに婚約破棄を叩きつけたのである。
今夜は、王立学園の卒業パーティ。誰もがかたずをのんで2人を見ていた。
「殿下……そのようなことを本気で仰っているのですか?」
「あぁ。この際、ハッキリ言っておこう、カレリア。君のような何を考えているのかわからない女には、ほとほと愛想が尽きたんだよ。婚約破棄だ」
彼に対峙するのは、カレリア・エーレンベルク。
成績優秀、頭脳明晰。その上、王子の婚約者でもある彼女は、こんな状況であっても冷静さを崩していなかった。
「ですが、殿下。では、なぜ殿下のお側に私の妹がいるのでしょうか?」
「当然だろ? カレリア。僕は君との婚約を破棄したら、彼女と婚約を結ぶつもりだからね」
「ですが……婚約は両家の決まりで……ッ」
珍しく動揺して、そう言いかけたカレリアを左手で制す。それから王子は自分の真横にいる美少女を見つめた。
「カレリア。そんなに声を出さなくたっていいだろう? リリアが怖がっているじゃないか」
エーベルハルトは、隣にいる美少女に助け舟を出した。
リリア・エーレンベルク。
エーレンベルク公爵家の次女にして、エーベルハルトの婚約者・カレリアの妹である。
リリアは今年学院に転入してきたばかりだったが、すぐさまエーベルハルトは彼女のことが気に入った。
美人だが、周囲に感情をあらわにせず、無表情を貫く婚約者のカレリアとは違って、華が咲いたような天真爛漫な美少女である。
どちらが好ましく思えたのかといえば、当然、リリアの方だった。
しかも、カレリアには悪い噂があった。
「それにカレリア。聞いたぞ。生徒会の副会長でありながら、下級生をいじめていたそうではないか」
「それは……っ彼女たちに注意をしただけで」
まあいい、とエーベルハルトはカレリアの発言を遮った。
「君の悪行は耳に入ってきている」
後ろにいるエーベルハルトの取り巻きの男子たちも大きくうなずく。
そうだ、そうだ、と。
「ちょ、ちょっと待ってください殿下!」
その時、急にカレリアの方に立って、彼女を弁護しようとする男子生徒が現れた。
「いくら何でもそれは横暴すぎる気が……!!」
黒髪で顔立ちは整っているが、エーベルハルトは見たことがない。
(なんだ、下級貴族か)
「なんだね。君は?」
興味を無くしたエーベルハルトは、冷ややかな声で対応する。
「彼女はあくまで本当に注意しただけです。それはあくまでも生徒会の副会長としてであって……」
「申し訳ないが、君のような男と話しているひまはない」
「そ、そんな……!」
なおも食い下がる男子生徒をカレリアが制する。
「いいのです、グレアム。殿下……今まで、ありがとうございました」
感情を押し殺すような声でお辞儀をし、カレリアはパーティの場から去っていった。グレアムと呼ばれた男子生徒も、急いで後を追うようにして走っていく。
が、エーベルハルトは満足していた。
カレリアが生徒会副会長という座にありながら生徒をいじめている、という噂は耳に届いていたし、彼女の妹であるリリアも生徒会の仕事を手伝ってくれる、と言っている。
たしかに、カレリアの抜けた穴は、多少は大きいかもしれないが、生徒会長である自分が本気を出せばなんともないだろう、と。
(これでうまくいくはずだ……)
だから、エーベルハルトは満足していた。
きっとこれが、噂に聞く真実の愛なんだろう。
――が、しかし。
翌日から、事態は思わぬ方向へと向かい始めた。
「なぜ、こうも仕事がはかどらない!!」
苦し紛れにエーベルハルトは、生徒会室で叫び声をあげた。
目のまえには、うず高く積まれた書類の山。
そう。
仕事が全く減らないのである。
王子、ということもあって、エーベルハルトは王族としての仕事の書類なども任されていた。さらに、揉め事を起こした生徒の仲裁をしたり、学内の陳情を聞いたりと生徒会の仕事は多い。
書類を持ってくる男に、「最近、書類が多くないか? なんとかできないのか?」と聞いても返ってくるのは
「前までは、カレリア嬢がお手伝いをなされていましたけどね」という冷たい視線だけ。
「カレリアか……」
周囲を見渡す。
生徒会室はがらんとしていた。普段であれば、キツい表情で黙々と作業を行っているはずのカレリアも今は休学中らしい。カレリアがいなくなると、彼女と親しかった生徒も次々にやめてしまった。
仕方ないので、せっかくだし、婚約破棄の際に仲良くなった取り巻きたちを生徒会に入れて、仕事を振ってみたものの、皆全く使えたものではない。
特に、ピエールという男はひどかった。それなりの侯爵家の出である彼は非常に口が上手く、常に「カレリアよりは僕の方が仕事ができる」と豪語していた――
が、
「なんだこの汚い書類はッ!!」
エーベルハルトだって、カレリアには敵わないが、それでも彼らはあり得ないほど使えなかった。
そして、極めつけはリリアも、である。
「ねえ、リリア。仕事を――」
「えぇ!?! 私も仕事をするんですか!?!」
生徒会にあれ程入れてくれ、と言っていたリリアも助けにはならなかった。
無理を言って、会計や、生徒同士の仲裁などの仕事を任せてみても、計算を間違えたり、話を余計にこじらせるばかり。
「もういい。僕がやる」
苦虫を噛み潰したような顔でそう告げると、「やったぁ、これで遊べるわ!」とリリアは取り巻きたちとさっさと遊びに行ってしまった。
書類が貯まり、汚くなった部屋で1人。
たしかに、彼らといるときは楽だったし、色々と無表情でこちらの直すべきところを淡々と告げてくるカレリアのことがエーベルハルトは苦手だった。
「くっ……!」
けれど、カレリアの存在はどれほどありがたかったのか。
そうして、生徒会の仕事や王族としての書類を必死にこなす。が、最近学園の運営がずさんだ、今代の生徒会はダメだな、などという噂が流れるようになってしまった。
そして口々に囁かれる、「カレリア嬢がいないからではないですか」という陰口。
仕方ない、とエーベルハルトは思った。
「もう一度、頭を下げて彼女に頼むか……」
が、それも上手くいかなかった。
「娘は留学に行きました」
学園の長期休みを利用して王都に戻って、エーレンベルク家の屋敷を訪問したエーベルハルトを待っていたのは、カレリアの両親の冷たい反応だった。
「留学……ですか!?! でも、なぜそんな急に」
「さあ、何か大きなショックでもあったんでしょうねえ。私共にはわかりかねますが」
表面上、穏やかに会話するエーレンベルク公爵。
だが、彼の眼は全く笑っていない。
「そもそも、だから私はこの婚約に反対だったんですよ」
「………………」
(いやでも、なぜだ?)
礼儀正しく、「これ以上関わるつもりはない」と追い返されたエーベルハルトは疑問を抱えていた。
カレリアの自分に対する態度を思い出してみる。
カレリアとエーベルハルトはいわゆる『幼馴染み』という関係だった。
だが、最初の頃は素直だったカレリアも、次第に有能だが、表情をあまり表には出さないような令嬢になってしまった。
だからてっきり、エーベルハルトは、カレリアはいやいや自分と婚約してくれたのだ、とますます優秀な婚約者に卑屈になっていたのだが――
「まさかカレリアの方が婚約を望んでいた?」
カレリアの表情を思い出してみる。
感情の起伏がほとんどない彼女。別に他の女性のように照れたりすることもなかった。
(……いや、まさかな)
こうして疑問を抱えながら、学園に戻ったエーベルハルトだったが、
「くっ……! どうなってるんだ」
全然、仕事がはかどらない。いや、それどころか、悪化している。
誰もいない生徒会室で、エーベルハルトは1人、疲れ切って天井を見上げた。
学園に戻ってから、エーベルハルトは手を尽くして、カレリアに会おうとした。
急に学園を離れるはずがない。仮にも元は王子の婚約者だったのである。
だが、
「本当に留学に行っただと!?!」
カレリアと親しかった令嬢に話を聞けば、本当にカレリアは隣国へと留学に行ってしまったらしい。それも、卒業パーティで彼女を庇った黒髪の男子生徒とともに。
「えぇ」と、カレリアと親しくしていた令嬢たちが笑顔で答える。
「カレリア様はあちらで楽しくやっておられるようですよ」
「なんでそんな……急に…」
しかし、エーベルハルトの苦難はこれからだった。
突然、エーベルハルトは国王から帰宅を命じられた。
「よくも、やってくれたな。エーベルハルト」とエーベルハルトの前で頭を抱えるのは、国王その人であった。
なんということをした?と問う王に、エーベルハルトは不満を隠せない。
「なぜですか父上。たしかに、何も相談せず、婚約破棄をしたのは俺のミスだったかもしれませんが――」
はあ、と父がため息をつく。
「甘い……甘すぎる見通しだ」
父が語るところではこんな感じだった。
エーレンベルク家は、隣国との境に広大な領地をもっている強大な名家である。隣国と関係が近くなってはまずい。
だからこそ、それを抑えるためにエーレンベルク公爵家と婚約を結んだのだ、と。
「しかも、カレリア嬢は隣国に留学しているそうではないか」
「え、えぇ。ですが、別にたかだが留学で」
「……留学だ。それに隣国の王子に引き入られて、のな」
「なっ!?!」
エーベルハルトは衝撃のあまり、口をあんぐりと開けた。
どうやら卒業パーティで、カレリアの味方をした「グレアム」と名乗る男子生徒は、身分を偽ってこちらの学院に来ていた隣国の王子で、婚約破棄され傷心中のカレリアを、気分転換にと留学に誘ったらしい。
「そ、そんなッ……無茶苦茶な……!」
そもそもなぜ他国の王族が姿を隠しているのか、いやそもそも、正々堂々とわかるようにしていてくれれば、などと後悔するが、国王は冷たく言い放った。
「それでどうする? なんにせよ、お前のミスではないか。たかだか、会ったばかりの女性に言い寄られ、本当に重要なものを手放すとはなんと愚かな……。だいたい、お前は本当に噂の出所を確かめたのか?」
ジワリと汗をかく。
(まさか……な)
自分は何かとんでもない事をしてしまったのではないか、という不安。
――そして、それは現実のものとなった。
次第に、エーベルハルトは悪い噂の出所がわかってきた。
実際、カレリアは嫌われ役を買って出ていたらしい。例えば、貴族の子女同士で揉め事があった時でも、わざとカレリアがキツく対応し、双方を仲裁する。
つまり、カレリアが「下級生をいじめている」という噂は、揉め事を起こした生徒が逆恨みで流した、ということになる。
「そんな……!」
それを知った時、エーベルハルトは力が抜けた。
冷静に考えれば、なんと自分は馬鹿だったのか。別に、リリアやピエールにそんな噂を吹き込まれても、本人に確認すればよかったではないか。
だが自分は、長年連れ添った婚約者のことを信用せず、こちらを持ち上げてくる取り巻きばかりを信じてしまった。
「……カレリア」
そう呟いて、エーベルハルトは生徒会室の片隅を見つめる。
毎日、無言で書類の仕事をしてくれた彼女はもういない。
結局、すべて考えてみれば、カレリアはエーベルハルトを手伝ってくれていた。
たしかに、彼女のアピールも足りなかったのかもしれない。けれど、それに気が付くことができなかったのは自分のせいだ。
そして、そんな嫌われ役を買って出てくれていた彼女がいなくなった以上、学園の風紀は緩む一方だった。
当然、エーベルハルトも必死に彼女のいなくなった後をつなぎとめようと頑張ったが、無理だった。
そのうち、エーベルハルトは学園を卒業した。
結婚相手として何度か相手を紹介されたが、何となく気が乗らず、結婚はしないままだった。あれほど執着していたはずの彼女の妹のリリアですら、もう連絡を取っていない。
当てもなく公務をこなす日々が過ぎていたとき、あるニュースがエーベルハルトの耳にとどいた。
――隣国の王子・グレアムとカレリアの結婚。
やがて、諸外国にも結婚式の招待状が届き、渋々行ったエーベルハルトが目撃したのは、花のように笑う彼女だった。
「や、やあ久しぶりだな、カレリア」
「……殿下」
会場で、美しいドレスを身に纏ったカレリアに話しかける。
「そちらの国は、どうだい?」
数年ぶりの会話は、意外なほどスムーズだった。
そして、
(……やっぱり、凄いな)
エーベルハルトは彼女の頭脳に、舌を巻かざるを得なかった。
彼女に対して婚約破棄を叩きつけて以来、自分もそれなりに頑張っていたつもりだが、やはりカレリアの才能は頭一つ抜けている。
周囲には誰もいない。
動揺を悟られない様に世間話をしていると、ふとカレリアがポツリとつぶやいた。
「……これほど話したのは小さいころ以来ですね」
「あぁ」
これほど自然な気持ちで話せたのは初めてかもしれない。
小さい頃から、いわゆる幼馴染みで、気が付けば婚約をしていた。それから、学園で同学年。
ずっと彼女の出来の良さに劣等感を持っていたエーベルハルトは、どうも彼女とまともに話したためしがなかった。
「……そう言えば」
エーベルハルトは勇気を出して口に出そうとした。
「君はなぜ、婚約を……」
受け入れてくれたのか。
そして、エーベルハルトのことをどう思っていたのか。
(聞くなら、今しかない)
その疑問を問おうとしたとき。
――足音。
「ごめん! 待たせた!」
そう言って爽やかに駆け寄ってきたのは、黒髪の王子だった。久々に会ったが、傍から見ても幸せそうなのが、見て取れる。
かつてエーベルハルトが侮辱したはずの隣国の王子・グレアムだった。
「あぁ、グレアム……!!!」
そして。
その瞬間、一気に彼女の表情が華を開いた。
楽しそうに笑う彼女。それはエーベルハルトがほとんど見たことのない彼女の表情だった。
「カレリアになにか用ですか、殿下?」
ようやくこちらの顔を思い出したのだろう。
こちらを警戒するように見つめる男に対し、エーベルハルトは首を振った。
「いや、なんでも」
そのまま、「では」と軽く会釈をし、カレリアとグレアムは去っていく。
エーベルハルトはかつての卒業パーティと同じように去っていく2人を見て、考えていた。
そもそも、人の態度について云々言う前に、自分はどうだったのか。
自分は、あの王子のように、素直に好意を示したことがあったのか?
彼女がつまらない、という前に自分から動きだせばよかったのではないか?
(俺にもああいう未来があったのかもな……)
2人の後ろ姿は、どこか眩しく見えた。
そして、結婚式。
会場は大盛況で、隣国の聡明な王子と王太子妃を祝う声で溢れていた。
2人が会場を回っていく。
もうすぐレステア王国の番になる。エーベルハルトは来賓らしく、立食して待っていた。
――が、
(ん?)
ふとエーベルハルトは異様に強張っている女性に気が付いた。
エーベルハルトからそれほど離れていない場所に女性がいるのだが、何か様子がおかしい。
2人がこちらに来る。
そして。
その瞬間、女性が動いた。手には銀色に輝く、ナイフ。
「カレリア……!! 学院にいた、あなたのせいでッ……!!」
そう言いながら、突撃する女性。
多くの招待人に挨拶していて、注意力が散漫になってしまったのだろう。
2人が気が付くのが、一瞬遅れた。
人と人とがぶつかる。
どんっ、という鈍い音。
「…………え」
騒然とする会場。
それはそうだろう。
なぜなら、突然、花嫁が押し飛ばされて、ナイフは他の誰でもない、エーベルハルトの胸に突きささっていたのだから。
(……あぁ)
力が抜け、身体が崩れ落ちる。
「っち、下手人を確保しろ! 殿下に治療を!!」
隣国の王子の切羽詰まったような声が聞こえる。
「な、なぜですか殿下」
倒れたエーベルハルトが見上げた先にいたのは、カレリアだった。
震える彼女。
「まさか……私のことを庇って?」
「さあね」
全身から力が抜ける。
どくどくと何かが失われているような感覚。
「なんで……か」
強いて言えば、身体が勝手に動いていた、というところだろうか。
が、なぜか不思議とエーベルハルトは満足していた。
そして、自分の顔に注ぐ、温かい水滴。
視線の先を見て、エーベルハルトは思わず笑った。
こちらを見て、泣きじゃくる彼女。
その顔を見て、エーベルハルトは、なんだ、そんな顔もできたのか、と朗らかに笑った。
(あぁ……)
もうそろそろダメだろう。力が抜けていく。
周囲の音が遠くなっていく。
(……せめて、もう少し早く気が付くべきだったな)
最後に思い残すのは、後悔だった。
もっと早く彼女の素顔に気が付くべきだった。
自分の方ができるなどという下らないプライドを捨て、もっと早く、素直になれたらよかったのに――
(カレリア……俺は君のことが……)
そう思いながら、エーベルハルトの意識が途絶えた。
◇◇◇
「んなッ!!!!!!!」
――という夢を見て、エーベルハルトは飛び起きた。
見渡せば、いつも通りの学園寮のベッドだった。
長く、不吉な夢。
普通なら、単なる悪夢かと笑って気にしなかったかもしれない。が、王子であるエーベルハルトには、その夢に心当たりがあった。
「……『王家の加護』か」
――『王家の加護』。
それは王家の人間にごくまれに発現する現象で、『何かがあった未来』を見る、という現象である。そして、夢で見たことはこのままだと現実になる……らしい。
噂では類まれなる才覚で国を興した初代国王のアルフレッドが夢の中で、助け舟を出している……とかなんとか。
ひとまず落ち着いて辺りを見回してみる。
日付けや外の様子を確認し、エーベルハルトは思い出した。
「卒業パーティまではあと半年、か」
そう。
エーベルハルトとカレリアは生徒会に入っていた。
さらに、あと数か月で彼女の妹のリリアも転入してきて、半年後にはエーベルハルトはあろうことか、カレリアに婚約破棄を叩きつけるのである。
くっ、とエーベルハルトは頭を抱えた。
我ながら自分がアホすぎる。
しかも、単にエーベルハルトは「たかだか夢だ」とは言えない現実があった。
なぜなら――
(や、やりそうだ……というか、今のままだったら絶対にやっていた……)
というか自分なら間違いなく、そうしてしまいそうだった。
「しかし、どうするかな………」
普段であれば、生徒会をサボり、公務をサボり、授業もサボり、というサボりのオンパレードをした末に、可愛い女子生徒を侍らせて遊んだり、侯爵家の良くない取り巻きの男子生徒と遊んでいるところではあった。
が、しかし、である。
「……あいつら、全然ダメだったな」とエーベルハルトは微妙な目で天井を眺めた。
もう完全に、エーベルハルトの中で取り巻きたちは、普段威勢のいいことを言うくせに、大して仕事ができないやつら、という認識であった。
そして、それは取り巻きだけではなく、自分もそうである。
大した実力もないのに変なプライドが邪魔をして、取り巻きを信用し、その結果、大事な婚約者を傷つけてしまった。
どう考えても1番のマヌケは自分だ。
「……うっ」
胸を押さえる。
辛い。羞恥心で頭がおかしくなりそうである。
が、こうして、若干の黒歴史に苦しみながらも、エーベルハルトはこう思った。
そうだ、と。
『王家の加護』。
それは、あくまでも、あり得た未来を見せるものである。
だとすれば、確実に自分は、あの未来を変えられる。
最初にカレリアに謝ることも考えてたが、まだその時期ではない、とエーベルハルトは思った。
だいたい昨日の昨日まで、彼女を平気な顔でこき使い、遊んでいた人間がおめおめ会いに行ったところで、こちらの本気は伝わらないだろう。
ならば、まず自分がすべきは、
「真面目に勉強でもするか………」
寮の壁に張ってある初代国王、アルフレッドの肖像画を睨む。
やってやる、と。
見ていてくれ、と。
――せめて、悔いだけはないように。
こうして、追い詰められた王子、エーベルハルトの覚醒が始まった。
(つ、辛い……!!! なんだこの雰囲気は)
が、朝早く起きて、午前中の授業に参加したエーベルハルトはとてつもなく気まずい思いを感じていた。
エーベルハルトが教室に入り、というだけで、
「え? 殿下がなぜこんな時間にいらっしゃるのかしら……?」
「最近ずっとサボってたよな……先生も文句を言えなかったし」
「そうね。いつもよろしくない方々と遊んでいたような気も」
と、教室が軽くざわつく。
しかも、挨拶をされたので、「やあ、おはよう」と何気なく返しただけで、
「えっ、殿下……」と口をあんぐりと開けるクラスメイト達。
「あ、あの殿下が……? 急に私たちに挨拶を……??」
「………………」
いやたしかに、こっちとしても対応がずさんだったような気がする。
けれど、普通に挨拶しただけで、これほど驚かれるのもどうなのだろうか。
(いやでも、この程度でひるんでどうする……!)
ざわめきと好奇の視線にさらされながら、エーベルハルトはクラスの最前列で勉強に励むことにした。
ちなみに、エーベルハルトがまともに出席しているのを見て、初老の教師が泡を吹いていたが、もう完全にエーベルハルトは諦めた顔で教師を保健室まで連れて行った。
こうして、少し方向修正をしたエーベルハルトの生活が始まった。
元の取り巻きに遊びに誘われても断る。そういう連中と手を切ったエーベルハルトは、真面目に勉強することにした。
まあ、もとはといえば、エーベルハルト自身は特に勉強が嫌いというわけではない。
むしろ――
(カレリアが優秀過ぎたんだな……)
そう。
エーベルハルトも、カレリアという圧倒的才能の前に自信喪失気味になり、ヤケになって次第に学業もサボるようになっていったのであった。
そして、同時期から、エーベルハルトは戦闘の訓練も受け始めた。学園では授業で戦闘の訓練を受けることができる。
「え? 殿下って身体動かすの嫌いじゃなかったか? なんか汗臭いだのなんだのって」
「い、一体どういう風の吹き回しだろうな??」
またもや周囲から疑問の声が上がる。
が、エーベルハルトにはそうも言っていられない事情があった。
(このままだと遅かれ早かれ刺される可能性があるんだよな……)
そう。悲しいが仕方ない。
今でも思い出せる、あの生々しい感覚。
いや、あのときはとっさに身体が動いてしまったが、別にエーベルハルトだって好きで刺されたわけではない。
もっとこう……欲を言えば、颯爽と刃を躱し彼女を助ける、くらいでよかった。
「じゃ、じゃあ、殿下、よろしく……お願い致します」
逆に困ったのは、体育の授業で組むことになった男子生徒である。
急にまともになったとはいえ、相手は第1王子エーベルハルト。
あの傍若無人の王子が相手である。なので当然組むことになった男子生徒は、手加減しまくって接待をしたのだが……。
「君、なぜそんなに手加減をする?」
「えっ」
しかし、そんな男子生徒を待っていたのは、王子の真剣なまなざしだった。
「いいかい? 本当に刃物を持った敵が迫ってきたら、こんなんじゃすまないぞ! もっと真剣にやろうじゃないか!!」
「は、はぁ……」
え、殿下って、過去にそういう経験がおありになったんですか?と言いたくなるほどの真剣さである。
これには普段、王子の行動に顔をしかめていた実技担当の騎士団出身の教員も、驚きを隠せなかった。
「まさか殿下がこれほどとはな。あの真剣な眼はまさしく戦士の眼。ふっ……俺としたことが勘が鈍っちまったもんだ……」
まさか王子が一念発起したとも思わず、筋骨隆々の教員は若干の勘違いを抱きつつ、王子をまぶしい目で見つめていた。
そうこうしているうちに、エーベルハルトは急激に人気になっていった。
最近は勉学をサボっていたとはいえ、元々英才教育を受けていたおかげで、カレリアほどではないにしろ、それなりに頭が良い。
そして整った顔立ちに、王子という肩書。
しかも、先祖に嫌な夢を見せつけられてからというもの、エーベルハルトの対人能力は著しく上昇していた。
同じクラスの女性に、うっとりとした目で見つめられ、
「今度一緒にランチでも……」と誘われても、必ず周囲には男子生徒を呼ぶという徹底っぷり。
普通、それだけであれば、男子生徒から嫉妬されそうなものだったが、体育の授業中に必死になって戦闘の練習をする王子は、男子生徒から、「なんか、王子って……思ったより意外と根性あるよな」という謎の信頼を獲得していた。
そして、そんな真面目な生活を送っていた、ある日のこと――
「殿下。少しお時間を頂けますか。お話をいたしましょう」
冷たい視線。こちらを見据える引き締まった表情。
『氷の女王』カレリア・エーレンベルク。
夢で見た中で、エーベルハルトが命を落とす原因となった婚約者が、目の前にいた。
◇◇◇
エーベルハルトは気まずい思いを抱えたまま、学園の中庭でお茶を飲んでいた。
中庭から少し奥まったところにある会場は、あまり人気がない。
おそらく、カレリアが人払いをしているのだろう。
「――で、殿下。最近は真面目に過ごされているようですが、単刀直入に言います。何を企んでいらっしゃるのでしょうか?」
こちらに注がれる厳しい眼。
いつもであれば、エーベルハルトはきっと怒っていたような気がする。彼女の眼に、勝手に気まずさを感じて。
が、しかし、である。
(……相変わらず、目線がキツいなあ)
「ふふっ」
「……?」
エーベルハルトは軽く微笑んだ。
というか、もう完全に、エーベルハルトは彼女の眼が怖くなくなっていた。
たとえるなら、こちらを威嚇する猫だろうか。
そんなことを考えながら、彼女に向き直る。
「何を企んでいる、か」
さて、どうしよう、とエーベルハルトは思った。
ふと思い出したのは、最後に眼にした彼女の表情だった。
そして、最後まで問えなかった疑問。
なぜ婚約をしてくれたのか。
「……殿下?」
「――なあ、カレリア。君は、俺のことをどう思っている?」
「どう、とは? 抽象的すぎてよくわかりません」
けげんな表情をする彼女。
エーベルハルトはにこやかに笑いながら、本心を告げてみた。
ずっとひた隠しにしていた本心を。
「いや、僕は君のことが好きだけど、君にとっては不本意な婚約だったんじゃないかなって思ってね」
――その瞬間。
時が止まった。
「へっはっ……ほ? へ?」
カレリア・エーレンベルクは、突如として婚約者の口から出てきた衝撃の発言に、あわあわと口をパクパクさせるしかなかった。
「わ、私のことが好き……???????」
「あぁ、もちろん。だいぶ遠回りしたけど、最近やっと気が付いた」
と、あっさり答えるエーベルハルトをカレリアは信じられないような眼で見た。
――もちろん、カレリアは昔からエーベルハルトのことが好きだった。キラキラに輝いている彼が昔から好きで、「王族は止めておきなさい」と宥める母や「小さい頃はパパと結婚するって言ったのに……あの小僧め……だから男子なぞ近づけたくなかったんだ!」と嫌そうな顔をする父を説得したのは、カレリアである。
それからカレリアは、努力に努力を重ねた。彼に追いつくために。
そして、やはり王子の妻、要するに王妃となるには、周囲にあまり感情を悟られてはならない。というわけで、なるべく己の感情を表に出さない様に己を律してきたのである。
が、そうこうしているうちに、徐々にエーベルハルトは興味をこちらに無くしたようで、仕事を押し付けるだけ押し付けられていたのだが……。
(い、一体、どういう風の吹き回しかしら???)
カレリアは絶賛混乱中だった。
最近では生徒会もサボり女遊びに走っているという噂を聞き、本心を聞こうと何回か接触したのだが、カレリアも緊張し過ぎて顔がいつも以上に強張ってしまい、「なんだよ、またお小言か」と殿下に嫌そうな顔をされる日々を送っていた。
しかも、である。
「えええ?!」
カレリア、すまなかった。許してくれ。
そういいながら、エーベルハルトはこちらの手を握ってきたのである。
「あわわわわわわわわわわわわ」
もう完全に、カレリアはパニック状態であった。
耳は真っ赤で、呂律も回らない。
違う、とカレリアは思った。
もう少し、王子にはきちんとしてほしい、とそう思ってきた。
なぜこちらを振り向いてくれないのだろう?
ずっと表情を悟られまいとやってきた自分が、いまさら普通の令嬢のように可愛く振舞うなんて無理だ、と何度も枕を濡らしたことだってある。
それに希望を言えば、もう少し愛されたい、とも。
普通のカップルのように、多少なりとも、そのイチャイチャ的なことをしてみたい、と。
巷で流行っている小説のように、急に殿下が「真実の愛」に目覚めて自分のことを少しでも好いてくれればいいな、なんて淡い夢を友人たちの前で語ったこともある。
――けれど、それもかなわぬ夢。
だからこそ、必死に自分のことを認めてもらおうと、カレリアは一層殿下のために働いていたのだが。
しかし、ちょっとこれは急展開が過ぎる。
情熱的にささやかれる、「大事なのは、君だ。君以外は眼中にない。すまなかった」という言葉。
(こ、これはあまりにも刺激が……!!!)
その結果――
「……は、はひ」
"氷の女帝"カレリア・エーレンベルク。
学園でも剛腕をもって知られる無表情の令嬢は、顔を真っ赤にしたままうなずく他なかったのである。
「ありがとう。これからも君に認めてもらえるように頑張るよ」
そう爽やかに宣言してエーベルハルトが去っていく。
「も、もうダメ」
その姿を呆然と見つめたカレリアは、彼がいなくなった瞬間、ぐったり椅子に寄り掛かった。
「いきなり………どうしたのかしら………う、嬉しいですけども」
ちなみに、カレリアと親しくしている令嬢たちが、そんなカレリアの様子を目撃して、
「か、カレリアさま!?! なぜ顔を真っ赤にしてらっしゃるんですか!?! しかも汗だくで!?! まさかあの陰険男に薬でも盛られたのですか~~~!!!!」などと怒り狂っていたので、それを抑えるのにカレリアは1日ほど使ってしまった。
「よし」
こうして、やっと本心を伝えられたエーベルハルトは、素直になることを決めた。
カレリアに愛をささやくことを決めたのである。
生徒会の仕事も手伝い、彼女といる時間を増やす。
「殿下。いつの間に仕事がそんなにできるように?」
「あぁ、カレリア。君だけに任せておくわけには行かないよ」
「……っ! 殿下……そんなこと人前でおっしゃらないでください……そのお恥ずかしいです」
まあ、そのせいで『何かあった未来』で見た殺風景な生徒会室は、甘酸っぱい糖度過多の空間に変貌し、生徒会のほかの役員たちは皆一様にむずかゆい表情をしていたが。
さらに、エーベルハルトは別の方向でも動き始めていた。
「そう言えば、あの令嬢も学園にいるみたいだな」
そう。
夢でエーベルハルトを刺した令嬢も、この学園にいたのである。カレリアにそれと無く特徴を聞いてみると、カレリアは彼女に注意をしたことがあったらしい。
そう言えば、彼女はこちらを刺す前に、「学院にいた、あなたのせいでッ……!!」と言っていた。
(もしかして、注意の仕方が悪かったとか、か?)
1つ、エーベルハルトには思い当たる節があった。カレリアはたびたび揉め事を起こした令嬢に注意をしていたが、どうも彼女の表情の固さのせいで、悪印象を持たれる場合も多いのである。
カレリアは案外、強情なところがある。ここでエーベルハルトが「やめてくれ」と言っても注意するのを止めないだろう。
となれば、彼女を守るためにやることはただ1つ。
(――彼女をフォローするまでだ)
エーベルハルトは覚悟を決めた。
こうして、エーベルハルトの作戦が始まった。
カレリアが令嬢に注意をする。するとすかさず、カレリアが去ったあとから王子が現れるのである。
「本当にカレリア様ってどうなのかしら? ちょっときつすぎるんじゃ……!?! ……って殿下ッ!?!」
突如、するりと現れたエーベルハルトに姿勢を正す令嬢たち。
「い、いえ、失礼しましたわ。これはこちらの言葉のあやで」
「いやいや、わかるよ。カレリアはちょっと言い方がキツイよね」
「えっ!?!」
口をあんぐりと開けた令嬢たち。
それはそうだろう。
エーベルハルトとカレリアの不仲は学園中で知られている。なのに、なぜ王子が彼女をフォローするようなことを言うのか。
が、エーベルハルトは爽やかにほほ笑んだ。
「まあ、彼女も悪気があったわけじゃないから気にしないでいいよ、僕の方からも注意しておくから」
「そ、そうですか……」
さらに、別のグループでも、
「いやあ、ごめんね。ちょっと彼女は口調が強くてね……ただ、君たちのことが嫌いってわけじゃないんだ。その証拠に、揉めた方のグループにも同じ態度で接しているよ」
「は、はぁ……」
ここぞとばかりに、フォローをしまくるエーベルハルト。
(意外だ……)
エーベルハルト自身もそう思っていた。
昔の自分であれば、こんな真似はしなかっただろう。
昔は自分の方が上であるべきだとずっと思っていた。
だが、今は違う。
――そう。別に自分の方が劣っていてもいいじゃないか。
エーベルハルトは夜な夜な遅くまで頑張ってくれている彼女の姿を思い浮かべ、薄く、微笑んだ。
(まあ、こういう立ち回りは俺の役割だよな)
こういうことを繰り返していると、次第に学園の雰囲気も変わってくる。
前までは、カレリア嬢に反感を覚えている令嬢も少なくなかったのだが、王子の的確なフォローにより、「……まあカレリア様は、別にえこひいきをしているわけじゃないしな」という感じになってきたのである。
さらに、しばしば学園内で楽しそうに会話している2人や、時たま、殿下に何事か囁かれて、顔を真っ赤にして小走りに去っていくカレリア嬢の姿が頻繁に目撃されるようになると、
「あれ? 普段冷静そのものなのに、2人きりになると顔を真っ赤にしてしまうカレリア様と、そんな才女に嫉妬することなく、陰からフォローする殿下……実はあの2人、ものすごく尊いんじゃないかしら?」的なファンが一気に急増したのである。
◇◇◇
――が、こうなって面白くないのは妹のリリアである。
自分が学院に入ったのに、話題になるのは姉と王子ばかり。しかも学園に入る前は、王子と姉は不仲だと聞いて喜んでいたのに、実際転入してみたら、2人は理想のカップルだと言われているのである。
しかも、殿下に話しかけても、「姉との惚気」を語るばかり。
「なんでみんなお姉さまばっかり! 殿下だって可哀そう……あの冷たいお姉さまなんかと婚約させられて!!」
というわけで、
「お姉様は、ずるいわ!! いろいろな人をいじめて、自分の頭の良さをひけらかしているんですもの!!」
卒業パーティ。楽しく踊っていたドレス姿の令嬢たちのど真ん中で、義妹は声を上げた。
後ろに控えるのは、侯爵家の男子を中心とした取り巻きたちである。
一方、着飾ったカレリアの横にいるエーベルハルトは、頭を抱えていた。
恥ずかしい。
(うっ……)
というか、自分もがっつり加担してやっていたことなので、死ぬほど恥ずかしい。
「……し、死にたくなってきた」
「大丈夫ですか殿下」
「あ、あぁ大丈夫だよ。いつもありがとう、カレリア」
カレリアの心配そうな視線に、気を取り直す。
「あ、あのだね、リリア嬢」とエーベルハルトは口にした。
「なんですか!! 殿下!?!」
「ちょ、ちょっと落ち着こうか。えぇっと、君はカレリアが何をしたって言うんだっけ?」
「は、はい! お姉さまはいろんな人をいじめているんです!」
状況証拠も何もあったものではない、ひどい告発である。
俺はこんなことに加担していたのか、と軽く絶望的になりながら、エーベルハルトは淡々と論破することにした。
「ちなみに、その証拠は?」
「しょうこ……ですか? そ、そんなものはありません! で、でも、お姉さまが下級生にお説教をしてる場面を何度も見ました!」
「いやそれは普通に注意の範囲内だったよ」
王子の発言に、周囲もうんうん頷く。
「で、ですが、お姉さまはいつも通りの冷たい目線で」
「それだけ彼女が真面目にやっているということだ」
「殿下は本当のお姉さまを知らないんですわ!!」
リリアが周りを見渡す。
「………………」
どうやら彼女も、周りが疑惑の目を向けていることに気が付いたらしい。
「な、ならっ! 他にも証拠はあります!! その……お姉さまは私を夜な夜な拘束して、遊びに行かせないようにしているんです!!!」
「………………そうなのかい?」
と、後ろにいたカレリアに尋ねてみる。
「………………あまりにもテストの点数が悪かったので自主的に勉強会を開いていました」
「ちなみに何点?」
微妙な表情でカレリアが答える。
「4です」
「10点満点中かな?」
「………………100点満点です」
「そ、それは」と頭を抱えながら、エーベルハルトはリリアに向き直った。
「も、もうちょっと勉強した方がいいんじゃないかな」
リリアのあまりの点数のぶっちぎり具合に、思わず本人を除いたその場にいる全員が同意した。
「で、でも、お姉さまは弱いものいじめが好きで!!!」
なおも言い募るリリア。
(埒が明かない、か)
そう思ったエーベルハルトは行為で示すことにした。
「――残念ながら、僕は君よりもカレリアのいいところをいっぱい、知っているけどね」
そう言いながら、エーベルハルトはおもむろにカレリアの手を握って持ち上げた。
周囲の前にさらされる両者の手。
「「きゃあああああああああ!!!!」」
思わず、周囲もヒートアップした。
色気漂う王子が己の婚約者への愛を歌い上げたのである。
普段「鉄面皮」と噂されるカレリア嬢も顔を真っ赤にして、「て、手をつなぐのは2人だけのときって約束しましたのに……」と顔を伏せている。
「さて」とエーベルハルトは義妹側に向き直った。
正確に言うと、エーベルハルトの視線は、義妹の後ろにいるある男子生徒に注がれていた。
「ピエール。君もあまりうちの義妹に適当なことを吹き込まないでほしいな」
「なッ……!」
奥の方にいたインテリぶった侯爵家嫡男の瞳が揺れる。
「そもそも、うちの義妹に姉を嫉妬させるように吹き込んだのは君たちだろう?」
そう。
エーベルハルトは夢の中でのことを思い出していた。
『何かあった未来』の中でも、1人だけ嫌に調子のいい男子生徒がいた。
――マインツ侯爵家のピエールである。
そもそも、リリアは姉に対する嫉妬心はあるが、あまり頭のいいタイプではない。
(それがこの卒業パーティで、一番目立つ場所を計算して、姉を断罪するという選択肢を取るか?)
疑問に思ったエーベルハルトはすべて調査していた。
その結果、ピエールがリリアをうまく口車に載せていた、というのはすでに分かっている。
「随分と君の家はお金が尽きかけているらしいね。少し、遊び過ぎのようだ。そして、金策のためにエーレンベルク公爵家に近づこうとしたけど、脇の甘いリリアは家での地位がそれほどない。だから、上手くカレリアをけなして、リリアの地位を高めようとしたってところかな」
次第に青ざめるピエール。
そこまで言った第1王子、エーベルハルトはにこやかに笑った。
「残念だが、王族を甘く見過ぎたようだね」
そう。
すでにエーベルハルトはあらかたマインツ侯爵について調べていた。
カレリアの頭脳と、エーベルハルトの権限。その2つをもってすれば、調べられないものなどない。
「さらに、脱税に土地の違法売買とはね。自ら遊ぶ金欲しさに、税をちょろまかすとはいい度胸だ。随分とやってくれたが……」
――僕たちを相手にしたのが悪かったね。
王子から下された宣告。
終わった。
誰もがそう思った瞬間。
「く、ふざけるなよッ!!」
その時、ピエールが動いた。
「お前らの仲が悪ければ、こんなことには……!」
そう言いつつ、あろうことかカレリアにとびかかる男。
まさか身分ある男子生徒が女子生徒に飛びかかるとも思えず、周囲の反応は一瞬遅れてしまった。
――が、
「おいおい、淑女にそれはないだろう」
次の瞬間。
一瞬の交差の後、ピエールは無様に床に伏していた。
「えっ」という声が周囲から漏れる。
そのすぐ横には、パンパンと手を軽くはたいて余裕を見せる王子の姿。
落ち着きを払ったエーベルハルトの態度は、余裕そのもの。いや、息すら切らしていない。
「誰か、彼を拘束してくれ。未来の王妃に対して暴行とはやってくれる」
「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
万雷の喝采。
婚約者の危機にとった王子のまさかの華麗な戦いぶりに、周囲は拍手を惜しまなかった。
特に王子と同じクラスで何度も授業中に投げ飛ばされた男子生徒たちは、「俺たちの努力がついに実ったぞ!!」と謎の達成感に包まれ、泣いていた。
そんな周囲の熱狂をよそに、エーベルハルトはすぐさまカレリアに向き直った。
「大丈夫かい?カレリア」
「そ、そんなことより、い、今私のことを『王妃』と……」
「あぁ、ごめん。少し先走ったかな」
気まずさを感じる。
エーベルハルトは、ついつい夢の中で見た結婚式と重ね合わせ、カレリアのことを「王妃」と呼んでしまっていた。
「別に君がいやなら――」
「つまり、これはぷろっぷろ……プロポーズですか!?! で、ですが私は表情も硬いし、その……殿下にはふさわしくない気が……殿下にはもっと……俗にいう『真実の愛』を見つけられる機会があるような」
エーベルハルトは改めて目の前のカレリアを見た。
目を伏せ、しどろもどろになる彼女。
はぁ、とため息をつく。
なんて可愛いんだろうか。
「いやだな」
真っ赤になって不安そうな顔をするカレリアを見る。
そんなカレリアに返事をする代わりに、王子は抱きしめることで答えた。
(――もう二度と離すものか)
「カレリア。君こそが、真実の愛だよ」
大広間は一気に祝福に包まれた
―ちなみに、その時のカレリアはとてもじゃないが、普段の冷たい表情のかけらもなかったという。
◇◇◇
その後、マインツ侯爵家のピエールなどを始めとした、リリアをそそのかしていた連中は退学になった。一旦、自宅で謹慎を命じられているが、脱税や土地の違法売買など、追って沙汰が下されるだろう。
一方、妹はというと、隣国に留学という形で決着がついた。
生徒会室で、お茶を飲んでいたエーベルハルトは、
「殿下、ありがとうございます。妹のことも」とお礼するカレリアに返事をした。
「まあ、どちらにしろあのままだったら、学園では反感を買っていただろうしね。留学は妥当かもしれない。隣国は商業が発達していて行動力や、やる気が歓迎される。案外、妹君には似合っているんじゃないか」
もちろん、彼女も同罪だという意見もあったが、リリアもリリアで、やはり優秀な姉と無意識に周囲から比較されてしまうことが多く、「姉には負けたくない」と思ってしまったが故の暴走だったらしい。
(まあ、その気持ちはわかるしな……)
エーベルハルトも若干わかってしまった。自分も、夢の中では彼女の才能に嫉妬し、勝手に敵視をしていた。
リリアの場合は、エーレンベルク公爵が責任をもって、隣国で性根を叩き直してもらいます、と言っていたので問題はないだろう。
ただ、隣国に行くことになった義妹は、「お姉さまには負けませんからね! 義兄さまよりも、もっと素敵な男性を捕まえて見せますから!!」と息巻いているようだ。
その熱意だけは見習いたいな、とエーベルハルトは思った。
そして、2日後、再び卒業パーティが開かれた。前回の醜聞を受け、もう一度やることになったのである。
会場に着いたエーベルハルトは、カレリアを探した。
カレリアは一足先に会場に着くと言っていたが……。
「へぇ」
エーベルハルトの目の前では、端正な顔立ちの黒髪の男子生徒とカレリアが話している最中だった。
話が終わり、カレリアがこちらに駆け寄ってくる。
目があったので、エーベルハルトは軽く男子生徒に会釈をした。
「殿下、お早かったですね」
「あぁ」と返事をしつつ、エーベルハルトは男子生徒に流し目を送った。
「今の誰?」
「グレアム、という方です。最近私の話によく付き合ってくれて」
「ふぅん」
夢で見た楽しそうな顔の彼女を思い出し、思わず声が固くなる。
――が、ふふっ、という笑い声が聞こえた。
「殿下ったら嫉妬ですか?」と、笑うカレリア。
「そんな顔しなくても、大丈夫ですわ。その……私は殿下のことが一番大好きですから……!」
恥ずかしそうに微笑むカレリアを見て、エーベルハルトは手で顔を覆った。
どうやら彼女には見抜かれていたらしい。
「まあでも」
彼女の手を取る。
「僕の方が君を好きだけどね」
「どのくらいですか」と問うカレリアに、いたずらっぽくエーベルハルトは笑った。
――命を投げ出すくらい、かな。
もちろん、思いの外重かった愛の言葉に再びカレリアの顔が真っ赤になったことはいうまでもない。
この後、学園を卒業した2人は結婚した。
王位を受け継ぎ、政治を任されることになった2人は、時にイチャつきつつ、後世に謳われるほどの活躍を見せた――
※キャラ紹介
エーベルハルト
→美形な元クズ王子。カレリアの才能に嫉妬し、彼女に仕事を預け遊び呆けていた――が、『王家の加護』により、このままだと最悪の未来が待ち受けていることを自覚し覚醒。カレリアに素直に思いを伝えたり、陰ながら彼女のフォローをしたりするサポート型王子になった。一応荒事も得意で頼れる男へと進化。悪い点は、強いて言えば夢のせいで、若干愛が重くなったことくらい。
カレリア・エーレンベルク
→冷たい表情、冷静沈着をもって知られる公爵令嬢……と思われているが、実は感情表現が苦手なだけ。王子に素直に思いを伝えることができず、報われない日々を送る……がはずだったが、覚醒した王子に溺愛される。最近、急に表情が柔らかくなったともっぱらの評判。
リリア
→カレリアの義妹。アホ。元々若干レベルの低い学校に通っていたが、姉のいる超エリート校に転入してきた。そのせいで100点満点のテストで4点をもぎ取る猛者として周囲を恐れさせている……が行動力とやる気はあるので、勉学以外だったら輝ける(かもしれない)
マインツ侯爵家のピエール
→『何かあった未来』でもリリアをたきつけ、甘い汁を吸おうとしていた。リリアがもう少しまともだったら、それなりに工作も成功したかもしれないが、彼をもってしても、リリアのアホっぷりを予想できず、裏で糸を引いていたのがばれた。バカ。
グレアム
→黒髪黒目の男子生徒。その正体は姿を隠していた隣国の王子。『何かあった未来』では、婚約破棄をされ傷心中のカレリアを慰めるうちに、相思相愛に……という流れだったが、エーベルハルトの覚醒によって、彼女の単なる親しい友人に。
ちなみに、エーベルハルトによく意味深な感じで見つめられるので、「もしかして俺の正体がバレているのか……? さすがは王子。一筋縄ではいかない、か」とか、「なんだよあの意味深な視線は……!?!」などと深読みをしまくっている。ある意味一番の被害者。
カレリアの取り巻き
→クールなカレリア嬢に憧れた令嬢たち。最近はそもそもカレリア様が全然クールでも何でもなくなってしまったので、一時解散がささやかれたが、「ちょっと待って。クールなカレリア様とデレるカレリア様はどちらも尊いのではないでしょうか」という結論に達して、事なきを得る。
カレリアに復讐しようとした令嬢
→『何かあった未来』では、学園でカレリアに厳しく注意されたせいで、カレリアにずっと恨みを抱いていたが、エーベルハルトの的確なフォローによって、カレリアに対するわだかまりが消えた。今では、いちゃつく2人を温かな目で見守っている。
実技担当の教師
→筋骨隆々の武人。急にやる気を出したエーベルハルトを見て、「今までぼんくらのフリをしていたってことか……俺としたことが一本取られたぜ……」と別方向で謎の勘違いをしている。
エーレンベルク公爵
→娘大好き。エーベルハルトとカレリアの結婚式ではヤケ酒を呑みまくっていた。
国王
→エーベルハルトとカレリアが結婚してからというもの、愚痴が増えたエーレンベルク公爵のことを面倒だな……と思って辟易中。孫を作って早くターゲットを他にしてほしい、と願っている。
2人の関係性に死ぬほどイライラしていた初代国王アルフレッド
「うわあ……。エーベルハルトとかいう小僧……本当に俺の子孫か……??? どう考えてもその子、完全にお前に惚れているけど素直になれないってだけだろ……あぁ、もうじれったい……!!」
お読みいただき、ありがとうございます!
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