~美桜と兄~
峰岸君を背中が見えなくなるまで見送った美桜は家の中に入る。
家の中に入るといい匂いが漂ってきた。匂いのする方へ行くとどうやらリビングからの匂いで、クリスマス料理の準備をしている両親や兄の姿があった。
「おかえりなさい、美桜。今クリスマスの準備をしているの。美桜の好きなグラタンもあるわ。お父さんが作ってくれたのよ。私はケーキを焼いてみたの。」
「おかえり、美桜。そこに立っていると風邪をひくぞ。早く手を洗ってきなさい。」
「美桜、お前も料理運ぶの手伝えよな。母さんと父さんが奮発していっぱい作ったんだ。おかげでテーブルに入りきらねぇ。」
母が家に入った美桜に声を掛ける。続けて父や兄までもが美桜に声を掛けるが美桜は目の前の光景に唖然としその場に立ち尽くす。
今まで美桜の事を見向きもしなかった家族が距離を縮めようとする事に美桜は耐え切れず言葉を発する。
「どうして……。どうしてそんなに…平然としているの…。今までお兄ちゃんばかりで、私のこと見てこなかったのに…。今更……こんなの…。こんな…『家族』みたいな事…。今までの私の気持ちはどうなるというの…。結局私の事、何もわかってない…。やっぱり…こんな家大っ嫌い!!」
今まで美桜の事を見向きもしなかった家族。
カノンの日記に家族と食卓を囲む数が増えて会話も増えていると書いてあり知ってはいたが、ここまで家族が距離を縮めようとしてくれている事に信じる事も受け入れる事も出来ず、いたたまれない気持ちになり外へ飛び出し走り出す。美桜の心は家族に対してなのか、自分に対してなのかいろんなぐちゃぐちゃした感情で次第に涙があふれ出る。
雲がかかっていた空からは雨が降り出した。
美桜は小さい頃兄とよく遊んだ公園に来ていた。公園には滑り台やブランコ、ジャングルジムに砂場があり、そして左右に大きな穴が開き、天井部分が固いプラスチックで空が見えるようになっていて雨風がしのげ、大人二人分が入る少し大きめのドーム型の遊具もある。美桜はそのドーム型の遊具の中でうずくまる。
美桜が遊具の中でうずくまって数分後、美桜の兄が傘を持って遊具を覗き込んで来た。
「やっぱりここにいた。濡れたままそこにいると風邪ひくだろ。帰るぞ。」
兄はぶっきらぼうに言うが以前と違いその声色に優しさも少しは混ざっている。
だが美桜は首を横に振る。兄の態度にすら拒絶を覚える。こんな兄は知らない。気持ち悪い。近寄らないで。話しかけないで。どうして今更こんなに接してくるの。
美桜の心は黒い感情でいっぱいだった。
それを知らない兄はドームの中に入り美桜の横に座る。
「このひと月と少し…お前の様子が変わってからいろいろ考えてた。今から言うのは本音だ……。――――。」
兄は以前カノンに話した内容をポツリポツリと美桜に話す。努力しても報われないこともある事、そのおかげで仲の良かった友に裏切られ自分の周りから人がいなくなった事、美桜が勉強ばかりするようになって離れていった事、多くの出来事が重なって努力してるのを見ると怒りと悔しさが込み上げる事。カノンとの約束通り口調も戻り兄妹の思い出のある公園の遊具でうずくまる美桜を見て兄の中で美桜が帰ってきたと思ったから話しだす。
「そういう事があってお前に冷たく当たった。……父さんも母さんもお前に見向きをしなくなった…。俺のせいでお前にずっと長い間寂しい思いをさせて、傷つけた……ごめん…美桜。許してくれとは言わない。俺はそんなこと言える資格はない。
反省…してるんだ。俺も…父さんも、母さんも。それだけは信じてほしい。
都合がいいのはわかってる。信じてくれるのも、反省しているのをわかってもらえるのも、どんなに時間がかかってもいいから…じいさん、ばあさんになった時でもいいから…。それくらい美桜を傷つけた。美桜……本当に…ごめん。」
兄はゆっくりと美桜に話した。最後の謝罪はうずくまる美桜の姿に向かって伝えた。
兄の話を聞き終えた美桜はまだ信じる事や受け入れる事、許せるほどの器量はないが顔を上げ泣き腫らした目で兄を見る。兄の顔は真剣そのものだ。
今までの冷たい兄ではなく二人がまだ幼く仲良かった頃の兄の面影のある表情だ。
その兄の表情にまた涙が出てきた美桜。
兄の気持ちがちょっとだけ伝わりなぜそのような行動に出たのかわからないが兄の洋服をつまむ。
その様子を見た兄は美桜に拒絶される覚悟で美桜の体を抱きしめた。
そうせざるを得ない衝動にかられた。兄は再度伝える。
「本当に、今までごめんな」
その行動と言葉を機に美桜は今まで抑えてた感情の分の涙があふれ、抑えてた声も出て兄の背中に手を回し、自分の手を強めに握る。
兄はさらに美桜をきつく抱きしめもう二度と同じことはしないと、これからは今までの分大事にすると心に誓う。
気が付けば外は真っ暗で雨は雪に変わっていた。
美桜の涙が止まり落ち着きを取り戻した頃、二人はドーム型の遊具から出た。
「帰ろう。父さんと母さんが待ってる。それに濡れたままだしな。これ着ろよ。」
兄は自分の来ていたコートを美桜にかける。美桜は足が寒いのと緊張が解け地面に座り込んでしまった。
冷たい地面に座り続けるのはまずいと思った兄は、すかさず美桜をおんぶする。
その様子に美桜は驚くが小さい頃もこうして泣いた後はおんぶしてもらったなと昔を思い出した。
兄は家に向かって歩きだす。
「お兄ちゃん…。どうして私があの場所にいるのわかったの?」
美桜の問に立ち止まり、返答する兄。
「小さい頃、俺と喧嘩した時とか母さんに怒られた時よくあの場所にいただろ。それを思い出したんだよ。そういや、美桜が泣いた後はこうしておんぶをしたなぁ。昔より重くなったな」
「重くなったじゃなくて、『大きくなった』でしょ!失礼な!」
「いてっ。」
昔を懐かしむ兄だが最後に余計な事を言ったために美桜に背中をバシッと叩かれた。
「お兄ちゃん…。今すぐには全部は許せない…。
お兄ちゃんの言う通り時間がかかると思う。けど…気持ちは伝わったよ。
……話してくれてありがとう。」
「こちらこそ。(ありがとうな。)」
兄はまた家に向かって歩き出す。
美桜は自分が今思う気持ちを素直に兄に伝えた。兄も美桜の言葉に嬉しくなり、久々に兄妹という関係に心が満たされた気分だ。
兄の背中に甘える事にした美桜は右手に傘を差し、もう1つは左手に持つ。
二人はその後家に着くまで無言だったが、気まずさはなかった。