~カノンの自伝(Ⅰ)~
一通り朝の準備や朝食を済ませた美桜は使用人にまた部屋に戻ることを伝える。
(若い使用人さんは普通に接してくれるけど、ご年配の使用人さんはカノンさんに対する態度が少し冷たい気がするのはなぜでしょう。)美桜の心に引っかかる気持ちはあるがそれは後で考えることにした。
部屋に戻った美桜は考えや状況を整理し始めた。まず言葉や文字の読み書きだ。会話は先ほど使用人たちとしていた。読み書きのほうは部屋にあった本やペンで試してみる。何故こんなにも問題なくできるのか考えてみる。いろいろ考えてみた結果、一つの考察が生まれた。長年使っている言葉や文字の読み書きはその人自身の身についているものだから癖のようなもので自然と出来てしまっているのではないかということだ。だがそれ以外の知識や技術、考えは美桜のままだ。おおむね整理できたところでさっきの紙の束を一枚ずつ読んでいく。
その内容はカノンの自伝だった。美桜は最初読むことに躊躇ったが読み進めてみることにした。
アルストロメリア王国の侯爵令嬢であるカノン・グレイス・フローライト。
彼女はフローラント家の末娘として生まれ、令嬢として必要な教養をそつ無くやり遂げる。
だがそれは彼女自身の負けず嫌いの性格故に妥協を許さず誰が見ても納得のいくよう影で予習・復習をし完璧になるよう仕上げていたのだ。
そんな彼女の努力を知らない家族や他の貴族からは末娘と言う生い立ちや失敗のない完璧な令嬢と言う理由で彼女を必要以上に甘やかす。
日頃から人に囲まれ華やかな生活の中で何不自由ない生活。
傍から見ればどこに不満があるのだと思うかもしれないが、自分で手に入れた地位でもなければ、自分から習いたいと言ったわけでもない。
親が決めた道を当たり前のように進んでいてまるで自分の意思はそこにないような気がして今の生活や周囲の対応、自分の日頃の振る舞いにさえも「つまらない」そう呟く。
「さすがカノン様。何を教えても一度で完璧にこなすのですから、もうこれ以上私がお教えできるものはありませんわ。このような逸材のお嬢様を持って旦那様は鼻が高いですわね。」
家庭教師もこのような調子で褒め称える。
「さすがは私の娘だ。何をさせても完璧だ。これで社交界に出るとなれば他の貴族達が黙っていないだろう。ましてや容姿も申し分ないのだ。私はとても鼻が高いぞ。褒美に欲しいものを何でも買おう。ドレスでもアクセサリーでも何でもよいぞ。」
父も日頃からこの調子だ。
こんな環境が続き、気がつけば17歳。幼少のころは良くてもさすがにこうも甘やかされ続ければうんざりする。
「いい加減、年を考えて甘やかすのはやめてもらえないかしら。」
ため息交じりに呟くカノンは他の令嬢とは少しずれていた。このように甘やかされれば我が儘で自己中心的な振る舞いをしてしまうだろう。だが当の本人はドレスやアクセサリー、社交界と言う令嬢達が興味津々なものには目もくれず、古代の歴史や政治、法に関するものに心を奪われていたのだ。
そのことを父に話してみたら令嬢らしくないと一蹴された。
「女は政治にかかわるな」なんて考えが古いわ。女だろうが男だろうが国をよくしていこうとする気持ちを持つもの達で協力していけば良い政策が行えるはずなのに。お父様のわからずや。いいわ、それなら私が社交界で他の貴族たちに直接掛け合ってみるしかないわ」
そう意気込むカノンだった。