~心~
カノンと原さん、峰岸君の三人は一ノ瀬家の皆と合流すべく、駅のロータリーまでやってきた。
待ち合わせ時間までちょっとだけ早く着いたカノン達。
カノンは徹にロータリーにいる事を一報入れ、原さんや峰岸君達と車が見える位置まで移動し、談笑していた。
そうして徹の車を待っていると携帯に連絡が入り、カノンがロータリー内を見渡して車が来ているのを確認し、合流してカノンの案内で目的地まで向かった。
郊外を抜け、少し殺風景の住宅街の中を走らせる事数分。
駅からかなり離れており、所々に住宅が並ぶ景色の中に、背の高い木に囲まれた白い建物が見えてきた。
「あの建物ですわ。」
「駅からは離れているけど、わかりやすい道でよかった。」
徹が運転しながらカノンと話し、緩やかなスピードで建物に近づくと、駐車場までの案内が見え、それに従って車を定位置に停車し各々が車から降りて辺りを見渡した。
「ここ、空気が気持ち良いわね。
郊外から離れているというのもあると思うけど…。思ったよりも緑が多いし、そのおかげもありそうね。」
「たしかに…母さんが言うみたいに意外と木とか花とか…多いな…。
奥行きとかも結構あるし…学校…いや、病院?のような造りだな。
なんなんだ…ここ。」
「一応、病院みたいですわ。とりあえず、中へ入りましょう。」
結や要達は建物やその周りを見渡し、カノンに建物の仕様を確認する為、視線を向けたが、にこやかな表情で曖昧な返事をするカノン。
そんなカノンに付いて行く形で皆は建物の中に入った。
カノン達が建物の中に入ると、外観からは予想がつかないほどの広いエントランスが目に飛び込んで来た。
その広いエントランスの真ん中には小さな舞台が設置されており、その舞台の上にはいろんな種類の楽器が並び、舞台前にはパイプ椅子が何十脚もキレイに並べられていた。
「…ここ…本当に病院…?キレイなエントランスね…。
まるでホテルのようだわ…。
外から見た時は中がこんな設計だなんて想像つかないわ…。」
「…本当ですね…人も思ったよりもいますし…。」
結や原さん、カノン以外の皆が目の前の光景に唖然としていると、カノンが受付をするために皆から一度離れた。
カノンと入れ替わるように、物腰が柔らかそうな女性がにこやかな表情で、唖然としている皆に近づいてきた。
「こんにちは。
ようこそ、チャリティーコンサートへ。
もうすぐ開演致しますわ。どうぞ、空いている席にお座りください。」
「チャリティー…コンサート?」
女性の言葉に結が疑問の表情を浮かべた。
それを見た女性は、結の疑問ににこやかに答えた。
「リサイタル…と言っても過言ではありませんが、私はチャリティーコンサートと呼んでいます。
チャリティーコンサートと言っても、出演者様や入場者様…どちらにも一切お金はかからない事になっていますの。」
「そう…なんですか…。ところで…あなたは…。」
「申し遅れました、私はここの院長をしている風音と申します。」
「風音さん……初めまして、一ノ瀬と申します。
ここは…いったいどういった施設なのですか?」
「ここは…簡単に説明しますと、精神病院ですわ。」
「えぇ?!ここが…ですか…。とてもそんな風には見えません。
参加している方々の表情も穏やかですし…。
それに…私服の方が多く、あまりナースや医者の姿が見えません。
私達が想像する病院とはかけ離れています。」
ここの院長だという風音さんと結の会話に徹も入ってきた。
「ふふっ…病院に見えない…それは最上級の誉め言葉ですわ。
ありがとうございます。
ここのコンセプトは、精神病院だけども、そのように見えない環境づくりですの。
ナースや医者はもちろんいますし、受付もエントランスを超えた所にありますわ。
私服の方が多いのは…私服に見えるようにデザインされた、動きやすい制服を着用している勤務中のナースや医者が混ざっていますの。
よく見ると、首からネームプレートを下げていますでしょ。
職種で色が異なりますのよ。
それに、表情が穏やかな方が多い…そう仰ってはくれましたが…。
心を痛めた方と言うのは…様々ですわ。
私達が見えている表情…それは時には偽りなのですよ。
あの方達は…自分にも…他人にも気持ちを偽るのが上手なのです。
『自分は大丈夫。なんともない。だから、心配しないで。』
そうして知らないうちに自分を追い込むのですわ。
本人は自覚無しに置かれた環境の中で何かあると自分を責めて…否定して。
周りも見えなくなって…自分をいらないものだと思って…。
周りが気付いた時には……。
それは『弱いから』だという方もいますが…。
はたしてそうでしょうか。
強弱は…所詮、他人の物差しにすぎませんわ。
何がその人の心に刺さるかは人それぞれです。
そのような断片的な情報だけで『その人』を判断しないで欲しいのですわ。」
「「「「「……。」」」」」
風音さんの穏やかな言葉の中に、諭すような芯のこもったものがあった。
それを聞いた皆は、唖然としていた表情から引き締まった顔になり、考え込んだ。
「すみません、少し暗くなってしまいましたわね。
話しを少し戻しますね。
ここの施設では通院されている患者様や入院されている患者様、そうでない方も招き、定期的にチャリティーコンサートを開催しているのです。
出演者様はプロ、アマを問わずに楽器が弾ける方を対象としてまして、事前にオーディションもしているのですよ。
音楽は…完全にとは言い切れませんが、幾分かは心に温かさや光をくれます。
願わくは…この場所が、万人の拠り所になれるように…と、日々活動していますわ。
ちなみに、平日の数十分は私も演奏をして、皆さんに音楽を届けていますの。
これでも、元ピアニストですもの。
いかなる人にも心に平穏が訪れるように私も奮闘する所存ですわ。
さ、長話はこの辺に致しましょう、開演の時間ですわ。」
風音さんは自分の事やこの施設の事を説明し終え、開演時間が来たのを確認し、再び皆を空いている席に座るように促した。