~最終日(前編)~
空手の大会、本選最終日。
この日は個人戦、団体戦ともに準々決勝、準決勝、決勝の計六試合が行われる。
午前中に個人戦、団体戦の準々決勝と準決勝が行われ、午後に決勝が行われる予定だ。
カノン達の学校は団体戦で準々決勝まで勝ち進んでおり、カノンや主将も個人戦で準々決勝まで進んでいた。
大会最終日と言う事もあり、観客は一層多く、会場は凄まじい熱狂に包まれており、この最終日にも、カノンのファンや原さん、峰岸君に一ノ瀬家の皆が応援に駆け付けていた。
そんな大会の空気にのまれないようにカノン達は冷静を保ち、試合に向けてウォームアップ等の準備をしていた。
「一ノ瀬さん、今日も調子良さそうだね。前回の予選の時は顔色が悪かったけど、今回はオーバーワークしてないみたいだし、安心して戦いを見ていられるよ。」
「前回は…そうですわね。無理し過ぎだと思います。ご迷惑をお掛けしました。」
カノンが待機場所に敷いているシートの端で、軽くストレッチをしていると、主将が声を掛けてきた。
カノンの座っている隣の空いているスペースに主将も座り、カノンと同じように軽くストレッチを始める。
「ううん、それはもう大丈夫だよ。あの後、何度も謝罪を聞いたし、迷惑と思ってないから、ほんと、いいの。……ただ…。」
「…?」
「本当に…強くなったなぁ…と思って。最初見た時、こんな美少女系女子が空手なんて出来るのか…って、疑ってたの。
聞けば初心者だって言うし、空手を始めた理由が男子生徒の絡み対策って言うし、長年やってきた身から言うと、そんなんで勤まる訳ない…って、どこかで否定していて…。
でも、部活がない日でも空手を習おうと外で教室に通ったり、自主練したり、ご飯のメニューまで考えたり、体力づくりしていたり…。
あぁ…本気なんだな…って思ったの。
そしたら、始めたばかりだというのに、のみ込み早いからメキメキと力つけて強くなった。
そして初試合の冬の大会でそこそこ成績出して、危うかったけど、この間の予選も突破して、今ここにいる…。
ほんと、何なの…ってくらい強すぎだし、見惚れちゃうくらい一生懸命でカッコいいし、ファンが出来るのも無理ないなって思う。
正直、一ノ瀬さんに、憧れと、羨望と嫉妬…してた。」
「……主将さん…そんな風に…思われていたのですか…。」
主将の心内を聞いたカノンは、そのように思われていたなど知らず、驚きを隠せずに何と言葉を出していいものか俯き、悩んだ。
そんなカノンの様子を見た主将は、ふっと小さく笑い、立ち上がり、真っ直ぐにカノンを見た。
その目には力がこもり、それでいて強気の笑顔を浮かべていた。
「そんな一ノ瀬さんに…宣戦布告します。誰にも…一ノ瀬さんにも…絶対に負けない。
次の試合…絶対に勝ち上がってきて。
準決勝で会おうよ。」
「…主将さん。……望むところですわ。」
カノンも立ち上がり、真っ直ぐに主将を見て同じく、強気の笑顔を見せた。
トーナメント的に、カノンと主将は同じグループ内だ。
二人が勝ち進めば、準決勝で戦う事になり、どちらかが勝った方がもう一つのグループの選手と決勝で戦う事になる。
それを知っているからと言って、お互いに譲る気のない強気な姿勢を見せた。
「あ、あと、準決勝で私が一ノ瀬さんに勝ったら……。―――。」
「………!…ふふっ、わかりましたわ、お約束します。」
「絶対だからね!!っと、それじゃ、個人戦始まっちゃう!行こう!!」
カノンと主将はとある約束を交わし、試合に挑むため、必要な荷物を持ち、選手の待機場所まで移動した。
カノンや他の選手の皆は案内に従って会場入りをし、試合の準備を着々と進め、試合マットの上で挨拶を交わし、身を構えて試合開始の笛の音を待つ。
試合開始の笛の音が鳴ると同時に、各々が強気な姿勢で踏み込み、技を繰り出していった。
準々決勝ともなると、試合は今までのように一筋縄ではいかない。
激しい攻防を繰り広げながらも二人は、試合を勝ち進み、約束通り、準決勝まで勝ち残った。
「(いよいよ準決勝…。これに勝てば、決勝ですわ。)」
次の準決勝の試合まで、数十分の小休憩をはさんでいる最中、カノンと主将は待機場所のマットの上で座り、案内を待っていた。
カノンは目を閉じ、精神統一を行っており、主将も同じく下を向き、集中を切らさないように精神統一を行う。
「(…よし、…………って…え。)」
カノンが目を開け、深く深呼吸をしようとした刹那、急なめまいが襲った。
カノンは体制を崩さないよう、両手をマットに置き、現状を打破しようと何度も深呼吸をした。
カノンの急変に気付いた主将は、慌てて立ち、カノンに駆け寄った。
「一ノ瀬さん!どこか具合悪い?!大丈夫?!医務室行く?!」
「い、いえ…大丈夫…ですわ。(なん…ですの…これ…この間の…引っ張られる感覚…。…っ…こんな時に!!)パァン!!」
「?!……い、一ノ瀬…さん?」
カノンは、またもやこの間の唐突に来た夢の中に引っ張られる感覚に襲われたのだ。
その現象を振り払おうと、思いっきり自分の両頬を両手で叩いた。
その行動に主将は驚いた表情でカノンを見る。
「…大丈夫ですわ。少し、お水を飲んだら落ち着きますので。きっと熱気に当てられたのですわ。気にしないでくださいな。」
「……本当に、ほんと?」
「はい、本当です。…ですから…手を抜いたら…承知しませんわ。」
「…っ……わかった。」
カノンは自分を心配してくれる主将に、内心感謝をしつつも、自分の今の状態に気を遣って手を抜くのだけはやめて欲しいと目で訴えた。
その瞳は、脅迫にも畏怖にも感じられ、主将が頷くには十分な訴えだった。