~不安を打ち消すモノ~
カノンの心に影が落ち始めたのと同時に、白かった世界が灰色に染まり始める。
「…一人なら…こんな感情を抱かずに済みましたのに…。」
カノンが一人だった頃を思い返していると、自国や現代日本、それぞれの国での出来事や関わった人物達が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
カノンは上を向き、目を閉じて、その走馬灯のように駆け巡る記憶を改めて思い返した。
「…一人では得られなかった感情や、出来事を多く体験しましたわ。
つまらなかったあの頃…何かを変えたいと願い、おまじないをしました。
そして現在…。
つながりを持ったからこそ、抱く感情…。
全部…わたくしの一部で、弱音も、怖さも…わたくしの感情…。
ここで変わらなければ…あの頃にまた戻ってしまいますわ。
『君は一人じゃない』……以前、殿下にそう言って頂けましたわね。
わたくし…自分で繋いだものがありますのに…。
せっかく…変わるきっかけに出逢えて、多くの人に支えられて…その人達に何かを返したいと考えていましたのに…。
それらを自らの手で壊そうとしていたなんて…。」
カノンは記憶を思い返していると、先ほどまで抱いていた感情が薄れ、いつものカノンの『らしさ』が戻り、閉じていた目を開けた。
その瞳は力強く、どうにか目を覚ます方法を考えるべく再度思考を働かせた。
「不安や恐怖はまだありますが…諦めませんわ。
強きで…参りますわよ。」
カノンが立ち上がり、再度目を覚ます方法を試そうとした刹那、灰色だった世界は白さを取り戻し、その世界はキレイな世界にも見えた。
「…そういえば、この世界…白くなったり、灰色になったり…わたくしの感情に左右されるのでしょうか…。
にしても…謎ですわね…。
最初にこの世界の夢を見た時はキレイな世界で、次は寂しい世界…。
今は…どちらも混ざっている…ように見えますわ。
キレイだけど寂しい……今の…わたくしの心?
希望を捨てない心と、恐怖や不安な心を表しているのでしょうか…。
でしたら、恐怖や不安な心、すなわち寂しい世界を打ち消して、希望を満たし、キレイな世界をもっとキレイだと思えるくらいにすれば、抜け出せるのでは!」
カノンは推測に過ぎないが、目の前の状況から抜け出すために、思いつく事を一つ一つ再度試していこうと考えた。
「そうなると…不安を打ち消す…うーん……。
………って、考えれば考える程、どうしてお兄様が出てきますのーー?!
…あの陽気な性格ですものね…あの性格を持ち合わせていたのなら…。
いいえ、無い物ねだりをしても致し方ありませんわ。
とりあえず、不安を打ち消す…………って、今度はお菓子を延々と食べる様子の殿下が…。」
『そのお顔…とても幸せそうでなによりですわ…。』
『アイリスさん…そんな目で殿下を見るのはやめてあげてくださいまし…そんなでも一応、次期国王なのですわよ。』
『そんなでもって、カノン嬢もなかなか失礼だよ。』
「ではなくて、不安を打ち消す……打ち消す…。」
『お姉様…またお兄様に振り回されて…ツッコミを入れ過ぎてげんなりしてますわ。
お父様も…少しはお姉様を助けてあげてくださいまし…。』
カノンは不安を打ち消す事を考えていたのだが、頭をよぎるのは本人の意志とは反して、自国にいる大切な人達との記憶ばかりだった。
考える事に集中しようと、その記憶を振り払うかのように何度も頭を左右に振るが、治まってくれる気配がない。
『いのりちゃん…次は学期末テストですわよ…。またそんな悠長に漫画を読み漁っているなんて…。』
『……現実逃避中なの…中間はよかったけど……期末はもう……。』
『……峰岸君…諦めたような目で見るのはやめてあげてくださいまし。』
「………。」
『ほんと、お前、なんだよチートかよ。始めたばかりでなんでそんなに空手が強いんだよ。』
『カノンちゃんは努力がすごいのよ!』
『のみ込みが早いのもあると思うよ。だから、こんなにも強い。』
『『『あとは、ひたすらに負けず嫌い!!』』』
『あー…それだな、それが一番の要因だ。つーか、どんだけ負けず嫌いなんだよ。』
自国の次は現代日本の大切な人達との記憶。
その駆け巡る記憶にカノンはだんだんと可笑しくなり、笑いが込み上げてきた。
「ふふっ…皆さん…これでは、不安を打ち消す事など考えられませんわ。
それくらい…皆さんの事で頭いっぱいですわよ。
………あ…。
皆さんがいるから…一人ではないから…不安も、恐怖も…もう、何も怖くないのですわ。」
カノンは皆とのやり取りを思い返しているうちに、次第に心が晴れていくのを感じた。
その刹那、キレイと寂しいが混ざっていた世界が、キラキラと光をかき集めたような空間に広がっていった。
その空間の先からカノンを呼ぶ声が聞こえ始めた。
「…この声は…いのりちゃん?……雅君に…結お母様、徹お父様に要さん…。皆さんの…声…。戻らなければ…。」
カノンは声のする方へ走った。
戻りたい、戻らなければ、そんな一心で。
今までよりも強く、強く願いながら。
カノンの願いが届いたかのように、突如、何もなかったはずの空間にモヤが出来た。
そのモヤはまるでスピーカーのようだ。
カノンを呼ぶ皆の声が大きく、はっきりと聞こえる。
カノンはそのモヤに向かって足に力を入れ踏み込み、手を伸ばしながら飛び込んだ。
カノンは何かにガシッと強く手を掴まれる感覚で、目を覚ました。
「カノンちゃん!」
カノンの手を掴んだのは原さんだった。