~自身~
カノンが自主練習メニューや食事のメニューを見直そうと試みて二週間後の週末、土曜日の午後。
この日は、カノン達が通う学校で急遽組まれた練習試合があり、カノンは楽しみのあまり今まで以上に気合が入っていた。
「(練習試合……そういえば、わたくしは初めての練習試合なのですよね。美桜さんは春休み中に何度かあると日記に書いてありましたわ。他校の方々と試合も出来ますし、個人の苦手や、部活やお教室以外の方々とは違う戦い方のクセやノウハウを学べます。すごく……楽しみですわ!!)」
カノンや、空手部の皆は、道着に着替え終わり軽くミーティングを済ませ、練習試合の相手校が来るまでウォーミングアップを済ませたり、基本練習をしたりと時間を費やしていた。
カノン達がそうして時間を有効に使っていると、練習試合の相手校が到着し、各校が準備に取り掛かり、いよいよ試合が始まった。
武道場の広さが十分ではないので、三組ずつしか試合が行われない中、試合の流れは各校の人数を考慮し、出来るだけ時間内に全員が組めるように表分けが行われた。
「(今日の練習試合…表分けによって全部で7試合…。楽しみですわ。)」
カノンは自分の順番が来るまで集中を切らさないように、自分の試合が行われるスペースの端っこで精神統一を行っていた。
試合は順調に進み、カノンの順番になり、カノンは一呼吸入れ、試合マットの上に移動した。
カノンや相手の選手は武道の作法にのっとり、お辞儀をして身を構え、試合開始の合図と同時に動き、攻防を繰り出した。
「………(初戦は…頂きますわ!!)」
両者の攻防のすえに、勝利を収めたのはカノンだった。
カノンは自分の試合を終え、次の順番が来るまで再びスペースの端に移動し、他の選手たちの試合を見ていた。
「(……初戦は勝てましたが、次も勝てるという保証はありませんわ。油断は禁物です。……この間の初の大会がいい例ですわ…。
ここにいる誰よりも経験が浅いです。他の選手たちの動きを見て、学べるところは学ばせて頂きますわ。)」
カノンは他の選手たちの試合を見ながら、次の試合をどう動こうか思考を巡らせていた。
そうして二度目のカノンの試合の順番になり、試合マットに移動し、試合が始まった。
「………(この方…先ほどの方よりも手ごわいですわ。思考を…手足を…止めてはなりません。勝ち進むのです…。もっと…強くなる為に…。)」
カノンの二試合目が終わり、先ほどのように端の方で休憩を取りながら他の選手たちの試合を見ていた。
だが、カノンの表情は先程とは違って、少しだけ浮かない表情をしていた。
そんなカノンの様子を、自分の試合待ちをしている主将が声を掛けてきた。
「一ノ瀬さん、お疲れ様。……なんだか浮かない顔してるけど、どうかしたの?」
「主将さん…お疲れ様です。……試合…手ごわい相手でしたわ。なんとか勝てましたが…この先もこのような戦いぶりではいけない気がするのです。
勝ち残る為には、もっと強くならないといけません。その為には…まだ、何か…欠けている気がするのです。」
「……一ノ瀬さん…それ…本気で言ってる?」
「え……。」
カノンが主将の言葉に虚を突かれ、一瞬、動きや思考が止まり、言葉の意味を聞こうとした矢先、主将の試合の順番が回ってきたので、カノンに一言伝え、試合スペースの方へと駆け足で去って行った。
「(……主将さん…先程の…どういう意味でしょうか…。本気で言ってる…わたくしはいつも本気ですわ。)」
カノンが主将に言われた言葉の意味を考えていると、試合の順番が回ってきたので、思考を切り替え、試合に挑んだ。
そうして回ってきた三試合目、四試合目と、カノンは順調に試合に勝つ事を怖いと心のどこかで感じ、油断しないようにと、気を引き締めながら一戦一戦挑んでいった。
全部の試合を終えた頃、カノンは休憩を取りながら、いまだに試合をしている他の選手たちの様子を見て一息ついていた。
「(…全試合…無事に勝つ事が出来て良かったです…。ですが…。)」
「一ノ瀬さん、全試合お疲れ様!皆ケガもなく無事に終えられそうで良かった!」
「……お疲れ様です。」
カノンが一息ついている所に、カノンと同じく全試合を終えた主将が駆け寄って来た。
カノンは、先ほど聞きそびれた言葉の意味を聞いてみる事にした。
「あの……先程の言葉の意味なのですが…どういう意味でしょうか。」
「ん?……あぁ…だって一ノ瀬さん、自分では『まだまだ経験不足』とか、『もっと強くなりたい』とか言ってるけど、一ノ瀬さんが思ってるほど試合は劣勢じゃないし、むしろ圧倒的に優勢だよ。
前にも言ったけど、この部では強い方と言うのは紛れもない真実で、帯の色と実力があってないだけなんだよ。
なのに、ずっと浮かない顔してるから…何をそんなに悩んでるのかなぁ…って思って…。
向上心や負けず嫌いは大切な事かもしれないけど…一ノ瀬さんの場合、その気持ちが膨らみ過ぎて、自分の首を絞めてるようにみえるよ。
もっと自分に自信を持ちなよ!あと、日々努力してる自分を褒めてあげて!それが結果に繋がる事もあるんだから!現に、今日の試合、全勝したでしょ?
肩の力、抜いて行こうよ!」
「(……わたくしが…強い?そんな事……。あ……。)」
主将の言葉にカノンはハッとさせられ、ようやく欠けていたモノ、心に引っかかりを覚えていたものを自覚した。
「(わたくし…結果を出せなかったあの時の大会の事、こんなにも引きずっていたのですわ。何事にも強気なわたくしなのに、思えば後ろ向きな発言をしていたように思います。
いつの間にこんなに臆病になっていたのでしょうか…。
過剰な練習も、十分な食事のメニューの改善も必要なかったのですわ。
わたくしに欠けていたモノ…それは、積み上げてきた自分の力を信じて出し切る事…。わたくし…案外、おバカさんだったのですね。)」
カノンは考えが吹っ切れたのか、今までにないくらいの清々しく自信に満ちた表情を浮かべ、気迫をまとわせた。
その様子を見た隣に立っていた主将や、他の部員、選手たちは少しだけ身震いを起こした。