~簡単じゃない~
カノンがショッピングモールから帰り、夕食を食べる準備を終え、ダイニングテーブルに向かい、少し結達と立ち話をしたのち、席について準備された夕食を食べ始めた。
カノンが夕食を食べている側で、すでに夕食を食べ終えていた結、徹、要はカノンの話を聞こうと、ダイニングテーブルに一緒に座った。
その中で、先に口を開いたのが要だった。
「……その姿…もとの世界の自分の姿って言ったな…。なんで、その姿になろうと思ったんだ…。母さんから変身メイクってやつを習ったんなら、他にもやりようはあっただろ。」
要の問いに、カノンは動かしていた箸を止めた。
「……別人になれるお化粧…そういう技術がこの世界では発展していて、体験した事がない特別授業というイベントに、せっかくですから試しに、本来の姿を作れるかやってみただけですわ。」
「ふーん…。もっと深い理由があると思ったんだがな。……自分の国に帰れなくて、自分の見慣れた顔が寂しくて作った…とかな。」
「国に帰るのは簡単な事ではありません。おまじない、美桜さんとの都合、気持ちの問題…いろいろ手順はありますの…簡単では…ありません。
だからこそ、寂しいなど…弱気は言いません。
大切な人達を国に残して…美桜さんの体をお借りしてまで…この世界に来たのですから…わたくしに…弱気を言う資格はありませんわ。
なんとしてでも、知識も…技術も磨いて、わたくしの記憶に…体に叩き込んで、国が良くなるように努めます。
フローライト家の名に恥じぬように…これからは生きていく所存なのです。
それこそ、簡単ではありませんが。」
カノンは真っ直ぐに要を見て、自分の気持ちを言い切った。
誇らしそうに強気な笑みを含めたカノン。
その様子に要は、ゴクッと息をのんだ。
「そういえば…カノンさんが、空手以外でこんなに帰りが遅くなるのは珍しいね。遅くなった理由を聞いてもいいかい?」
少し引き締まった空気を変えようと、カノンに声を掛けたのは徹だった。
徹の問いかけに、箸を動かしかけていたカノンは再び手を止めた。
「いのりちゃんと、駅前のショッピングモールに行っていましたの。……遊んでて遅くなりましたわ…。………矛盾…していますわよね…。国を良くしたいと考えているわたくしが…遊ぶ事…。」
カノンは心のどこかで感じていた罪悪感を、改めて実感し表情が沈み、俯いた。
そんなカノンに、徹は、優しい笑みを浮かべた。
「そんな事ないよ。遊びの中で時に学びもある。今日は…ただ、遊んでいただけなのかい?何か…身につく事は本当になかったの?」
「……遊びの中に…学び…ありましたわ。模索中だった事案の解決に一つ、やってみたい事が出来ましたわ。」
「カノンさんは普段から何事にも一生懸命だ。時には息抜きをしても良いと思うんだよ。詰め込み過ぎて、考えが出なかったり、まとまらなかったりする。
…そんな時は、遊んで、一度頭の中をリセット…空っぽにするんだ。そうしたら、おのずと、いい案も出るし、考えもまとまる。遊ぶ事は悪い事じゃないよ。
それに…今のカノンさんは学生でしょ。学生にしかできない学びや遊びがあるんだから、今の姿である限りは存分に楽しみなさい。
人生、楽しんだもん勝ち…って僕の父さん…美桜の爺さんがよく言っていた言葉がある。」
徹の言葉にカノンは幾分か心持が軽くなり、俯いていた顔は上がり、沈んでいた表情が柔らかいものに変わっていた。
「…ありがとうございます。楽しんだもん勝ち…素敵な言葉です。なら…楽しみながら、何事も全力でまいります!!」
カノンが再び見せた力強い笑みに、徹は、安心したように頷いた。
カノン達のやり取りを見ていた結が、ショッピングモールでの出来事をもっと聞きたそうに目を輝かせながら、カノンに聞いた。
カノンは結の言葉に応え、ショッピングモールでの出来事を三人に楽しそうに話した。
「カノンちゃん…発想がすごい…。可愛く撮る為にプリクラに行ったはずなのに、まさかのそれを捨てて、証明写真で写真撮るなんて…。」
「はい、いのりちゃんにも驚かれました。」
「ふふっ…でも…その姿に、その口調は…本当にカノンちゃんだと認識せざるを得ないわね。声以外、本当に違和感ないわ。考え方も、見た目も、口調も…全部がお嬢様のカノンちゃんを表しているのね。私が教えた変身メイクなのに、なんだか別次元のものを見ているようだわ。」
「結お母様の教えが上手でしたから…。ですが、どうしてあんなにお化粧の事お詳しいのですか?」
「私、フリーでイラストレーターしてて、カノンちゃんが今日行った駅前のショッピングモールのデザイン画のように、いろんな依頼を受けているんだけど、
白い紙に下書きしている時に、人の顔にも絵のようにお化粧をのせて、思い通りに書けたら面白そうって思ったのがきっかけで、いろいろ調べたの。
そうしたら、変身メイクをしている人の動画を見つけて、これだ!って、お勉強したのよ。」
「それで詳しかったのですね。」
「まさか、私の技術がこんな風に完成度の高いものに繋がるなんて…。すっごく嬉しい!!ありがとう、カノンちゃん。そうだ!今度、カノンちゃんのピアノ聞かせて欲しいな。」
「わ、わたくしは…何も…。ですが…喜んで頂けて嬉しいですわ。ピアノは…機会があれば…。曲…練習しておきます。」
結の言葉にカノンは恥ずかしそうにはにかみ、カノンの言葉に結は楽しみ!っと満面の笑顔を見せた。
カノンが止めていた箸を動かし始めると、結や徹はカノンのピアノの演奏をどうしたら聞けるか楽しそうに相談が始まった。
その光景を要はあきれ顔で眺めており、今日も忙しくも平穏な一日が過ぎていった。