とある異世界の最終戦闘-Deluxe Edition-
ヒヨリミコロシアム3の余興になります。
ここは、とある異世界の最終空間。
最難関ダンジョンの最終階層の底の底。休みなしで有象無象の魔獣を相手に闘いに費やさねばならないほどの大ラッシュバトル。人類で言うところの核を含む兵器が無いこの世界にとって、武具と魔法だけで対応しなくてはならないその魔獣退治はあまりにも酷と言えた。
辺り一面が紫や水色の水晶に囲まれたこのエリアは通称、玉間と呼ばれる。そこらに自生している水晶達は魔力供給を常に主に対して行っており、屈することは決して無いよう今日も奮闘に奮闘を重ねている。それに毎朝水をやったり付いているゴミを除去したり、優しい声を掛けているメイドにとっては、今日予定されているであろう戦闘についてはため息をつくほかない。自分が大切にしている環境を破壊されるのは実に心が痛むのだ。実に。
だが。メイドは僅かながら確かな気配に気付く。それすら無いのはメイド失格だ。蝶よ花よと育ててきた全ての水晶に無事を祈ると、たたたっと駆け足で奥へ引っ込む。
その刹那、轟! と音が響く。見るとダンジョン最終階層であるというのに、見事にその入り口である幾重に構成された魔法妨殻を破りながら立っているのは、最近巷で噂になっている勇者であった。
さりとて、ここまで生きて辿り着くことが出来る者はほんの僅かである。剣とも杖ともつかぬ武器を携え、獣人族の従者を従えながら新たなる勇者がそこに現われることになる。人類の存続を賭けた、この世界の最後の戦闘をすべく。
――カツン……カツン――
静謐な空間である玉間にゆっくりと足音を轟かせながら、その者に呼応するように現われたのは頭蓋の両端に巨大な角を生やした、一見すると幼い少女に見えるかのような明らかな人外である。
一体いつから生きているのか、誰にも判別の付かないそれは、金色の瞳を輝かせながらただ一点勇者のみを見つめていた。
――――――――
「……我が名はツヴァイテ。よくぞここまで来られたものだ。それだけでも褒めてやろう」
やや棒読み気味に言うやいなや、吾輩は左手を出すと"自称"勇者に強烈な一撃をお見舞いする。先手必勝。会話などは無駄でしか無い。
そう。会話など意味を為さぬ。吾輩がこれまで何度、逝かせて来たというのだろうか。
諸君もよく見るのでは無いだろうか? 勇者と魔王の一撃が始まる前に交わす戯れ言というものを。
吾輩はああいうのが大嫌いなのだ。
自身が優位に立っている状況があるのならば何故それを利用しない? 某曜日の某チャンネルでやっている、某子供向けのアニメで美少女が変身をしている間に何故敵は攻撃を飛ばさないのか。吾輩は毎週楽しみにしているが、その点だけ未だに謎が解けぬのだ。
脳裏に浮かんだ余計な思考を、顔と振ると同時に振り払う。
……ここ最近、本当に増えた。いつからだったか本当に記憶に無いが、異世界ナンバー081の国からだけがやたらと召喚されては、数年時を経てどいつもこいつも吾輩に歯向かってくる。全く忌々しいことこの上ない。
夏場に住処に侵入してくる虫、といえば人類には伝わるであろうか?
一般的に考えれば吾輩がこの世界にとっての魔王であるが故に当然ではある。勇者などという、実にこすとぱふぉーまんすが低い職に就き、その世界での覇者である魔王を討つべく無為な生命を全うするのは、無駄な一生であるということ以外に言葉が出てこない。
――――最強とは、最強が故――――
しかし異世界ナンバー081だけの特徴がある。基礎スペックが低い割に特殊スキル持ちであり、更に一丁前には大魔法なんぞを連続で飛ばしてくる点だ。
生意気な、と鼻で笑うには些か慎重にならざるを得ない。事実として他の魔界でここの世界出身である勇者に敗れている例は確かに存在するのだから……。
――――残念だったな。
余裕の笑みとともに吾輩は敵の動きを即座に見破ると、連続して攻撃を重ねる。追尾型のこの技は奴を確実に追い込むであろうことは容易に想像できる。それは吾輩が重ねてきた勝利の数。ドッグタグの数。或いは笑ったような表情を浮かべた頭蓋の数がそれを証明していた。
そこからの勇者の動きは、吾輩の予想を遙かに裏切るものであった。
全てを読み切っていたかのように後ろに下がったかと思えば、長距離術式で攻撃を飛ばしてくる。
全く笑える話だ。人の身で第弐界魔王である吾輩にいくら攻撃をぶつけたとて、どのような攻撃であろうとも効くわけが無かろうに……。
「うおおおおおおおおおお!!」
吾輩の先ほどの一撃を堪え忍んだだけではなく追加攻撃まで仕掛けてくる――それだけでも充分奇跡といっても差し支えないが――改めて武器を構えた勇者は勢いよく突っ込んでくる。すっかり存在を忘れていた獣耳を生やした生き物も、それを見て何かしらを叫ぶ。その様子はもはや哀れとしか言い様がないのだ。吾輩からすれば。
そして、ゆっくりと間を置いてから本質的な質問を飛ばす。
「……何故だ? 何故に毎度吾輩の聖域を侵さんと欲す? 吾輩が貴様の里に行ったことがあったか?」
そんなことは意に介さないと言わんばかりに、吾輩の三重防御膜を必死に破ろうと血眼にしながら攻撃を続ける彼に対してはうんざりした感情を隠しきれずに尋ねる。部下が人里で好き勝手に暴れたことがあったかもしれない。それ自体は事実だ。興が乗ったのか、何か嫌なことがあってその発散に使われたのかは定かでは無いが、今や別にどうだって良い。
吾輩自身は見たことも聞いたことも無いのだから。
しかし皆もよくよく考えてみて欲しい。
人里で魔界の者や魔王軍が制圧し、その復讐がてらに仲間と結託して魔王側に攻め込むパターンというのは物語の中では王道だが、今貴様らがやっていることはその魔王軍とやらがやっていることと同じでは無かろうか。
「……覚えは無いが部下が迷惑を掛けたのならば吾輩が謝ろう。無駄な戦闘は必要ないだろう」
別に意義は無いが軽く頭を下げる。何故かと問われればこれで交渉に応じる勇者もいるのだ。わざわざ第弐界魔王である吾輩が攻撃を止めてやっているのだ。見た目からすればこやつも当然交渉に応じるだろう。
そう思っていたのは我ながら愚行としか言い様がなかった。その瞬間を見逃すまいと急接近した彼奴は、近距離で吾輩の胸に神紙刃を突きつけてくる。
……下らぬ。
それを初級魔法であるバリアのみで薙ぎ払うと、吾輩は再度距離を取る。
そも、人類から欲しい物など何も無いのだ。種族に関係なく、好き勝手に生活すればよろしい。我らが第弐界については諍いや争いの類いについて明確な掟があるが、残念ながら人類側にはそれが無いらしいことがよく分かった。重要な決め事に感情を持ち込んでは駄目なのだ。
「…………違う!!」
吾輩の防御膜を打ち破ろうとするのにどれだけの魔力を使い込んだのか、既に満身創痍気味になりながらも勇者は言葉を紡ぐ。敵の攻撃ばかりに眼をやっていたが、その実かなり消耗は激しいらしい。確かに、人間にしてはよくやっている。
……が、しかし。次に勇者の言葉の意味がよく分からなかった。
「俺は第弐界魔王を倒しに来たんじゃ無い! 君に会いに来たんだ! ツヴァイテ!!」
「何?」
こいつは一体何を言っているのだろうか? 思わず聞き返す吾輩を誰が責められようか。
きっと第壱界魔王様とて同じ言葉を投げかけられたなら聞き返したに違いない。
「君が観念したら、俺と付き合って欲しい!!」
「……は? ば、馬鹿を言うな! 吾輩は魔王だぞ!?」
「魔王だったら付き合っちゃいけない決まりなんか、無いだろ!」
「貴様! 人類軍の代表として吾輩を倒しに来たんじゃ無かったのか!」
「そんなのは所詮建前だ! 君に想いを伝えることがメインの、ただのサブクエストでしかないぜこっちは!」
頭痛がする。吾輩の身体から病などという概念が消え去ってから何年経ったか分からぬはずであるのに、それは確かな感覚として吾輩の身体を直接的に襲った。無論敵の術式の類いでは無い。何かしらの影響を受けているとすれば、それは確かに奴の言葉そのものであった。
阿呆がいる。これを阿呆と言わず何というのだろうか。吾輩は素早く後方に離れ、遠距離で攻撃を飛ばした。
「お前な! そもそも吾輩と貴様は初対面だろうが! 吾輩に惚れる要素など」
「いや、もう何回も会ってる!」
それをいとも容易く避けきると、勇者は言葉を返してきた。
―――――――――
確かに吾輩は、ここまで辿り着いた有象無象の勇者どもを亡き者にしてきた。
「……ッ! た、助けてくれ……」
「吾輩に挑んだことが貴様の寿命を縮めたのだ。恨むならば、己の愚行を恨め」
全身血塗れの男。全ての魔力と回復アイテムを使い切り、虫の息になっているそやつを冥界に送ってやるべく、吾輩は知見のある最期の術式を淡々と唱える。だが、何故だろうか。
……両の手が震えている。
『ツヴァイテ。貴様には近々第弐界の魔王を任せようと思っている』
『有り難き幸せ! 必ずや第壱界魔王様のご期待にお応えいたします!』
あの時確かに誓ったはず。そして覚悟を決めたのだ。
一線を越えることこそが、魔王たる最初の資格であると。
「次は、幸せになれ」
「ヒッ……! だれか」
「終焉のベル」
一瞬で男から表情が失われる。一つの魂を冥界に送ったことを確認すると、ようやく手の震えが収まる。
――これで良いのだ。これが、魔王の使命――
こうして第弐界魔王は誕生した。
―――――――
無論、死んだ者は転生し、次の生を全うすることになる。当然、容姿や性格なども変わることが前提になる。だが、0では無い。幾度も転生を繰り返しながらも、前の人生の想いを紡ぐ者が出てくる可能性も。
「貴様……何故吾輩を覚えているのだ!」
先ほどの勇者の返答に動揺を隠せず、思わず大きな声で問うてしまう。意図せず魔王になる前の記憶まで思い起こしてしまったでは無いか。……普段ならあり得ないほどの会話量だ。速やかに別の生を送らせてやるのがせめてもの弔いだと信じていた吾輩にとっては異例中の異例。
「君に初めて会ったとき、一瞬で殺されて次の転生に飛ばされた。でも……一目惚れだったんだ、あの時」
「……」
「俺は、俺の心が届くまでは絶対諦めない! 何があっても絶対に逃げない!」
「この……人類風情が!!」
巫山戯た人類に対し、吾輩は再度先手攻撃と同じダークマターを放つ。それをすんでの所で躱し、諦めずにまたしても突っ込んでくる。
……確かに、無駄に諦めが悪く、いよいよとなったその瞬間も命乞いをしなかった希有な存在はどことなく覚えている気がする。
だがしかし、その原動力が恋心だと?ふざけるにも程がある。
こいつは幾度も吾輩に殺され、次の生に逝った過去がある。だが、これまでにこのような独白などは聞いたことが無かった。尤も、聞く前に殺していたとも言えるだろうが。
「貴様は、何故今それを吾輩に言う!? それに何の意味がある!」
「……次は、無いんだとさ……」
先ほどの勢いが急に消えたようにフッと寂しげに笑うと、勇者は闇雲に突っ込んできていた攻撃を一旦止める。それに当てられたかのように、吾輩もまた一度矛を収めた。
何か語りたがっているようなその口ぶりに、黙って見つめ続きを促す。
「毎度この世界に来れる訳じゃ無かった。他の異世界でも、自死じゃまともに次の転生は無い。だからそこでも頑張ったよ」
「……」
「何回も勇者志望してさ、その都度何らかの能力を与えられて、そこでの魔王にやられて……」
「でも、転生だって無限に出来るわけじゃ無かったみたいだ。そろそろその魂を休めろ、って。今回転生する前に天使様とやらに言われたよ。ハハ、俺にとっちゃ悪魔みたいな宣言だったけどな」
「私も、そんな勇者様に惹かれてずっとお供してきました!」
急に横やりが入ったかと思うと、それは勇者に連れられた獣人族だった。
「まさか……貴様も転生を繰り返して……?」
「そうです! 私は勇者様をお慕いしております!!」
「おい勇者よ! そこに貴様を慕っている獣人族がいるぞ! 大抵こういうのって最終身近な、そういうところに落ち着くもんじゃ無いのか!」
「悪いが俺は一人しか愛せないんでね」
ニヒルな笑みを浮かべる勇者の表情を見て即刻絶望。頼みの綱となり得る獣人族の方を見遣り、再度問う。
「そこの獣人族よ! 何故こやつに付いていくのだ」
「それは私も、一目惚れだからです!」
……呆れた連中だ。馬鹿しかいないのか。
たっぷりとため息をついてから静かに頭を冷やす。
「……吾輩としては、貴様を今度こそ亡き者にしてやろうかと思うのだが? これでもう苦しむこともあるまい」
改めて第弐界魔王として立ち、勇者を睨み付ける。思い出す。吾輩の役割を。
「いや、俺の想いはさっき告げたはずだ。……観念したら、俺と付き合ってくれ! ツヴァイテ!!」
「するわけが……無かろうが!!」
再三繰り返すたわけに吾輩は光学の閃光を放つ。いつかの勇者から吸収し、我が技に改良したそれは当たれば即蒸発するビームとなって現勇者を追い込む。玉間の水晶のおかげで魔力が尽き果てることは無く、撃ったその場から回復していく。所詮、人類風情には勝てぬようにできているのだ。
「ツヴァイテ……だから俺は、君が好きだ」
勇者は口の端を上げると、あの全てを避けきったところから武器を構えた。
――――――――
脳内に巡る幾度の記憶を思い起こしながら、俺はツヴァイテの攻撃を全て避けきる。
それは死んだ時の記憶。普通の人間ならば二度と思い返したくない、否、普通の人間ならば思い起こすことすら有り得ない記憶。
そのひとつひとつを丁寧に振り返りながら俺はどこで死んだか、ツヴァイテがどんな挙動だった時に俺が蒸発したのか。転生する直前のその悔しさと執念を思い起こす。
するとどうだろうか。四方八方を塞ぐような爆発も、自身を追尾するビームをも魔法無しで避けきれる。
死にゲーとは死んで覚える。だが、ただ無為に死ぬわけでは無く、次の一手を洞察する為の死。
「今度こそは、届かせてみせるぜツヴァイテ!!」
ここ、大連続攻撃の後に生まれる隙が唯一の俺に与えられた好機。エリーには既に何重かの防御膜を与えてはいるが、次のツヴァイテが放つ大攻撃に耐えうるかどうかは図りかねた。ちなみに俺はこいつで2回死んでいる。
だからその前に告げる。最初の街からずっと付いてきてくれている、俺の相棒に。
「エリー。……ごめんよ」
「なんで謝るんですか?」
「俺、次無いかもだからさ……」
「何言ってるんですか勇者様!」
エリーはいつものとびきりの笑顔を向けながら、躊躇無く言う。
「その時は、私もお供いたしますから!」
「ありがとうよ。……そんじゃ、行くか」
俺は会話中に溜めていた一撃をツヴァイテに放った。
――――――――
壮絶な闘いだった。いや、一人の人間にしては善戦と言っても過言では無かった。だが、気力だけでは何とかすることが出来ず、遂にその場に倒れる。
「良い……闘いだったよ」
「それ以上は話すな」
再度睨み合いになってから、吾輩は一切の感情を消し只こいつを殺すことだけに専念した。それなのにも関わらず、あまりにも時間がかかりすぎ、いや何度か攻撃を受けすらした。吾輩のメイドが仕立てた――着るときには嫌だったが今ではお気に入りになっている一着である――ドレスにすら傷を付けた一撃を受けた時は衝撃であった。だが、ここにしてとうとう終わりが見えたところで再び口を開く。
「でも……やっぱり駄目だったか。……俺、次に転生できるなら魔王が、いいな……」
「馬鹿を言うな……。つまらぬ生だぞ。寿命も無く、老いることも無いが、ただただ専守防衛に努めるだけの門番に過ぎぬ」
まだ息が整え切れておらず、吐き捨てるように言うツヴァイテに、俺振り絞りながら言葉を紡いだ。
「だったらさ……やっぱり俺と……付き合った方が楽しいんじゃね?」
もうほぼ息絶えかかっているというのに、最後までそんなことを言う勇者に、吾輩は思わず応える。
「貴様の心は充分過ぎるほどに届いた。観念しよう。貴様が次に転生に成功できたなら、その時は付き合ってやる」
「はは……や……った……」
戦闘に敗れ無残に死んでいく者とは思えないほどの安らかな微笑みを浮かべたまま眼を瞑った勇者は、そのまま動かなくなった。
「……人間とは、分からん」
戦闘が始まる前に座っていた椅子に腰掛けると、吾輩は独り言を漏らす。
「あそこまで執着出来る人間の心とは本当に厄介な物よ」
「だが……」
「人間では無い吾輩の心まで僅かばかりながら動かしたことは、認めよう」
この感情は一体何だ? 恥ずかしさか? 大義を手放して私利私欲のためにやってきたことへの無礼に怒りを覚えたのか? それともあまりのストレートな感情表現に……胸が躍ったのか?
バカバカしい。あり得ん。しかしそれを意識すればするほど、魂を休息させた奴を少しばかり惜しく思う自身がいることに我ながら少々呆れるのだ。
奴と付き合っていれば、どんな日々だっただろうか。このつまらぬ日常が少しは面白くなったのだろうか。第弐界魔王という役職を全て放り投げる覚悟までが出来れば、それもまた一興だったやもしれぬ。
「全ては、終わったことだ……。またいつもの番人に戻ることとしよう」
そうして吾輩は、荒れ果てた戦闘の後片付けを始めた。
――――――――
「次期第参拾弐界魔王として、ドリッテ。貴様を任命する」
「有り難く、拝命いたします」
久しぶりに第壱界魔王様、この世の全ての世界を統べる最上位が開催する会議は当然、全魔王が集められる。何かしらの原因で魔王が交代することも当然あり、本日はその為に招集された。第参拾弐界魔王がその世界の勇者に敗れたらしい。
一方でそれを受命する新魔王とやらは正直、まだまだ青い。一体こやつはどれだけの修羅場を潜ってきたのやら……。
精悍な顔立ちと身体の端々から感じる魔力の強さは、この場に合わせたものというよりも生来持ち合わせたものと説明された方が適当と言えた。
「それでは解散とする。貴様ら、励めよ」
「「はっ!」」
終わってしまえばあっけない。第壱魔王様の一言によって締められた緊急の魔界会議は瞬く間に終了し、各魔王もそれぞれ戻るか、仲の良い他の世界の魔王と世間話などを交わす。こうしてまたすぐに日常に戻るのだ。吾輩も自界に戻るべく準備をしているその時だった。さっき任命された新魔王が声を掛けてくる。
「ツヴァイテ! やっと来られたよ!」
「貴様! 序列というものを知らんのか! 吾輩が貴様よりどれだけ上の階級であると……」
あまりの言い草に思わずいきり立つ吾輩に、そやつは何の凄みも感じていない様子で笑いながら返してくるのだ。
「約束、果たしてもらいに来たぞ!」
「き、貴様は……!」
それを聞いては今更何を返すまでも無い。奴だった。
死に際の願いを。戯れに吾輩が最期に投げかけた希望を。それをあくまでも、純粋にこやつは信じ続けた。
「今日からよろしくな! 恋人として」
「全く……ククッ……本当に馬鹿な奴だ」
それを言われてしまっては、吾輩に出来ることはもう無い。武力では無い何かに、完全に負かされたのだ。何故ならあの時、一時の思いつきとはいえ、確かにありかもしれないと思ってしまったから。
そして思わず吹き出してしまう。心底笑ったことなんか何年ぶりだったか分からないが、不快ではない笑いなどは本当に久しぶりだった。
「ドリッテ様? お話はもう済まされましたか?」
声に呼応するように奴の後ろを見ると、そこに控えていたのは何故か兎の耳を生やしたメイド姿の従者であった。
「あぁ、上手くいったぞエリ……いや、ブルッケ。お前のお陰だ」
「ふふ……! ドリッテ様の幸せが、私めの幸せです!」
「ああ、これからも頼むぞ。……ツヴァイテ、君もな。こっちじゃ魔王同士の婚約なんてのも珍しくないらしい。ゆくゆくは覚悟してもらいたい」
成程。あくまでも従者は置いておくとしてどうやら吾輩は今後娶られるらしい。
だがしかし、今となってはそれすら面白いと思えるほどに高揚していた。
「ふん、吾輩に勝てたなら。可能性をやっても良かろう」
敢えて意地悪に。吾輩は第弐界魔王としての威厳を存分に発揮しながらドリッテに告げる。
……上手く言えているといいけど。
「次も。勝ってみせるぜ」
そう言い残すと、彼は自身が任された世界へと帰って行った。
これが、とある異世界の最終戦闘。その全貌のあらましである。
完
後書きという名の独白
語り得ぬ物については語らないのが賢明である。
しかし問いたいものについては問わざるを得ない。
心とは、何か?
その問いに対しては、"ここ"や、と私の会社の先輩辺りならば心臓部に拳を当てながらそう言うだろう。しかしそこはあくまでも心臓。ただ血液循環を行っている要の部分であり、心の所在ではないし、そもそも何かに対する回答では無い。
「そこじゃない。"ここ"だ」と人差し指で頭を指しているドラマか何かを見たとき、衝撃を受けたのを今でも覚えている。
私はこのテーマが出された時、それまで思い描いていた構想が完全に根本から覆された。結局、小説執筆テンプレートなどというものはとても脆いものでしかなかったのだ。でも全ては0からなのだチクショウ!
せっかくなので私はこれを機に最初から心についての考察を徹底することにした。それこそが小説を書く際のヒントになると信じたからだ。だがしかし、そんな簡単なことでは無かった。あちらこちらへ寄り道しては帰って来、寄り道しては帰って来た。
そうやって360°回転を3周した結果、1080°の結果でもって王道に行き着く次第となった。
そうだ。そう言えばここは小説家になろうではないか。
なろうでなろうを書いて何が悪い?あまり造詣が深いとは言えない異世界系の話を書けるかどうかで言えば、最後だけに絞れば大丈夫だろうという結論に至った。
異世界に転生する勇者はいつもチートスキルを与えられるか、人間以外に変更させられるかの二択で、主に剣と魔法の舞台装置があってそこの住人達となんやかんやあって最後は魔王を倒すためのロードマップが引かれていることが多い。のだろうか? 最近は数も増えていることから少しばかり逸脱したものもあるかもしれないが、この小説投稿サイトが巨大化した一因にはなり得たのでは無かろうか。
紆余曲折があり、今日こそは書くと決めて臨むも0文字から進まない日々を過ごした。いよいよとなった時に突発的に主人公の視点を180°変更することで一応の正解を見た。
結局心という物の本質など、私のような凡人に理解出来るはずも無かった。だから逆に王道を往くしかなかったのだ。
それこそ、私の心がそれを読みたいと叫んだが故に。
我々が今生きているこの世界は必ずしも楽園とは言いがたい。ならばせめて、創作の中でくらい最もスカッとするものが見たいでは無いか。無論自身の思想を押しつけるつもりは毛頭無い。
だが、このコンテストを通じて再度何故自分が小説を書くのか。物語を紡ごうとするのかを再度確認することが出来た。
以上で主催者様への感謝を記し、後書きとしたい。