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どうしてこうなった⁈  作者: 考えたい
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第6話 許嫁とおしどり夫婦とラムネと羞恥と

 あんなモノ見てしまったせいでさっきから例の光景が頭に浮かんできて仕方がねえ。

 流石にもジタバタはしないが、赤面する事は避けられない。

「散歩しよう。」そう言って家を出た。

 生暖かい夜風が珍しく気持ちよく感じられた。

「あっ」俺とアリア、主客転倒してなくね?本来ならアリアは客人だという事実に今更ながらに気がついた。

 てことは、俺が何かでアリアをもてなす必要がある。

 だからと言ってあのお嬢様オーラ丸出しなアリアの眼鏡にかなうもてなしを知っているわけでも無い。

 高いモノを買おうにも俸給の殆どを実家への仕送りにしているから正直金が足りない。

 そうやって散々悩んだ挙句、ラムネかソーダにしようと思いついた。

 これなら財布に優しいし、風呂上がりにも丁度良い。

 早速一番近い駄菓子屋に向かった。「おや、桜花さんでねえか。」「やあ、オヤジ。」

 ここは酒の肴を調達するのに桜花ご贔屓の駄菓子屋「シバタ」、何を隠そうあの柴田青藍少尉のご実家なのだ。そしてこのオヤジは青藍の父親、柴田承之介しばた じょうのすけ(35)、桜花にとってはひと回りほど年上の兄貴、と言ったところだ。

 青藍と同じくなかなかな色男である。そのせいか近所のおばさん連中だけでなく小学生女子にもモテる。実際今もオヤジを見るためにすぐそこの電柱に隠れて様子を窺う女学生三人が桜花の空間識覚に引っ掛かっている。

「どうした今日は?何にするか?」「じゃあ今日はラムネ二本。」「おっ、珍しいな桜花さんがラムネを頼むなんて。ちょっと待っとれ、キンキンに冷えたヤツを取ってやる。」そう言ってオヤジは冷蔵庫を開けた。

「ところで今日は誰か家に来ているのかね?」「嗚呼……」

 正直言葉に詰まった。ここで馬鹿正直に自称許嫁がやって来たなんて言ってみろ、絶対青藍にいびられるに決まってる。

「まあ、親戚の子だな。」と適当に暈しといた。

「そうか、毎度ありぃ。一本三銭だから六銭頂戴するよ。」「ありがとさん。」と財布の中をゴソゴソ物色していると「桜花さん、泊まってるのは女の子じゃろ。」とまるで見てきたかの様に言い当てた。

「そうですが、何か?」なるべく動揺を悟られない様に平静を装う。

 が、「ならコレもオマケしといたるから持っていきんさい。」と奥から柴田蒼しばたあおい(34)という承之介の奥さんが出てきたが、持ってる袋の中には何かの醤油漬けが入っていた。

「蒼、あゝ〜エエな、持ってけ。マムシとスッポンの切り身の醤油漬けだ。ウチの今晩のオカズだ。持ってけ持ってけ。」「……………………」

 確かにオカズは有難い代物で有難く頂きはする。

 けれど、この夫婦はこんなんだからもう既に子供が八人、下手したらもっと増えるかもしれないという有様だ。

 また、結婚二十年になる柴田ご夫妻は未だにイチャつきまくる事でも有名だ。時と場合をあんまり弁えないから憲兵に怒られること数十回。でも叱られながらもイチャつくから効果無しということで、憲兵たちは痛さと羨望を込めた視線を少し送るだけで事実上黙認している。というか無視している。

「ちょっと面貸せ。」「何だ、オヤジ。」すると爆弾発言を耳打ちしやがった。「今日、お前の住所を尋ねてきた銀髪の少女がおってな。どうやら許嫁らしいじゃねえか。てことでスッポンとマムシをやった理由は分かるな?」

 オヤジのニヤニヤが色男を台無しにしている。

「チッ、面倒くさいなあ。お前分かっているのか?さっさと家に帰ってお楽しみしとけ!」

 とんだ野郎だ、このオヤジは!

 そこから逃げる様に家に戻って(道中、たまたまおった氷屋から氷を少し買った。)一息ついたのも束の間、

「ふにゃああああああああっ!」とアリアの悲鳴が聞こえてきた。

 何事かと思い大声で訊いてみた。「おーい、大丈夫か?」「大丈夫ですー!あと少しででますー!」

(まあいいか?)と理性が思い、(念のために見に行ったほうがいいか)と煩悩が思う。

 で、結局理性が勝つ。

 桶に水道水と氷を入れて、ラムネの瓶を漬ける。

 そして畳の上に腰を下ろして、ゴロンと横になる。

 暫く横になっている間に、(そういえば今日、死にたいとか思わなかったなあ。)という事に気が付いた。いつもなら甚平を着て短刀を腹に刺そうとしているものだが、今日は背広で畳の上を寝そべっている。

 そして、ほんの僅かの非日常に魅入られかけている自分が居ることに改めて気付かされた。

 それどころか未だ僅かにしか体感していないアリアとの同居に自分が希望を見出そうとしている事までも意識される。

 つまりドタバタしながらも楽しい時間を送ることが出来た、という実績に桜花の乾いた心は磁石のN極とS極が一気に引き合わされるのと同様に、アリアに引き寄せられている、否そうなりつつある状態になろうとしかけているのが明確に感じ取られた。

 だが、自分の望むことが相手、ひいては自分自身にとって必ずしも良い結果を齎すとは限らない。

 それは自分が仕事の上で付き合わざるを得ない、数々の茶番を見れば判る通りだ。

 そして自分自身、そんな茶番をひっくり返す力も海軍という組織の中では持っていない。いや、今はそんな気力すら残っているのかも怪しい。

 だけど、これは勘違いであってほしいが、アイツ(アリア)のお陰で少しの闘志が湧いてきたような気がする。

 自分の尽力でこのようなぶっ飛んだ奴でも平和に、平穏に暮らせる世界を護りたい。

 今日はそう思ってしまった。


    *     *    *


 何となく頬に柔らかい感覚が不意にして、意識が覚醒する。

 薄ら白地に青い波模様の布が目に入る。何が起きたのかサッパリ解せぬ。

「お目覚めですか、桜花さん。」と耳元で何やら甘い声が響く。そうして自分の頭がアリアの膝の上である事に気がついた。

 そして本日幾度か目の羞恥に塗れた心持ちで電光石火の如く正座に戻った。無論、顔は真っ赤か。

「あっ、コレ頂いていますね。」と手に持ったラムネ瓶を少し揺らし、いかにも涼んでいますと言わんばかりに気持ちよさそうな顔をした。

 気持ちを落ち着かせようとする為にラムネを飲もうと、ちゃぶ台の上に置いた桶に目をやった。が、そこにはもう一本ある筈のラムネが無い。

「?????」

 そしてすぐ横に空のラムネ瓶が一本、ちょこんと置いてあるのに気が付いた。

「お前、飲んだな。」

 アリアは片目を瞑り、舌を出した。

「ごめんなさい、だけど残り半分貰う?」「貰うわい!」

 瓶を乱暴に取り上げて、すぐにゴクゴク飲みだす。

 やっぱり少々炭酸が抜けても美味い。炭酸で軽く頭を整理していると、

「桜花さん、コレ、間接接吻じゃ無いのですか?」

 間髪入れずにラムネを噴き出した。

 脳内処理が一瞬で無下にされるこの言葉、えげつねえ。

「年頃の女子がそんな事を言うんじゃねえ。全く、図々しいし、動揺させるような事ばっか言うし。」

「それって、私にドキドキしているということ?」

「東大病院で脳味噌調べてこい馬ッ鹿モ〜〜〜〜ン‼︎」

 やってらんねえ、と思うのは恐らくごく自然な事だと思う、ウン、タブン。

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