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「で、結局どうすんの? 別れるの?」

「それは絶対に考えらんねえ。あいつのこと本当に大好きだから」

「じゃあこのまま付き合うんか?」

「そうしたいけど、大好きなんだよ。大好きだからこそ許せるかどうか自信がわかねーんだよ」


 どこかのテーブルで乾杯の声とともにグラスをぶつけ合う音が聞こえる。酒で理性のふっとんだ笑い声が店内のいたるところで湧き上がる。夜の居酒屋に満ちたにぎやかな空気の中で、俺の向かいに座る隆正だけがどんよりと泣き出しそうにうつむいている。


 隆正と俺は小学生の頃からの付き合いで、口には出さないが、少なくとも俺は親友だと思っているし、向こうもそう思ってくれているはずだ。


 初めて同じクラスになったのは小二の時だ。その頃確かポケモンのゲームカードを集めるのが流行っていて、みんなで自分のコレクションを見せ合っていた時に、どういった経緯だったかは忘れてしまったが、隆正と俺の間でどっちかがどっちかのカードを盗っただ盗らないだの騒ぎになって大げんかをした。その件もどういった経緯で決着がついたのかは忘れてしまったが、それ以来なぜか俺と隆正は急速に仲良くなり、ほとんど行動を一緒にするようになった。時々ケンカもしたが、自分が中学を卒業するまでの時間をもっとも長く一緒に過ごしたのは隆正である。


 高校は別のところに進学した。俺はブルーライン沿線の、隆正は相鉄線沿線の、どちらも神奈川の公立高校である。高校に進学してからもお互いの家をちょこちょこ行き来していた。高校に入学してから初めての土曜日、俺が部屋でベースのスラップの練習をしていると隆正がやってきた。隆正は嬉しそうに顔を上気させ、やたらとテンションが高かった。


「すっげー可愛い子と同じクラスになった!」


 青木はるかちゃんという子だそうだ。それから隆正は会うたびに青木さんの話をするようになった。吹奏楽部でクラリネットを吹いている、家で猫を飼っている、スマホの待受がマイメロちゃんだなど、はっきりいって俺にはどうでもよい情報でしかなかったが、青木さんのことを喋っている隆正は幸せそうだった。


 音楽の趣味が変わったのもこの頃だ。それまでは親父さんの影響で九十年代のオルタナティブロックを好んで聴いていて、とくにサウンドガーデンとスマパンがお気に入りだったのに、いきなりテイラー・スウィフトなんかを聴き始めて俺の度肝を抜いた。やつの部屋で“you belong with me”を聴きながら「青木さん、テイラー好きなの?」と聞いたら顔を赤くして何も答えなかった。


 夏休みまでに告白する、球技大会までに告白する、ハロウィンまでに告白する、クリスマスまでに告白する、と節目ごとに告白の期日は伸びていったが、高二に進級する前の春休みについに決行に移し、みごと成就し二人は付き合うこととなった。一度休みの日に隆正の家へぶらぶら出かけて行ったらたまたま青木さんが遊びにきていて紹介された。なるほど確かに可愛い子だった。隆正好みの清純系細身黒髪ロングだ。


「初めましてー、なんだけど、なんか初めて会った気がしないね」 と青木さんが笑っていた。


 お互いに隆正を通して話を聞いていたのだろう、俺もおなじ気分だった。その日は空気を読んで用事を思い出したふりをして帰った。それ以来青木さんとは遭遇していない。一応気を使って、家へ行く前には行っても平気かと連絡をするようになったのだ。隆正は青木さんが部屋に来ていても、かまわずに遊びに来いと言っていたが、俺の方で遠慮した。


 隆正はそのまま高校卒業までの二年間を青木さんと幸せに過ごした。高校を卒業すると、隆正は東京の私立大学へ、青木さんはそことは別の東京の私立大学へ進学した。学校が変わっても二人は休みのたびに仲睦まじくデートを楽しんでいた。某夢の国へ出かけて、例のあの馬鹿げたネズミの耳のカチューシャを二人仲良く着用してお城をバックに撮った写真を俺のスマホに送ってきたりもした。


 大学に入って一年間はそのように二人の関係は順調だったのだが、今月の第一土曜、ちょうど梅雨が明けてセミが鳴き始めた頃に二人の間に亀裂の入る出来事が起こった。


 その日、隆正は一人で横浜駅あたりをぶらぶらしていた。ヨドバシの一階で新型のマックを見ていると、高校のころ同じクラスだった友達に遭遇した。ちょうど時間どきだったので、一緒に昼飯でも食おうと二人は繁華街のラーメン屋へ向かった。週末の昼飯時なのでラーメン屋には何人か並んでいた。列に加わって近況などを話し合っていると、その友達がそういえばさ、と話を切り出した。


「お前、青木ちゃんと別れちゃったんだな」

「え、なんで? まだ付き合ってるよ」


 友達の顔がわかりやすく、しまった、という顔に変わった。隆正が問い詰めると、その友達は人違いかもしれないけどと前置きしてから言いにくそうに話し出した。先週の日曜日、みなとみらいのワールドポーターズで青木ちゃんが男と手をつないで楽しそうに歩いているのを見かけた。隣にいた男は知らないやつだったので、てっきりもう別れたのかと思った。


 確かにその友達が青木さんを見たという日曜はバイトがあるから会えないと言っていた日だった。隆正はまだ信じられなかったが、服装の特徴などを友達に説明してもらうと、どうも人違いではなさそうだ。



 翌日の日曜はちょうど青木さんとデートの約束をしていた。隆正はじわじわと湧き出てくる黒い疑念が表情にでないよう気を張りながら恋人と接した。


「そういえばこないださ」

 桜木町で映画を見終え、スタバで向かい合ってコーヒーを飲んでいるときに、隆正は思い切って切り出した。


「んー?」

 青木さんはのんきにフラペチーノをすすっている。


「男と手つないで歩いてなかった?」

 別人であってくれと祈りながら隆正は言った。声が不自然に上ずっていた。祈りもむなしく青木さんの表情が一瞬で凍りついて、隆正は最愛の恋人の浮気を悟ったのである。



 相談したいことがあると隆正に呼び出され、僕は隆正と居酒屋に入り、以上のような経緯を聞かされたのである。

 隆正は一杯目の中ジョッキをほとんど一気で飲み干し、どうするべきだろうかと俺に聞いた。


「まあ俺なら別れるよ」

 俺の意見はこうだが、隆正はやっぱり好きだから別れたくない、でも好きだからこそ許せるかわからなくて辛い、と、フグは食いたし命は惜ししに似た相反する葛藤をぐるぐると繰り返していた。


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