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止まらない涙と家族(1)

 なぜか過保護なほどに心配されたジオの土地への帰り道は特に問題なく進み、夜灯の前に到着する。

 十二歳の身体でこの時間まで起きているのは大変なので普段ならいったん寝ている時間。それなのにちっとも眠くないのは、わたしの不安定な魔力を気にしていたスダ・サアレにそんなにだろうかと首を傾げたら「気づかないほうがおかしいだろ」と呆れられた理由と同じなのだろう。


 正直、心はまだぐちゃぐちゃなままだ。

 スダ・サアレはここで生きる言い訳をくれたけれど、本当にそれで良いのかという気持ちもある。

 だけどじゃあどうするのかと言っても代替案などないし、ただただこの三年間の多くを占めていた目標が消えた喪失感が大きかった。


 羽で滞空したまま家の木を見下ろす。

 こんな状態で家に帰って、ちゃんと笑える気がしない。

 収まっていないらしい魔力をまた暴走させて、周囲に迷惑をかけるのも嫌だ。


 ……こういうときは、とりあえず。


「歌おうか」


 日本でどうにもならない感情を抱いたとき、わたしはいつも曲を作っていた。楽しさも、辛さも、ぜんぶ込めて。

 今回だってそうしたら良い。


 玄関のある根もとまで降りるのをやめ、てっぺん近くの太枝に降りて幹に左肩を預けるようにして座った。家の窓は、正確には本物の外と繋がっているわけではないからここなら見えないはず。

 同時に腰のフラルネにはめられたアクゥギの魔法石に触れる。

 光る鍵盤はいつものようにしゅっと現れて、わたしを囲うように浮かんだ。

 オーパーツのようなこの不思議な楽器を扱う高揚感は相変わらずここにあって、ふっと笑ってしまう。


 シンプルな和音を叩く。飾り気のない言葉を乗せる。美しさなんて関係ない、マカベには聞かせられないような歌詞だけれど。

 純粋な今の気持ちだ。



 夢ひとつ向こうに故郷(ふるさと)は遠く

 此処にあるのは雨も降らない乾いた地平線



 大好きな音楽だけに支えられて、それだけがわたしの日常で。ずっとこの世界を夢だと思っていたのは、他の日常をぜんぶ、向こうへ置いてきてしまったからだ。



 夢ひとつ叶わない 古びた祈りでは

 何処か、誰かに願いが届くなら――



 心を吐き出すように音を吐く。たぶん旋律なんてあってないようなひどいもので、それでも構わないとアクゥギを叩き鳴らす。今はただ発散できれば。



 わたしはなにを信じていれば良いのだろう

 わたしはなにを歌っていれば良いのだろう



 本当に、なにもわからなくなってしまった。

 喉が詰まるように痛む。

 視界がぼやけて、それでも歌うことをやめずに。誰も見ていないから大丈夫だと溢れさせたものが、頬を伝いながらしゃわりと溶ける。何度も何度も、それが繰り返される。


 ……ああ、わたしは哀しかったんだ。

 こうして歌うことではけ口にしても、涙が止まらないくらいに。

 そして怒っている。神さまの気紛れに。マクニオスの常識と、わたしの常識。降ってくるのは木漏れ日ばかりで、独特なあの雨の匂いをもう嗅ぐことができない。鼻の奥がつんとする。どれもこれも掬えないものばかりだ。

 溶けた涙は消えずに光る。魔力となって光る。


 掴みきれなかった神さまの視点の、それでも心をひっかかれたように遺された知識。


 思いが――感情そのものが、魔力だ。


 わたしの魔力が多いのは、感情が多いからなのだ。

 溜まった思いを歌に込め続けてきたわたしが、感情を抑えるようにと言われて育つマカベと比べられるはずがない。芸術の中でしかそれ(・・)を動かせない彼らと。


 神さまのための芸術が魔法になるということ。

 それはつまり、神さまへ向けた思いがかたちになるということで。


 魔法のない世界で生まれたわたしは「感情を抑えなければ魔力が暴走する」という話を聞いて当たり前のようにファンタジー世界を想像し、両者は繋がっているだけの別物だと思っていた。けれど、そうではないのだ。二つは同じものだった。

 この世界にはないピアノのアクゥギが授けられたのも、スダの神殿で砂漠の歌を披露したときに水やルルロンが出てきたことも、他にもきっといろいろ。

 神さまへ感情を向けていたから。


 歌いながら、思いが広がるように意識をしてみる。

 複雑に色を変えながらきらめくものが、ざわざわと異物のように感じていた魔力が、わたしの意思にしたがって動く。やっと、身近なものに感じられる。

 ……そうか。この光が、わたしの感情なのだ。

 哀しみと、不思議な気持ちの混ざった青色の光はきらめきながら空高くのぼっていき、夜空に溶ける。まるで雨降りを逆再生で見ているかのようだった。

 雨を恋しく思うからだろうか。微かな、わたしから生まれた哀しみの残滓がなぜだかほんのり温かい。


 それはどうしようもなく切なくて、美しい。

 だけど同時に、わたしを縛りつけるこの世界を綺麗だと思ってしまうことが、ひどく寂しかった。


 やっぱりわたしは薄情なのかもしれない。

 あんなにも帰りたいと願っていた場所だったのに。もう手を伸ばすことすら叶わないと知ったならば、自分が今いる場所で生きるために行動することは当然だろうと、そんなふうに考えてしまう。

 でも、もう。どうしようもないのだ。


 歌う声が、わたしの思いが、きらきら光る。

 ここで生きているのだ。その事実から目を逸らしてはいけない。



 わたしになにが求められているのだろう

 わたしになにができるというのだろうか



 知っている。平凡な人間にできることなどなにもないと。

 それでも。

 それでも願うことはやめられない。


 わたしの思いが強いのだというのなら、わたしの歌は、いつか誰かに伝わるだろうか。

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