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わたしの夢(4)

 帰れないという事実を飲み込めないまま、ただぼんやりと神殿のラッドレの前に連れてこられたわたしだけれど、どこかでその問いが投げかけられる覚悟はしていた。

 それでも、心臓が大きな音を立てる。

 やはり神さまは、スダ・サアレにも日本の映像を見せていた。


 ずっと隠してきたことを打ち明けるのは怖い。

 だけど、彼があれを見たというのなら隠したままではいられないだろう。マクニオスのために生きるスダ・サアレにとってのわたしは、人が石になってしまうほどの魔力をまき散らして、得体のしれない過去を持つ危険人物でしかないのだから。


 本当に。本当にどうして、どうしてあんなものを神さまは見せたのだろう。

 答えなくてはいけない質問をよそに、やっぱり神さまに対する不満が出てきてしまう。

 帰れないとわかっている場所を、切望していた場所を手の届く少し先に置くなんて、あまりに残酷だ。現実があるからこその、夢なのだとしても。


 わたしの現実と夢を入れ替えた、夢の神さまだけにはあんな反応をされたくなかった。


「あんたをジオの土地へ帰さないわけにはいかない。だが、その状態で帰すわけにもいかない」


 いくぶんか和らいだスダ・サアレの声はやっぱり不思議な響きでわたしの心を動かす。どこか苦いような想いが混じっているのは、彼自身は木下周(わたし)を掘り起こすことを望んでいないからか。


「……ごめんなさい。本当の家に帰れないことがわかって、落ち着いていられなくて」


 そう弁明をしながら、さてどう説明したものかと考える。別の世界から来ただなんて、わたし自身でさえ理解が追いついていないのだ。


「あんたはたしかに気立子だが、土の国の生まれではないのだろう」

「え、と」

「私は神々が創った土地や国のほとんどを知っている。だが、その中にあのような場所はなかった」


 ……え、なにそれ。

 スダ・サアレの認識は正解だが、ここにきて明かされる彼の膨大な知識量に呆然としてしまう。いや、わかっていたといえばそうなのだけど。

 いっぽうで、この人なら荒唐無稽なわたしの話を信じてくれるのかもしれないとも思う。

 強めに重ねられる問いかけに、流されてみても良いのかもしれないと。


「本当に、わけのわからない話なのですけれど……」


 そう前置きしてから、わたしは土の国から来た気立子という仮面を剥がす。


「わたしは、スダ・サアレの言う神さまが創った場所ではなくて――それこそ空の向こうとか、地面のずうっと底とか、そういう繋がっているどこかではなくて、普通ならどれだけ進んでも辿り着けないところから……別の世界から、ここへ来ました」


 本当は子供でもなくて、ただ音楽が好きなだけの平凡なOLで。魔法のない世界でレインというふわりとした夢を見ていただけの。


 ……だけど。ふわりと、ではなかったのかもしれない。

 心に収まらない感情が、涙の形をとる前にざわざわと溢れてくる。

 魔力がラッドレに吸い込まれていく。

 どれだけ苦しくても魔法のあるこの世界の光は綺麗で、ぼんやりと自分が吐き出した魔力を眺めながらそう思う。


 夢の中で、誰かに歌を届けることを夢見ていたわたしは、偶然にもこの世界の夢の神さまに気づかれてしまった。久々のライブに向けた強い想いに興味を持たれてしまった。

 なんて嫌な偶然だろう。


「わたし、もとの世界へ帰るために頑張ってきたのに、帰れないらしいんです」


 夢ひとつぶん向こうにある世界は、とても遠かった。


「本当、どうしたら良いんでしょうね」

「……あんたはどうしたいんだ」

「わかりません。どうしたら良いと思います? ……なんて、そんなこと聞かれても困りますよね」


 乾いた笑みであることはわかっていても笑顔を作ることしかできなくて、へらりと頬を緩ませる。

 と、しかし返されたのは思ったより真剣な表情。


「いや、してほしいことならある」

「え?」

「あんたが音楽を好きなのは本当のことだろう?」

「それは勿論そうです」

「マクニオスにはあんたの音楽を待っている者がいる。それが真実であることくらい、わかっているな?」

「……そう、ですね」


 わたしの歌に価値を見出したヒィリカとシルカル、シユリ。いつでもわたしの曲を楽しみにしてくれるカフィナやラティラ。他にもたくさんの、マクニオスで知り合った人たち。ついさっき交流会で実感したばかりだ。

 そしてなにより自分自身が、ここで奏でる音を楽しんでいたことも。


「あんたには、そのままでいてほしい。マクニオスのためにも」


 彼の願いはとても傲慢だ。傲慢で、わたしのあれこれを知ったにしては強引だ。

 でもなぜか、嫌ではなかった。

 むしろ心があるべき場所にすとんと収まるような。


「だがもし、どうにもならなくて逃げ出したいと思うなら……そのときは、私があんたを魔法石にしてやる」


 ハッとして目も口も大きく開けてしまったわたしに、スダ・サアレは「マクニ・オアモルヘを教えた責任くらい持つさ」と自嘲気味に笑う。

 人に魔力を込めて魔法石にすることなど、そりゃあ、サアレにとっては造作もないことだろうけれど。


「だ、大丈夫です!」

「あの状態で魔力をまき散らされたら周囲が大変なことになる。強制的に落ち着かせるだけだ」

「……そんな嫌そうな顔で言われても、まったく怖くないですよ?」


 この人はマクニオスのためなら平気で人を――マクニオスにふさわしくないものを魔法石にしてしまえるのだろう。それが神殿の仕事のうちだと、わたしはもう気づいている。

 でもきっと、本心では、ものすごく嫌なのだと思う。

 忙しいはずなのに嬉々として子供たちを教育している彼が簡単に切り捨てるようなことをするはずがないのだから。


 わかってしまった。スダ・サアレはわたしの新しい居場所を作ろうとしてくれているのだ。

 彼らの期待に応えれば良いと、そう頼まれたからと音楽を続けられるように。わたしがここで生きる言い訳をできるように。


「だからこれからも、歌え。……レイン」


 ああ、そうか。

 わたしはレインなのだ。歌うためにつけた名前でこの世界を生きるなら。

 彼の言う通り、わたしはこれからも歌い続けなくてはならない。

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