探していた神さま(4)
十二の月になると、料理の第一段階を終えられなかった人もみんな、一度次の段階である調理に進むこととなった。
調理には魔術だけでなく、魔法のキッハも使う。火力の細かい調整には、魔術は向いていないからだ。
というわけで男女で分かれ火を扱うための芸術を教えてもらう。絵は相変わらず苦手だが、さすがに慣れてきたので難しいことはなかったし、火力調整に限って言えば日本でのそれと大きく変わらないためすぐにできるようになった。
実際には土地や家庭によって細かいやりかたが変わるようだが、ここでは基本的な調理方法を学ぶだけだ。なんにせよメニューはサラダ、肉の丸焼き、魚の煮付け、といつも同じであるので、ひとまずここを押さえておけばあとはどうとでもなるらしい。
とはいえ、アグの土地の子たちの、「親はほとんどの工程を魔術でこなしている」という話にはみんなが驚いていた。
どうやらここ十年やそこらでの変化らしく、改めて魔法と魔術の使い分けを把握させるために、みんなまとめての講義としているようだ。
「アグの土地は精霊に愛された家が多いと聞くから、実際に魔術のほうが美しい仕上がりになるのかもしれないね」
この前テテ・ヌテンレを作ったときに感じた魔術への失望を思い出していると、インダとユヘルがそんな魔術とアグの土地にまつわる話を教えてくれた。
「それでも序列は四位であるし、実際アグの土地の披露会はさもありなんという様子だからな……」
「ユヘル様も、他の土地の披露会に参加するのですね」
「……キナリだからな」
「そうそう。どの土地のサアレとなるかは決まっていないし、僕たちは一応、年に一度はすべての土地を訪れるんだよ」
「アグの土地はいつまで、魔術を優先させるような状況を続かせるのだろうか……?」
「さぁ、どうなんだろう。アグ・クストもアグ・サアレも大変そうだし、僕らの代までには落ち着いてくれると良いよね」
当然、それまでの課題がなくなるわけでもないため、わたしの毎日はとても忙しい。
昼食まではスダ・サアレ監修のマクニ・オアモルへ集中練習、昼食後は通常の講義があって、そのあとは居残り組の講義、夕食後はまたマクニ・オアモルへの練習だ。
おそらく他人に知られたら眉をひそめられるだろうなという、マカベにあるまじき予定の詰め込み具合なのだが、幸いというべきか、OL時代はそれなりにハードワークであったので、懐かしさすら感じるほどである。
マクニオスでの生活に慣れた子供の身体であるため、さすがに疲労感は拭えない。が、この程度でわたしの笑顔は崩れない。
それに今は、ちょっとしたご褒美もついているのだ。
夕食後の練習中に飛んできたワイムッフに小包が括り付けられているのを見たわたしは、それを鼻歌交じりに外し、手紙を読んでいく。
『この前のものが気に入ったようだから、今回もルルロンの揚げ菓子にした。あまり食べすぎると声が変化することもある。気をつけろよ』
……サアレ版揚げパンだ!
必死に、それこそ講義の課題よりも集中してスダ・サアレによる課題をこなしていった結果、彼は時々こうしてお菓子や軽食を送ってくれるようになった。
それもこれも講義で学んでいる料理が難しいという話や、おもてなしの時に食べさせてもらったスダ・サアレの料理が忘れられないという話をちらっとしたからなのだが、これがとにかく美味しい。
この揚げ菓子は、毎朝食べているスーパーフード、ルルロンの実をペースト状にすり潰し、香辛料や乾燥させた果物を混ぜてから揚げているらしく、たとえるならば揚げパンと焼きマシュマロを足して二で割ったようなものだろうか。ルルロンなので味はアップルパイの林檎に似ていて、外側はカリッと香ばしく、内側のとろりふわりとした甘いペーストがたまらない。
さすがに夜食にするにはカロリーが気になってしまうので、揚げ菓子は明日食べることにして、ワイムッフの続きを読む。
『それから、そろそろ夢の神と繋がるマクァヌゥゼの練習を始めてもよいころだろう』
ドン――と、大きく心臓が鳴った。
そう。わたしは今まで、日本での自分も含めて一番の努力をして、あの恐るべき芸術を生み出すスダ・サアレの指導についていったのだ。
手の小ささを補う運指のコツ。
超速の歌詞を、芸術的に美しく、確実に捉えて歌う表現方法。
まだふた月ほどであるが、わたしは着々とマクニ・オアモルへの完成へ近づいていた。
『ということで、次は楽譜作りだ』
「……え――ぇほっ」
しかし続いた言葉に、期待と緊張に跳ねていた心臓が、今度はおかしな方向へ跳ねたような気がする。その拍子に気管が唾を受け入れてしまって少し苦しい。
『音の神と繋がるためのものが基本形だという話は最初にしたな? それから、課題用にいくつか、他の神のものも一部だが渡してある。まずは、マクァヌゥゼのどの部分が土台となる部分で、どの部分が個別の神を呼ぶためのものであるか、分析をしてみろ。これまでに渡した資料、得た知識、そなたの音楽に対する感受性があれば難しくはないはずだ』
……あ、飴と鞭がすごい。
勿論わたしは教えてもらっている身なので文句などあるはずもない。それでも、スダ・サアレのこの徹底的に教育してやるぞという空気にはいっそ感心してしまう。
……まあ、やるしかないのだけど。お菓子も美味しいし。
そう自分に言い聞かせながらも、行き場のなくなった激しい心拍音がドクドクも鳴りやまないのを、わたしはどこか他人事のように哀れに思った。