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探していた神さま(3)

 結論から言うと、シユリとの神さま捜索は上手くいかなかった。教師が利用できる書庫まで探したのだが、そもそもマクニ・オアモルヘに関する資料が少なすぎたのだ。


「木立の舎はマカベの英知が集まる場所ですから……ここで見つからないのでしたら、他に可能性があるのはクストの領域でしょうか……」

「クスト……神殿の人なら、確かに詳しく知っていそうですね」

「祭司ではわたくしたちとそう変わらないでしょう。……ジオ・クストか、ジオ・サアレにワイムッフを送ってみれば、あるいは……」


 先ほどから何故かわたしよりも残念がっているシユリがぽつりと溢した言葉に、わたしの心が反応する。


 ふと思い出したのは、壁を覆うほどに並んだ大量の本と、くすんだ金髪から覗く、若葉に太陽や星の光が差し込んだような不思議な色合いの瞳。

 ざわざわ心を揺らす凄絶な音と、四季のないマクニオスで感じた、甘い春風。

 ……もしかすると、あの人なら。


「……えっと。それなら、スダ・サアレに訊いてみようかなと、思います」


 わたしがそう言うとシユリは一瞬ぽかんと口を開き、それからヒィリカによく似た顔で、しかしどこか寂しげに眉を下げながら微笑んだ。


「そうでした。あなたは彼と面識があるのでしたね」

「……あの、わたし。……わたし、シユリお姉様に助けてもらって、マクニ・オアモルへのこと、少しでも多く知ることができました、し……その、ありがとうございます」


 ろくにお礼も言えない自分にがっかりしながら、いまだ慣れたとは思えない、年下だが、この世界での姉の顔をじっと見上げる。

 だから、彼女の微笑みが、包み込むような優しさをゆっくり増していくのがよくわかった。


「まぁ。……ふふっ、また情けないお顔になってしまいましたね。大丈夫、レインはわたくしの自慢の妹ですもの。きっと、自分の望みを叶えるのですよ」




 次の日、スダ・サアレに向けてまずは当たり障りのないワイムッフを送ったわたしは、その返事が意外に早くきたことに驚き、その内容を見てまた驚いた。


『マクニ・オアモルヘに前向きなのはけっこうなことだ。最近は神の加護を得られる者も減っているからな、よく励むと良い。……さて、音の神ではない神ということは、あんたを連れてきた夢の神とでも繋がりたいのか?』


 ……え?


「夢の、神さま……?」


 どうしてわたしを連れてきたのが夢の神さまだと知っているのだろう――いや、それ以前に、どうしてわたしが自分を連れてきた神さまを探しているとわかったのだろうか。

 まあ、見つからないよりかはずっといいので、気にしないでおこうと思う、けれど。


 なんだか拍子抜けするような呆気なさで判明してしまった、わたしを連れてきた神さま。同時に、なにかがすとんと腑に落ちる。

 何故スダ・サアレに知られていたのだという疑問を飲み込めたのは、むしろこちらの理由が強い。


 そう……そうか。夢の神さま。

 わたしは夢からこの世界へ連れてこられた。それはきっと、夢の神さまだからできたことなのだ。

 その感慨はじわりと胸に広がって、安堵と、やる気をわたしにもたらした。


 それからのやり取りはこのような感じである。


『そうですね。わたしは、わたしをマクニオスへ連れてきてくださった神さまとお話ししてみたいなと思っていました』

『そこから興味を持ったのか。まぁ良い。だが、そもそも講義はどうなっている? 音の神と繋がるマクニ・オアモルヘのマクァヌゥゼは基本の形でもあるのだから、そちらができていなければどうしようもないぞ』

『講義のほうは練習中なのです。まだ指が届かないので、できるところからになってしまっていますが……なにか良い練習方法があれば教えていただけますか?』

『あー、あの妙なアクゥギか。それに中級生の手なら、仕方ないな。教材を貸してやる。まずは指を慣らすことと、魔力の扱いを洗練させることが先だ。こちらの課題曲を来週までに演奏できるようにし、蓄音の魔道具に込めて送りなさい』


 最後のワイムッフには小包が結ばれていて、開けると様々な楽譜や本、蓄音機であるらしい魔道具が出てくる。そのひとつひとつに小さな紙が添えられ、参考にする部分や説明が走り書きだが綺麗な文字で記されていた。

 まさかここまで親切にしてくれるとは思わず、しかし、スパルタの匂いが漂ってくる気がするのは、本当に気がするだけなのだろうかという不安も混じる。


 とにかく、その一番上の楽譜に添えられた紙に「課題」と書いてあるので、まずはそれを演奏できるようになれということなのだろう。


「うわぁ……」


 そうして楽譜を広げてみて、思わず渋い声が漏れ出る。

 まずは指を慣らすこと、とスダ・サアレが書いていた通り、それは音域の広さゆえに子供の手では演奏が難しい曲だった。楽譜に記されている、数字の振れ幅がとにかく大きい。

 でも確かにこれくらい弾けるようにならないとマクニ・オアモルヘも難しいだろうと思いながら目を通していくと、なにやら子供のものらしい几帳面な字が書きこまれていることに気づく。それによると、どうやら楽譜や本はすべて、この曲を演奏するための参考資料であるらしい。

 それは、子供のころのスダ・サアレもこれで練習していたのかもしれないと、そう思わせる内容だった。


 と、続けて新しいワイムッフが飛んでくる。


『私が教えるのだから、中級生のあいだに完成させるつもりでやるように』


 ありがたいけれど、ヒィリカですら中上級生までかかったというマクニ・オアモルへを中級生でできるようにというのは無謀だと思う。


『……無謀だと、そう思うか?』


 なにも言っていないのに――というより思いっきり思考を読まれていて、ひとりで勝手に気まずくなる。


『木立の舎で披露していないだけで、実際には、初中級生のときに完成させたキナリもいた。なので問題ないし、レインの素質ならできるだろう』


 ……あぁもう、これはスパルタ確定だなと、わたしはなんとも言えない息をついた。


「まぁ、でも……」


 帰るためには頑張ると、そう決めたのはわたし自身だ。

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