プロローグ
大通りの外れ、路地裏の壁に1人の少年がもたれかかっていた。
冬を告げる風が地面を伝い少年にまとわりつくようにフードを揺らした。
風によって落ちたフードが少年の髪を靡かせ、覆いかくされていた頭部が顕になる。
数日間洗っていないような薄汚れた髪に、同じく濁り混じった瞳、既に生きる気力を失ったようなその姿は、今すぐにでも風の元に散ってしまいそうな蝋燭の火のようである。
よく見ると少年の洋服も服と呼べるような代物ではなく、ボロ布を次剥いだようなもので、辛うじて服と呼べる代物である。
この少年の末路にいっそ同情さえ芽生えるが、このような境遇は特に珍しいことでもない。
ゴミと塵にまみれた人々の掃き溜め、通称スラム街、貧困層が寄せ集まる場所であるここは今にも死にかけている子供が五万といる、その1人がこの少年であったというだけである。
そしてついに少年にも限界が来たのか、先程までもたれかかっていた壁からずれ落ちるように剥き出しの地面に体を預けた。もはや起き上がる気力すらつき果て、地面に体を預ける。
なぜ自分はここにいるのか、なぜこのような場所で死にかけているのか、そんな考えが頭の中を駆け巡る。
事実、少年は何も覚えていなかったのだ、気づいたらこの路地におり、食べる物も、住む場所も、本来は用意されているはずの少年が何故か薄暗い路地に死にかけ、横たわっている。
死なないためにゴミの中から残飯を漁り食べれる代物じゃなくても胃に詰め込み、人の温もりなど皆無な固い地面で夜を過ごす、恐怖と疲労、両方の驚異に晒され続けた少年の体は限界を迎えようとしていた。
そんな少年の元に1匹の鼠がパンの欠片を引きづりながら近づいてきた。
少年はその鼠に声をかけた。
「おか…え…り…。」
すると鼠は口に咥えているパンの欠片を地面に置いた。
枯れ木のような腕でそれを受け取ると少年は躊躇わずにパンの欠片を口に運んだ。
弱々しくもだが確実に口の中で咀嚼する、土が付着していたようでジャリジャリとした土の食感が伝わってくる。とても人が食べるような代物では無いそれを少年は無理にでも喉に押し込んだ。
パンを咥えて来たネズミをよく見ると、ところどころに骨が露出し、眼窩は落ち窪み既に生気のない、死者特有の瘴気が鼠からは漂っていた。
死してなお動き続ける鼠はどうやらこの少年が動かしているようだ。
瞬間、路地に差し込んでいた日が遮られる。
ふと大通りの方を見ると1人の女性が路地の入口を塞ぐように立っていた。
「街中で不死者を見かけたと思ったらまさかこんな子供が術者とはね。」
少年は一瞬身構える。しかしその心配は杞憂に終わった。
「あら、警戒させてしまったならごめんなさい。どんな子がその鼠を動かしてるのか気になってね。」
どうやら女性はこの鼠を動かしている術者を探しに来たようで危害を加えるつもりは無いらしい。
「ねぇ、あなた孤児かしら?こんな路地にいるってことはそれ以外ないと思うけど…名前はなんて言うの?」
女性の質問に少年は戸惑う、正直に答えていいものか悩んでいると…
「んー、別に取って食おうってわけじゃないのよ?せっかく死霊魔術師の素質を持った子を見つけたものだからね、名前を聞いておきたいの。」
「……テ、テトラ…です。」
か細い喉から出た今にも消えてしまいそうな声。
「そうテトラっていうの!私の名前はクリスティーネよ、クリスティーネ・シュリュンツ、グロース魔術学園てところで死霊魔術の講師として働いてるの!」
矢継ぎ早に話された聞き覚えの無い単語にテトラの脳内は混乱を極めていた。
「一気に喋り過ぎちゃったわね、ごめんなさい、それでなんだけどいきなりこんなことを言うのも変だけど、テトラ…あなた学園に入ってみない?」
何一つ脈絡のない唐突な勧誘にテトラはさらに混乱する。
「さっきも言った通り、私は死霊魔術の講師として働いているんだけど、その死霊魔術の素質を持ってる子ってとっても少ないの!私が見かけただけであなたを含めてたったの3人よ?信じられる?珍しいってもんじゃないは!素晴らしい魔術ではあるんだけれどね…ってあらごめんなさい喋りすぎちゃったわね」
そう言ってクリスティーネは話の内容を詳しく説明したら。
「つまり今死にかけてるあなたを助ける代わりに魔術学園に入ってほしいってこと!もちろん学費とかは私が出すは将来的に返してくれればそれでいいの、どう?悪い話じゃないでしょ?」
「………僕…でも…まじゅつとか…ねずみをうごかすことしか、でき…ません…」
「そもそも独学で不死者を作れただけでも十分よ!あと必要なことは私が教えるわ、どう学園に来てみない?」
テトラは思案する、このままこの薄暗い路地でお腹を空かせ餓死するのか、それとも目の前の女性を頼りに新たな道を往くのか、答えは既に出ていた。
「僕…いきます、いかせてください。」
懇願にも似た少年の言葉には確かな意思があった。
「ウフフフ、契約成立ね!それじゃとりあえず私の今泊まってる宿に行きましょうか、まずは体の汚れを落とさないとね!」
こうしてテトラの新たな物語が幕を開けた!