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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第一章
7/83

秘密

 打って変わって意見を変えたジェノヴァに、レイは呆れる。視界の端に掠め見た彼の顔からは、少々血の気が引いている。数時間前にセットされたであろう金髪は、乱れなどなく、青ざめていても綺麗な彼の顔立ちを、一層引き立てていた。毎年カルキのからかいに狼狽える彼は面白く、レイは忍び笑いを零す。


「賢明な判断だね。お前のそういうところ、好きだよ」

「俺、お前のそういうとこ、すげえ怖い」


 怯えた素振りをするジェノヴァを見て、カルキがくすくすとさも嬉しそう。

 ジェノヴァが、外廊下に面した中庭を見て、突然その歩みを止めた。中庭は、一国の宮殿なだけあってとても広く、美しい情景が広がっている。十数人もの腕の良い庭師が、よくせっせと庭仕事をしているところを見かける。お陰で、常に整えられた美術作品のように壮観な庭は、他国でも有名らしい。そんな中庭の遠くの方を見つめるジェノヴァ。どうした、と問いながらレイは彼の口許に笑みを見る。


「王子、ちょっと私用が出来たので先に行っていてください」


 そう言い残して彼はひらりと軽々、廊下と庭の間の柵を乗り越えた。レイとカルキは、ジェノヴァの視線の先を辿って、ああ、と納得する。


「いってらっしゃい」


 中庭にズンズン足を運んでいく彼の姿を見て、カルキが喉を鳴らして笑う。


「かわいいね」

「お前と違って、な」

「どういう意味?」

「……なんでもねぇ」


 レイはやむなくそう返した。





 草原に紛れ込むようにして隠れていた青年は、ふふふ、と思わずにやけた。


「ここならジェノヴァもわかんないよなー。あいつのよくいる場所からは見えないし……」

「へぇ、ご苦労なこった」

「ふんっ、あいつを出し抜いてやるにはこれ、くら、い……って、え?」


 絶叫が庭に木霊した。ちょっと待った、と尻餅をついて後ずさる青年の上に影が落ちる。


「え、なんて」

「いてっ、いやだから、その手に持ってるスコップを捨ててよ!痛!今本気だったろ!」

「やだ」


 駄々をこねた子供が発するような、やだ、は明らかに悪戯な声音。再び、スコップが逃げ腰になる青年の背中にベチン、と当たっては、高い音を響かせた。


「いやほんと痛いって!スコップは凶器じゃないぞ!」


 必死の形相で叫ぶ彼に、容赦無いスコップの嵐と、意地悪な笑い声が無慈悲に落とされる。


「初耳ー。これって、こうやって人を殴るために生まれてきたんじゃないの。ほら、剣士の俺の手にこんなにしっくり!」

「土を掘るために生まれてきたスコップの気持ちを考えて!」


 逃げる彼の膝が、地面に跡を残す。


「スコップも泣いてるよ!」


 俺も泣いてるよぉ、と若干彼も涙目だ。


「その前に、王の口に入るはずが、お前の口に入っていった食材達の気持ちも考えるんだな。あー、哀れ哀れ」

「食材の気持ちってなんだよ。いやまずあれは、味見っていうか……」


 目を不審にキョロキョロとさせて、僅かながらどもる彼。


「言語道断。俺は、お前の不利益な話があればそれでいいんだよぉ!」

「なんて奴!」


 それからジェノヴァは彼の襟首を引っ掴んで移動し始める。


「おい引きずるな!やめろって!」


 結局、つまみ食いの常習犯である青年セルは、ジェノヴァにずるずると城内を引きずられていた。廊下をすれ違う使用人達に見られ、笑われて、とんだ醜態を晒させられている。彼は、尚も自分の襟首を掴んでスタスタ歩くジェノヴァを見上げた。

 自分と同い年の彼は、中性的に整った涼しげな顔と剣の才能で女達から絶大な人気を誇る。なんでも、その儚さが魅力的とかなんとか。『蒼眼の旋速者』なんていう大層な異名まで引っげて、今や全土にその名を知らしめる撃滅の七刃の一員である。宮殿勤めの女達が言うには、少年を抜けきらない青年の、悪戯な笑みにやられるらしい。でも、それは勘違いだ。こいつの正体はそんな易しい奴じゃない。


「……正真正銘の鬼畜だ!」

「んだと?」


 斜め上から、ジロリと強い目力で睨まれるが、セルは負けじと喚き言い返す。


「年上を敬え!」

「ふざけんな、お前を年上だと思ったことはない。ほぼ同い年だろうが」

「いーや、俺の方が6ヶ月も早い!」

「6ヶ月なんて関係ないんだよ!そんなみみっちい考えしてる奴を先輩だと思うわけないだろ、雑魚」

「関係あるね。年度が違うし、まず俺の方が宮廷入り早いし、先輩だ!この万年チビが」

「それはお前の父さんがコック長だったからここに住んでただけだろ。だいたい、仕え始めたのは俺が先だ!」

「おい、俺の下積み時代も換算しろ!」

「はっ、あれが下積みだって?皿割ってばっかだったろ!あー、さては皿を廃棄する仕事だったって訳か?納得したぜ」

「そ、それは最初だけだ!」


 言い合う2人を宮廷の使用人達が微笑ましく見つめ、またやってるよ、と困った様に笑うのを、彼らは知らない。

 セルはこの宮廷専属のコック長の一人息子であり、将来を一応、期待されている、若手料理人である。しかしつまみ食いをする癖が直らず、しょっ中ジェノヴァに追いかけ回されている。ジェノヴァも喧嘩相手には彼が丁度いいらしく、子供のような小競り合いをよくふっかけている。騎士と料理人という、全く異なる職種でありながら、歳が近いということで、二人は不本意ながら長らくセットで扱われてきた。その不満を溜めに溜め、未だに喧嘩、ましてや言い合いなどは日常茶飯事である。

 高官とは言っても、彼らはまだ大人とは言い難い年頃。ジェノヴァもセルも、宮廷に召し仕えている者達の中では最年少だ。使用人達は、彼らを親のような気持ちで見守っている。


「ジェノヴァだって、王子のお付き始めた時は全然だったじゃないか」

「はっ、お前よりも伸びしろがあってすまなかったな」

「なんだとー」


 取っ組み合いをしながら睨み合っていると、廊下の奥の方から怒鳴り声が響いてきた。少し年老いてはいるが、ハキハキとした滑舌のいい張りのある女性の声が次第に近づいて来る。


「2人ともうるさいわよ!今日という今日は庭掃除させるわよ!」

「げ!アリスだ」


 セルが指差した先を見て、ジェノヴァも顔を顰めた。


「おい、よく見てみろよ、アリスなんて面じゃないだろ。ありゃどう見たってチャシャ猫のほうだろ。アリスじゃねえ」

「それの方がマズイだろうがっ!」

「そういや、あの悪役の婆さんにも似てるな」

「あー、あの顔のでっかい婆さん?」

「そうそう」

「……ああ、確かに。見ればみるほど納得しちまうぜ」

「あなた達!」


 2人は取っ組み合いをやめ、アリスからの逃亡を図る。


「セル!あなたシェフが呼んでたわよ!厨房にお戻りなさい!お仕事ですよ!ジェノヴァ様も!何しておられるんですかこんなところで!レイ様に付き添うかお稽古でしょう!?ほんとにもう!」

「やべえ、逃げよ逃げよ」

「あー仕事おもいだしたなぁ!」


 あの2人がメイドのアリスをからかう時は何故か馬が合う。そんな無邪気にも年相応の姿をみせる2人を見て、使用人達は再度苦笑するしかないのだった。





「あれれぇ。2人とも、なーにやってんの」


 庭に面した部屋の窓辺から、ひょっこりとカルキが顔をだした。軍手をはめて、土まみれになりながら花壇を手入れするジェノヴァとセルを見下ろしてくる。


「随分楽しそうなことしてるね」


 カルキは優雅にティーカップなんぞ持っている。


「うるせー。……おい、そこで茶を嗜むな」

「いやー、なんだかこき使われてるから、嘲笑ってあげようと思って」

「……今すぐにお前も埋めてやりたいよ」

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