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1.始まり

『論破力∞のおいら。異世界に転移したらそもそも会話が成立しない』



今おいらの目の前にいる男、この人は何物なのだろう。

机に置かれている書類に目を落とす。

なになに、えー、もういいや別に。そんなに興味ないし。


なんか偉いっぽい肩書がついてるみたいで、実際偉いんだろうけど、話してみるとどうもそうは感じられない。


「ニシムラさん! あなたの作ったサイトが犯罪の温床になっているという事実に、どう責任をとるおつもりですか!?」


「責任をとるって、削除申請が入ったらその都度対応してますし、そもそも僕が掲示板に 書き込んでいるわけではないので、責任自体が存在しないと思うんですよ」


「あなたが開設した掲示板サイトで、実際犯罪予告などがされてるわけですから。事後対応だけでなく、そういった犯行を未然に防ぐシステムを作るべきなんです」


「じゃあ例えば、公園を作りました! みんなに楽しんでもらいたいです! さあみんな遊んで! って、僕が公園を作るとするじゃないですか。そしたらなんか知らないけどその公園で殺人事件が発生しちゃった! って場合、責任を問われるのは基本的に殺人犯だけですよね? むしろ僕は公園が血で汚れちゃったから清掃費用払ってねって、犯人に対して裁判を起こす被害者っていう立場に身を置けるんですよ。ええと要するに、僕はコミュニケーションの場所を提供しただけであって、犯罪教唆をしていないって時点で、なんにも悪いことをしていないんです」


「っ、しかしですね、ここ最近あなたの管理しているサイト『3ちゃんねる』における犯罪予告数はますます増えてきているわけで......」


「なんかそういうデータあるんですか?」


「っ!?」

ああ。勝ったな。犯罪予告数が増えているのかいないのか、おいらにも定かではないが、データを持ってきていない時点で、底は知れた。


「けれども、こうしたネット文化が変な方向に発達したせいで青少年の発達に悪影響が出 ているんですよ!」


「でもそれ、あなたの感想ですよね?」


それっきり、彼は口をつぐんでしまった。

まあ地上波のワイドショーに出てくる連中なんて、こんなもんだな。



おいらの名前は、ニシムラ。 そこらへんをぶらついている普通の 41 歳の中年だ。

だけど、他の人はそう思っちゃくれない。


社会の底辺からテレビマン、一流企業経営者までもが、おいらのことを特別視しているみたいだ。


なぜなら、おいらは「3ちゃんねる」の創設者だから。


「3ちゃんねる」とは、別になんてことはない。インターネットを通して、多数の人間が意見交換できる掲示板サイトのことだ。


学生時代に遊びで作ったつもりなんだけど、なにやら 21 世紀のネット文化において、世界的な影響を与えてしまったらしい。


そのためおいらは、カリスマ? になってしまった。今でもこうしてテレビに引っ張り だこである。


そこで求められていることはただ一つ。

「論破」だ。


知らない誰かと意見を交わし、相手に反論する。おいらにとっては普通のことで、反論するのはそこに明確な答えが欲しいだけなんだけどなあ。


とにかく、そんな姿がウケるらしい。


まあ世の中の 99%は頭が悪くて、論理的な思考展開ができないんだから、普通に会話し てたら論破できちゃうと思うんだけどね。



成田空港から飛行機が飛び立ち、おいらは日本から出国した。

家族の待つ自宅、フランスに帰るためだ。

日本人のおいらがフランスに居を構えている理由?

日本は終わってるけど、フランスはおもろいから。以上。

さあて! 飛行機が到着するまで、3DS でもやるかな! イヤホンをつけて、と——。



しばらくゲームに没頭していたおいらは、背伸びでもしたいなと、顔を上げた。


すると、 あたりに広がっている風景は、普段見慣れていた機内のそれとは全くの別物だった。


怒鳴り散らすもの、涙を流すもの、ただじっと俯いているもの、服を脱いで躍っているもの——。


「あの、何かあったんすか?」

不穏な空気にたまりかねたおいらは、隣の客に尋ねた。


「何かあったじゃないよ! アナウンス聞いてなかったのか!? 落ちるんだよ、この飛行機は! 俺たち全員死んじゃうんだよ!」


何かの冗談かと思った。

しかしその男は、しゃべり終えた途端、大粒の涙を流しながら 掌で顔を覆い、祈りの言葉を捧げ始める。


本当なのか......?


——くりかえしお伝えいたします。当機は動力部の損傷により緊急着陸に入ります。シー トベルトを締め、お静かに——


なんだこのアナウンスは。

緊急着陸!? 海の上だぞここは。できるはずがない......。

唇が真っ青になっていくのが分かった。

終わりなのか、本当に終わりなのか。


突然座席が揺れだした。悲鳴が機内を埋め尽くす。

おいらはただシートベルトをしめ、身を固めていた。


ふと思い立ち、3DS の録音機能を起動した。おいらは死んでも、3DS は壊れないかも しれない。

最後の言葉を、家族に何かを......。


「えー、ニシムラです。僕、なんか死んじゃうみたいです、えっと」


何も思いつかない、なんて言えばいいんだ。

窓の外を見てみると、真っ青だった。海がすぐ近くだ。もう落ちる。死ぬ。


「うわあああああああああああ! 死にたくない! 嫌だあああああああああ!」


おいらの体を、何か光のようなものが通り抜けていった。



目が覚めると、そこには果てしない大自然が広がっていた。


おいらが立っているのは、小高い丘の上。崖下に広がっているのは、見渡す限り、緑の 森だ。

「なんだこれ......」


おいらは天国に来たのか? 服が体に触れる感触、指を動かす感覚、頬をなぜる風の心地よさ、全てついさっきまで味わっていたものと変わりはない。


死んだ実感は全くない。


そういえば服は着たままなんだな。手には3DS。ポケットには......、スマホだけか。

あとは身につけているウエストポーチ。


どうなってるんだこれ。


鳥のような生き物が飛んでいるのが見えた。じっと目を凝らして観察してみる。

羽がない。鱗のようなものが見える。嘴は鋭くて、ええと。


そいつが近づいてきて、おいらの頭上を通り過ぎた。突如吹き荒れる爆風に吹き飛ばさ

れそうになる。


デカすぎだろ......! 7,8 メートルはあったぞ。

こんな生物、日本には、いや地球上にだって存在するわけがない。


まさか、もしかして。


「異世界転移......? おいらが?」


嘘だろう。そんなことが実際に、おいらの身に起こるなんて......。


——おい、なんだこいつ。


声がした。咄嗟に振り返ると、そこには「あずみ」に出てくる山賊のような、小汚い男たちが立っていた。手には剣や斧を持っている。


「あっ、こんにちは」


おいらは人に出会ったとたん、冷静さを取り戻した。日本語を喋っているようなので、おいらも日本語で返す。


「お前、なにもんだ? 一人か? なんだその恰好は」


リーダーと思しき大柄な男が質問を投げかける。会話が成立する!


とりあえずこの世界の状況を知らなくては。


「僕はニシムラっていいます。道に迷ってしまったみたいで、一人でこの辺を彷徨ってます。この服は五年前、貰ったものをずっと着てます」


おいらは服に執着しない。シャツとジーパンはこの世界では珍しいのかな。


「よし、それ脱いで、持ってるもん全部出せ」

「えっ」

「早くしろ」


この世界の治安はこれほどまでに悪いのか?まさか、文字通り身ぐるみを剥がされてし まうのか。


「お金が欲しいんですか?」

「さっさとしろ」

「あの、僕に乱暴して、金品分捕ろうって考えは分るんですけど、それは今すぐにじゃな くてもいいですよね。その人数と武器だったら、いつでも僕を倒せるんだから、だったらまず話を聞いてみればいいと思うんですよ」

「殺すぞ」


男たちが武器を構える。


「いや、聞いてくださいよ。僕を殺す前に、何か他の利用価値があるかどうか調べればい いと思うんですよ。ああこいつ商売上手いなとか、隠し財産の場所知ってるなとか、金品 以外の『情報』で、凄い得になるものを持ってる可能性もあるわけじゃないですか。そこ を全く考えずに、短絡的に殺そうかってなってるのを見ると、『ああ頭悪いんだな』って思 っちゃいます!」


男たちは武器を構えて猛然と襲い掛かってきた。言葉は通じるが、会話にならない。


おいらは背を向けて逃げ出そうとしたが、すぐに取り囲まれて捕まってしまった。


「殺す前に服脱がせろ。血はつけるなよ」


懸命に暴れるが、相手はビクともしない。

ここでおいらは、もう一度死ぬのか......?


「ぐおっ!」


突然、奴らのうちの一人が苦しみだした。


「なんだお前、どうした」


こいつらにも仲間を心配するほどの情はあるらしい。のたうち回る男の表情は苦痛で歪んでいる。

そして、男の動きはピタリと止まった。


「おい、死んじまったのか!? お前、何をした!」

「何もしてないですよ!」


本当に分からない。一体何が起こっているんだ。

すると突然、動きを止めていた男が、すっくと立ち上がった。


顔に生気はない。しかし、剣を握りしめる手にだけは力がこもっている。

男はそうして剣を振り上げ、仲間の一人を切り捨てた。


「どうしちまったんだ!」


男たちはおいらを離し、突然変貌した仲間の対処にかかる。

これもこの世界の秘密の一つなのか? とにかく逃げるチャンスだ。

けど、どうしたことか、腰が抜けて立てない。


——早く逃げなさい!


どこからか声が聞こえてきた。

逃げろったって、無理なんだよ。


——何してるの、早く!


男たちにもこの声は聞こえているらしい。あたりを見回している。


「あの、逃げろって言われても、腰が抜けて動けないんですよ!」


おいらは力いっぱい叫んだ。誰でもいい、助けて!

すると、崖下からにゅっと、手が伸びてきた。

その手は地面をしっかりと掴み、そして人間の顔が現れる。


女の子だった。おいらよりも相当年下に見える。JK と変わらないんじゃないか......?


「仕方ないわね」


女の子はため息をつきながら崖下から地面に乗り上げ、立ち上がった。


山賊どもはアジア人のような顔つきだが、この女の子は長い金髪に碧眼。明らかに白人の外見をしている。


「ちょっとそこで待ってて」


女の子はそう言い、男たちに向かっていった。


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