第七話;契機はここに。
光球は太陽とかのあれじゃありません。
漢字のまんま光の球って意味です。
誤用です。ごめんなさい。他に言葉思いつかないんです。
魔力が近づいてくるのを感じて。
眠ってる母とアリア、寝台はそのままに、俺だけで世界に戻る。
直後、目の前に真っ黒な立方体が表れて浮遊し、消えたり表れたりを繰り返す。
一辺一〇センチのこれは空間に投影されてるだけで、実体は無い。
本体には実体があって、一辺二〇センチの浮遊しない真っ黒い立方体。名称は〈通信具〉
通信具は人とじゃなく場所と通信するもので、登録済みの場所に通信を要請するとこの小さい四角が表れてそれを知らせる。
要するに目の前のは通信が入ってるって合図で。
触ると四角は消えて、室内に若若いし男の媚を含んだ声が響く。
「ラァラ様、ご無沙汰しております、ウェンレン・オルニオで御座います。社交会合の打ち合わせにお時間を頂戴したく、ご連絡致しました。御都合がよろしければ━━」
「ねぇ」
「は、はい? 何━━」
「『はい?』じゃなくてさ。言葉遣いだよ。二年前にも言ったでしょ?」
「ぇ・・・・・・ええ、そうでしたね。忘れてました。申し訳ないです」
「聞き慣れないから気色悪いんだよ。本当にやめてね」
「え、ええ。本当に申し訳ないです。・・・・・・ぇえと、ああ、けどラァラ様は凄いですね。二年も前のことを覚えてるだなんて。当時は七歳でしたよね?」
「七歳だから何? 俺今九歳だよ? 文句でもあんの? しかも、その理由も二年前に言ったし。お前印象深いって。敬語が使えるのなんてお前くらいだし、このキショさは早早忘れないって。たった二年だぞ? それを忘れるとかお前こそ歳じゃない? お前今年で三二〇だったよね?」
「い、いえ、今年で三五二になりますが・・・・・・年齢なんて、些事ですよね。ハ、ハハハ。本当に、申し訳ないです」
「気分悪いわ。追加で五〇〇〇億な。じゃなきゃ俺降りるから。んじゃ、後でお前の家行くから用意しとけよ」
「も、申し訳ないです。あの、金は用意しておきますけど、傍受の恐れもありますし、あまり━━」
「ははは、傍受を気にするなんて、『悪いことしてます』って言ってるようなものじゃん」
「ら、ラァラ様? その様なことは━━」
「あるよね。まあ心配しないでよ。この通信は安全だから。んじゃ、後でね」
そう言って通信を終える。
ウェンレンもよく我慢できるな。この国じゃ話を被せるのって結構な侮辱行為なのに。
まあ、俺が上でウェンレンが下だからだけど。
にしたって、いい年放いて餓鬼の足下で媚びを売るなんて、よくやるよ。
本当に可哀想なやつ。
◀︎▲▶︎
「そしたらそいつらさぁ! 泣きながら『奴隷にして下さい』って頼んでくんのォ! クッソ笑ったね! 一〇分前まで『この屑が! お前みたいな奴には神罰が下るぞ!』とぉか言ってたのにさぁ〜! ハハハハハッ!」
「さっすが王子サマ! 俺達とは比べ物になんねえな!」
「ぎゃはははは! エゲツねえ! そいつ今なにしてんだよ!」
「バッカお前! 決まってんだろぉ!? 立派な親父の立派な息子を咥えてんだよ! お兄ちゃんを癒してぇ、『だって家族だから』ァ! とか言ってんだろ! アハハハハハ!」
「いやいや! 王子サマを屑呼ばわりしたんだ! それだけで済むワケねえだろ!?」
「いやぁ! よく分かったねえ! 望み通り二人とも奴隷にしてから、父親に娘を襲わせてサぁ! 途中で父親の首を真っ二つよ! そしたら娘がきったねえ面で泣き喚いてやんの! 煩いし要らないしで豚人の邪悪にやったわ! ハァッハハハハハッ!」
その言葉に場は一層の盛り上がりを見せる。
第六交流場の食品売り場と飲食店の境界。
第六交流場で最も人通りの多いその場所で、薄汚い格好の男女数百人に囲まれて、高い酒を片手に騒ぐ。
話のネタは俺が地方視察に行った時の思い出。
そこらで買った安い食い物と安い酒を此奴らに奢って、第一交流場で買った俺専用の高い酒と高い食い物を楽しむ。
面白可笑しい思い出とか、笑える芸とか。
そういうネタがある奴は勝手に披露して、それを見て聞いて楽しく飲み食いする。
二年前からこれが俺の日常。
偶に第四交流場、第五交流場に行ったり、視察に行ったりもするけど、一年━━三六五日━━の内八ヶ月以上はここでこうしてる。
二年前は文句を言われたり邪魔をされたりもしたけど、そういう奴は護衛に殺させたり身柄を拘束して連れて帰ったりした。
そしたら今じゃあ誰も何も言わなくなった。
小声で文句を言った奴にも手を出したから、それが良かったんだろう。
誰一人こっちを見ようともせず、無言で足早に通り過ぎて行く。
て言っても通りの七割は俺たちが使ってるから、三割の通りを行く忙しない足の移動速度は低い。
綺麗に整列できてるけど、それでも普段より少し遅いくらい。
もしも今この場所を俯瞰したら、俺たちの四方を囲みつつ避ける人混みが見える筈だ。
楽しみの邪魔をされないように人混みを捌け。そう護衛に命じたらこうなった。
二〇人の護衛は、二人が俺の近くで酔っ払いの振りをしてて、一八人が人混みに対処してる。
「しかもさぁ! そん時ウェンレンの所の執事に記録撮らせといたのよ! 見る!? 見ちゃうか?!」
「うおおおおぉぉぉ! イシュカンものぉお! すっげえ見てええええええ!」
「ウェンレンって! 全領民奴隷落ち伝説のウェンレンか! あいつも凄えよなあ!」
「ギャハハハハハ! 伝説とか! たった五年前の話だろ!」
「早く見せろよお! また馬鹿デカイ投影するんだろぉ!?」
「ヒャハハハァ! 馬鹿デカイ投影で馬鹿デカイ豚人チンポ見んのかよ! ハハハハハ!」
「んじゃ始めるぞぉー!」
▼◀︎▲
深夜一時。千鳥足で第一居住地へ向かうも。
その途中、第五区画への検問所で止められた。
検問官は二〇人。深夜だから第六区画での最低限の人数だ。
検問官の一人が俺に付いて、後は警戒を続けてる。
検問官は【汝を知る奇跡】を使用してから。
「殿下、お帰りでしたら迎えを呼びます」
「かぁえんないよお。しゃこおかいごうの打ち合わせがあんの。とっととウェンレンとこに連絡せえぃ」
「はっ! 少━━」
「うるさあい」
「す、すみません。少々お待ち下さい」
そう言うと検問官は転移点に触れて転移してった。
その場に寝転がって待つ。
護衛は全員息を潜めて隠れてるから傍目には俺一人。
けど護衛のことは結構知られてるから、誰一人俺に関わろうとしない。
今も何処かから俺を護衛してる、下手な動きをすれば碌な事にならない。って分かってるから。
変な空気で数分が経過すると、検問官がウェンレンの所の執事を連れてきた。
オールバックの白髪と、少し皺があるけど男らしく整った顔。執事服を着てて、表情は常に微笑。
「お久しぶ━━」
「うるさい。行くよ」
言って転移点に近づくと執事もついてくる。
検問官の同行がないと次の区画で攻撃されるから、検問官もついてくる。
〈転移点〉も〈亜空間門〉も浮遊する青白い光球だけど、亜空間門は五〇センチ以上。転移点は二〇センチくらい。大体の人は大きさで見分けてる。僅かに、魔力の違いを感じ取って見分ける人もいる。
俺と執事が検問官に触れると、検問官は二〇センチの光球に触れて。
▶︎▼◀︎
景色が一変して、検問官から手を離す。
検問官は下の区画に直ぐに帰った。
周囲にはこの区画の検問官。一〇人中五人がコッチを見てる。
この区画での護衛は三人。少し離れて陰に潜んでる。
「あれ? 今第二区画だっけ?」
「いえ、先程まで居たのが第二区画ですから、ここは第一区画です」
「あれ? あんた誰だっけ?」
聞くと執事の顔が一瞬力んで、直ぐに普段の微笑に戻る。
「私、ウェンレン・オルニオ様に仕える執事、ザックで御座います」
「ああ! そうだよお〜! 憶えてる憶えてる! ファックだファック! なあファック!」
「殿下━━」
「ジョ〜ダンだってぇ! もう三年近い付き合いだろうがあ! 忘れるわけ無いだろお!? 笑えって! 面白いじゃんよー! なあジョウダン?!」
「ハ、ハハハハハッ、確かに、面白いですね、ハハハッ、ハッ、ハハッハ━━」
「いや、冷静に考えたらクッソ寒かった。下らないことで笑ってないで早く案内してよ」
「ハ・・・・・・ハイ。こちらです」
「あんな寒い冗談で笑えるんなら幸せだよね」
呟いてから、執事についていく。
夜の深い暗闇に、確りと舗装がされた地面。交流場である此処らには今は誰も何も無く、見上げれば三日月と星空が、何に邪魔される事も無く視界を覆う。
都の中心地に目を向ければ、暗闇の中に幾つもの青白い光球が遠く見えて。
夜闇に淡い光の群れってのは、日本人の感性だと幻想的に思えるんだけど。
でもこの世界の住居は建築物を使わずに亜空間を使うのが一般的だから。
皆んな生まれた時からこの景色を見てて、慣れてるから、幻想的だなんて思わない。
だからこの感動は俺だけのものだ。
まあ、第七区画の貧民なら理解できるかも知れないけど。
彼らじゃ亜空間なんて買えないし、雨風を凌ぐ為に建築物を使ってるから。
でも彼らだって第六区画には出入りできるんだし、夜中の第六居住地を当たり前に知ってるんなら理解できないだろうな。
ホントに贅沢だ。
なんて考えながら背後を振り返ると、夥しい量の光の群れが見える。
エルゥ国の〈王の領地〉は一つの山で、山の頂上から、第一居住地、第一交流場、第二居住地、第二交流場と、下へ下へ円状に広がってる。
そのまま山の麓まで続いて、そこが第六交流場。
そこまでが王の領地で、その更に外周にある第七居住地と第七交流場は平地になってる。
元元は、王の領地として女神に下賜されたこの山全体を整備して首都にして、第六区画までが造られた。
だから第六区画までは神器、魔法、魔術を用いた無数の防衛設備があるけど、第七区画に防衛設備は一切無い。
第六区画で暮らすのは厳しくて、けど奴隷に落ちる程の欠点は無い。て人達が住民税逃れの為に第六区画の外周に住み始めて、新しく小さな社会が生まれて、第七居住地、第七交流場と呼ばれるようになった。てのが第七区画の成り立ちだから、名前だけの区画で、正式には存在しない扱いになる。
だから当然、防衛設備は何も無い。
で、その防衛設備の一つに、外から内は見えないけど、内から外は見えるってのがある。
それが各区画の交流場外周に設置されてるから、下の区画から上の区画は見えない。
けどここからなら、各区画の亜空間門、転移点の光が広く見渡せて。
山を覆う光の群れと、遠くで大地と混じる綺麗な夜空に心を強く惹かれる。
それを眺めながら後ろ方向に歩いてると。
「着きました。此方がウェンレ━━」
「んじゃ入るね」
言って、執事に目の前にある一メートル程の亜空間門に触れた。
▲▶︎▼
瘦せぎすで不健康そうな、二十代前半に見える男。
今の俺が一四五センチくらいだから、大体一九〇センチくらいで、背は高い方。
髪は黒く、虹彩も黒い。
その男、ウェンレン・オルニオと握手を交わして、互いに左手のグラスを軽く掲げる。
媚びるような笑みを浮かべてウェンレンが言う。
「新たな王に」
俺も笑みを返し。
「新たな王に」
言って、グラスの酒を飲み干す。
酒精濃度の低い物だから、ウェンレンも飲み干してた。
ふと、言う。
「ああ、そういや、神約を結び直そう。一月後には俺も国王なんだし、罰則が死ってのは拙い。いっそのこと奴隷化で良いよね」
「ど、奴隷化ですか。いえ、私もその事を━━」
「【ラァラ・エルゥはウェンレン・オルニオと神約を結ぶ。ラァラ・エルゥは王位について以降、退位まで、王の全権を正式にウェンレン・オルニオに委ねる】」
「うぇ、【ウェンレン・オルニオはラァラ・エルゥと神約を結ぶ。ウェンレン・オルニオはラァラ・エルゥが王位について以降、退位まで、一月毎に八七〇〇億ラルをラァラ・エルゥに譲渡する】」
「【違えた者は奴隷に】」
「【違えた者は奴隷に】」
神約は複数人と結べるけど同一人物同士で複数個は結べない。
同一人物同士なら一つまでで、結び直すと上書きされる。
一度結べば互いの同意があっても廃棄はできない。
細かい決まりが沢山あるけど、簡単に言うと。
自分の行動を約束して、自分自身でその約束を破ったと思ったら、予め決めた罰が女神に依って与えられる。
て感じ。神約は結ばれた時、破られた時、感覚的に理解できる。
「んじゃ、打ち合わせも終わったし、俺眠いし、お前は仕事があるだろうし、金も貰ったし。帰るね。バイビー」
「ぇっ、ラァラ様! 折角二年ぶりにお会い━━」
こうして俺の一日は終わった。