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メリーゴーランド  作者: 湊 亮
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私は、そんな「物悲しい」想いをすることはあったものの、次女は「やさしく」成長していったと思う。


それは、両親の「押し付け」が弱かったからではないか、と思う。


もっと正確に言えば、障がい者である次女に、自分たちの「理想」を押し付けようがないのである。


次女には、


「普通に成長していってほしい。」


「自分のやりたいことを見つけて、それに打ち込んでくれればそれで良い。」


「社会の一員として、何かしらの役割を全うしてほしい。」


という両親の想いが強かったのではないか、と思う。


なので、


「過剰な他者称賛」(第2話、第14話参照)


もなければ、


「講義とアルバイトの価値を比較」(第8話参照)


することもなかったのである。


両親の次女に対する「押し付け」が完全になかったかと言えば嘘になるかもしれないが、ただ純粋に「すくすくと、安全に成長してほしい」という想いの方が強かったと思う。


その結果、次女は素晴らしい内面を持った「やさしい」女性に成長したと思う。


それは、長女と私を生贄にした結果ではあるが、両親の成果と言ってもいいかもしれない。


次女は、生まれつき耳が聞こえないという「宿命」を背負ったのであるが、心は健全に、健康に成長していったのである。


私とは全く逆の人生である。


しかし、次女の特筆すべきところは、「耳が聞こえない」という、「宿命」に早くから向き合ってきたことだと思う。


というより、向き合わざるを得なったことだと思う。


先に、彼女の内面の成功は「両親の成果かもしれない」と書いたが、それは、やはり、彼女自身が掴み取った「幸せ」であり、「人生」なのである。


それは、他者から与えられたものではなく、次女自身で勝ち取った「栄光」なのだと思う。


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